第5話 ロサンゼルス到着

 アジトでロマンスの四人は、バーガーとポテトをウイスキーのカクテルや、ラム、ジンのカクテルで流し込みながら、次の仕事の話を進めていた。メインで話を進めるのは、いつものようにマジシャンだ。だが、別にマジシャンがこの傭兵部隊のリーダーというわけではない。世界中にロマンスメンバー全員で作ったネットワークが存在し、それを駆使して送られてくる仕事の整理・受諾はマジシャンが行っているが、作戦の立案をメインで一手にやっているのはテンペランスである。そして、必要な物資の調達や目利きはジャッジメントの仕事である。最後に、仕事に欠かせない銃の手入れや調整は基本的にすべてフールが行っている。これがこのチームのあり方であり、誰か一人が欠けるだけで作戦に支障が出るようになっていた。今日も例によって、マジシャンが取り仕切っていた。

 「さて、ここ最近このロス全域で大規模な窃盗団が力を蓄えてるそうだ。名前は(アルセーヌ)。怪盗気取りで、金持ちや美術館の値打ちモンや家宝をブン盗ってカードを残していくんだってよ。」

 ふとテンペランスがマジシャンに聞いた。

 「そいつらの盗み、何か理由があんのか?。例えば盗んだ宝はもともとゆかりのあった土地や家に送ってるとか。」

 テンペランスが、せめてもの情状酌量がないのかと探っていたようだった。しかし、現実は非情だった。

 「いや、裏オークションに流して金儲けしてるだけみたいだ。前に仕事で世話になったマフィアの頭やらなんやら複数が見かけてる。ほぼ間違いねぇだろう。」

 マジシャンのこの言葉に、ジャッジメントが言う。

 「決まりだな、そのクズどもはさっさと始末しよう。」

 そしてフールも続いた。

 「始末するなら、そいつらのアジトを吹っ飛ばすのが手っ取り早いだろうな。マジシャン、奴らのアジトはどこなんだ?。」

 フールの問いに、マジシャンは、両手を肩ぐらいまで上げて「さぁ?」という意味のジェスチャーをとった。フールを含めた三人は「は?」と口をそろえた。おもむろに、マジシャンが口を開く。

 「今回のターゲットは、新興なうえにアジトを定期的に移してやがる。それに目撃者も少ない…。メンバーがどんだけいるのかもまるでわかんねぇ。武装も全くの謎だ。」

 この言葉に、作戦立案のテンペランスが真っ先に頭を抱えた。

 「おいおい、情報収集から作戦計画練らなきゃかよ。今回長丁場じゃねぇか。」

 「いや、こいつらは3日に一度ほどのペースで最近は盗みをやってる、そしてここにやられたところと、盗まれたもののリストがある。この中から次のエリアと、盗む品の傾向を割り出せれば、最短で先回りできるはずだ。」

 「あんなら早く言えよ。それならこの後速攻でやってやるぜ。任せとけ。追跡してアジトを突き止める必要が出そうだ。ジャッジメント、小型の発信機を2・3種類用意しといてくれ。あと、手軽に取り付けができる接着剤的なのもだ。」

 そういってテンペランスはリストを受け取った。テンペランスの言葉を受けて、ジャッジメントも「あいよ、お安い御用だ。」といって、スマホにメモを取った。その様子を見て、マジシャンがフールに声をかけた。

 「フール、昨日の作戦で使った銃と、今度の作戦で使うことになりそうな銃がテンペランスから出たら、速攻メンテと調整頼んでいいか?。」

 「あたりめぇだ。新品以上の状態にしてやるぜ。」

 方針が定まると、四人は夢中で飯を頬張って交代で寝ることにした。まず起きる側に回ったのはテンペランスで、ものの二時間足らずで次の盗みが予想される場所を絞り込んだ。そしてジャッジメントを起こして、必要な物品のメモを渡した。ジャッジメントは改めて必要なものを確認すると買い出しに出かけた。そうしてテンペランスは気絶するように床に就いた。ジャッジメントも二時間ほどで戻ると、今度はフールを起こした。フールもジャッジメントから作戦に必要とされそうな銃器のメモを受け取ると、さっそくメンテナンスに取り掛かった。ジャッジメントはというと、もう一度布団に突っ伏すや否やすぐさま寝息を立て始めた。フールは、すぐさま道具と銃を取り出してメンテナンスを始めた。これまた二時間ほどで大方の作業を終えると、最後にマジシャンを起こした。そしてフールはまた泥のように眠った。マジシャンはというと、リストを受け取るとアジトの端の方でいくつかの場所に電話をかけ始めた。FBI、ICPO、ロサンゼルス警察、そしてリストアップされた次のターゲット候補の家や博物館である。マジシャンは、一本一本の電話に丁寧に、そして各組織に適したキャラクターで対応を進めた。時にビジネスマンのように丁寧に、時にマフィアのように横柄に、まるで役を使い分ける役者のようだった。屋もすれば、多重人格者が人格を高スピードで回しているかのようだった。二時間ほどたつと今回の作戦に必要な場所や協力もとへのアポが取れた。そうしてマジシャンは、一人フィアットを走らせた。行先は、アジトにほど近いビーチだった。昼過ぎのビーチは太陽の光を受けてやや熱く、マジシャンはジャケットとベストを脱いで海岸線の散歩を始めた。しばらく歩いていると、ストリートダンスをしている若者たちを見かけてすこしだけ見ていくことにした。鑑賞し終えて、若者たちに500ドルのチップを渡すと、若者たちは飛び上がって喜んでいた。礼を言う若者たちを背にマジシャンはまた散歩を続けた。またしばらく歩くと、四人連れの水着姿の女の集団に体格のいい男たちが絡んでいたようだった。男の数も四人であり、女たちの様子を見るに知り合いといった感じではなさそうだった。怪訝というか、不機嫌というか、不快といった表情を女たちはそれぞれ浮かべている。逆に男どもは、ヘラヘラと気安そうな印象で女たちに話しかけていた。マジシャンは、パンツの右ポケットに入っている38チーフを握りしめて呟いた。

 「まったく…なんでいっつも俺はこうめんどくせぇことに会うんだか…」

 足早に近づきつつ聴覚に意識を集中していると、誘いを断った女たちに男たちが腹を立てている様子だった。男の一人が、こぶしを振り上げて、女の一人に殴り掛かりかねないところで、マジシャンが間一髪間に入り、男の手首をつかんでこぶしの向きをそらした。いきなり間に入ってきた東洋人の姿に男側も女側も困惑があったようだが、男どもは怒りをまたあらわにし、女たちは安堵したような表情をしていた。手首をつかまれた男のが怒気を含んだような声音で、マジシャンにいった。

 「なんだ東洋人?手ぇ放せよ。」

 マジシャンは右手は手首を掴んだまま、左手で帽子を直しながら言った。

 「悪ぃな、あんたの手がそこのレディーに当たりそうだったんでつい掴んじまった。俺の国じゃ男は女に手を上げるのは最低な行いとされてるもんでな。」

 「へぇ…アジアにもそんな文化があったんだな?英国紳士気取りか中国人。」

 無理やり手を振りほどきながら男が言った。かなり体格がいい、身長はマジシャンの180cmと大して変わらないが、肩幅と筋肉量が倍近く違うように見えた。

 「イギリスの紳士文化は確かに素晴らしいな。あと俺は、中国じゃなくて日本人だ。よく間違われるがな」

 軽口を返しながらマジシャンが男たちをにらみつける。そのまま、後ろにいる女たちに声をかけた。

 「失礼レディーの皆さんつい余計な考えで間に入ってしまいましたが、助けは不要ですか?。」

 マジシャンがこう言うと、後ろから弱弱しく「助けて」と聞こえた。マジシャンは「OK」と言って男たち全員を改めてにらみつけた。

 先ほどの男が、またこぶしを振り上げてマジシャンに殴り掛かろうとしてきた。

 「さっきからその目、気に入らねぇなぁ!」

 マジシャンは半身ずらしてこぶしを避けると手首をまたつかみ、水月に膝蹴りを指すと、前のめりに倒れる男の後頭部に拳銃を突き付けた。動揺する男たちと、短く悲鳴を上げた女たちを一瞥し、マジシャンは男たちに向かって「動くな!」と一喝した。そして続ける。

 「いいか、お前らは今後このレディーたちに一切かかわるな。そして、今日のような暴漢まがいのこともやめろ。さもなくばまた俺がお前たちの前に現れて、次こそは全員の頭に鉛玉をプレゼントしてやるぞ。」

 マジシャンの下で、拳銃を突き付けられている男は、極度の緊張で息が荒くなっていた。マジシャンはというと、警戒を解かないまま押さえている手を緩め、男たちに引き渡した。そして「行け」と短く言った。それでも動揺してる男たちはなかなか動かず、マジシャンはさらにドスを聞かせた声で再度言った。

 「行けっつってんのが聞こえねぇのか!さっさと行け。撃ち殺すぞこの馬鹿ども。」

 そういって拳銃を向けると、男たちは我先にと蜘蛛の子散らすように逃げていった。男たちが見えなくなると、やっとマジシャンは拳銃をポケットにしまってその場を後にしようとしていた。気が付けば、若干夕日が差す時間になっており、ほんのり涼しい風が吹き始めていた。チッと小さく舌打ちをして、車に上着を置いてきたことを後悔した。身をひるがえして車に戻ろうとすると、後ろから「待って」と声をかけられた。気にせず行こうとすると、急ぎ足で追いかけてきた女たちに囲まれた。一番活発そうな女がマジシャンに続けて声をかけた。

 「助けてくれてありがとう。紳士な日本人さん。どうかお礼をさせてくれないかしら?。」

 「礼なんてもんは一言貰うだけで十分だ。それよりそろそろ冷えるからさっさと着替えて帰んな。さっきみたいな輩がいないとも限らんぜ?。」

 マジシャンが前に立ちはだかった二人の間を縫ってフィアットの方に向かおうとすると後方に立っていた片方の女が「それなら」と言って呼び止めた。振り返ると、ほかの三人より頭一つほど背の低いおとなしそうな女がマジシャンの目を真っ直ぐ見つめていた。どこかの誰かにも似た、美しい青い瞳だった。

 「それなら、私たちを更衣室まで護衛してくれませんか?。あなたの言う通り、これからの時間は怖い人たちがいっぱいいますし…。」

 周りにいた女たちも「確かにそれがいい」と同意しだした。マジシャンも、手助けした手前、別の連中に絡まれても夢見が悪いと考えた。

 「しょうがねぇ。アンタのいうとおりだ提案を聞こう。」

 そういうわけで、マジシャンは女たちを近くの更衣室までついて行ってやった。外で待っていると、先ほどの青い瞳の女が最初に出てきた。ジーンズにチェック柄のシャツというカジュアルスタイルに小さな肩掛けカバンにアニメキャラクターらしきぬいぐるみが一つついていた。ほかの女たちはまだ出てくる気配がなかった。ふと、女が口を開いた。

 「その、さっきは助けてくれてありがとう…ミスター…」

 「マジシャンだ。ミスターはいらない。仲間内での愛称みたいなもんだ。タロットカードのナンバー1で創作者とか策士って意味がある。」

 女は、マジシャンに興味を示しているようで控えめながらも質問を続けてきた。

 「どうしてマジシャンは日本人なのに銃を持ってたの…?。」

 「護身用さ、あいにく俺はあんまりこの町の治安を信用してないもんでね。」

 「それに関しては私も同感、だから護衛してほしかった…。ねぇアニメはお好き?。」

 「あいにく仕事の関係で世界を飛び回ってるもんでね…。滅多にテレビは見ない…。…だが最近見たこの国の地獄を舞台にしたアニメは面白かったね。」

 マジシャンは数日前のBARの時のように女の質問に淡々と答えていった。女の方は、少しずつながらマジシャンに心を開いて興味を示しているようだった。

 「日本人だったら、アニメはたくさん見れそうなイメージあるけど…。あまり見ないの?。」

 「日本に帰った時にはたまに見るかな。だが日本に帰るときは大概心も体もクタクタでね、温泉や花見したり、日本の酒飲んだりで休暇を取ってることの方が多いんだ。」

 「お酒好きなの?。日本じゃ何がおすすめ?。」

 「外国人には好き嫌いがわかれるが、日本酒と、焼酎だな。焼酎なら特に芋がいい。味わいが良い意味でしつこい…。あとは、ジャパニーズウイスキーってやつもなかなか良い。」

 女は、「ニホンシュ、ショーチュー」と繰り返して忘れないようにしているようだった。更衣室から、いまだほかの女たちが出てくる様子はなく、女の質問は止まらない。

 「次に日本に帰るのはいつ?。日本のどこに言ったらまたあなたに会える?。」

 「未定かな。あと、あんまり俺に関わりすぎない方がいい。」

 「どうして?。」

 「あまり聞かない方がいい。ろくなことにはならないからな。」

 女はマジシャンの素性に関することについて、それ以上詳しく追及しなかった。そして今度はマジシャンが女に少し質問した。

 「ところで、あんたの名前はなんてんだい?。流石に助けた相手の名前も知らねぇのは無粋だろうからな。」

 「マリー、マリー・ウィリアムズ。改めてよろしく。マジシャン。」

 マリーと名乗った女は右手を差し出し、握手を求めた。しかしマジシャンは手を引っ込めながら言った。

 「おっと、握手はやめといたほうがいいよマリー。あんたの綺麗な手に煙草の匂いは似合わない。」

 「喫煙者なの?。匂いはあんまり感じないけど…。」

 「一週間ほど禁煙してから、今日久々に一本吸った。指の間にはまだタバコのにおいが染みついてるからな。念には念だ。」

 マリーは少し残念そうにしていた。そうしてそのタイミングで、他の女たちが更衣室から出てきた。それを見て、マジシャンは立ち去ろうとした。

 「よし、これで俺は用なしだな。アンタらがどうやって来たのかは知らないが、まぁ気をつけて帰んな…。」

 こう言い終える瞬間あたりに、さっきの活発そうな女が「あ~!」と大声を上げた。マジシャンが振り返ると、ほかの女たちも頭を抱えていた。

 「今日ここにはタクシーできたから、帰りようがないわ…。どうしよう…。」

 そういって、マジシャンの方を八つの目が一斉に見た。各々が捨てられた子犬のような弱弱しい目をしている。特に、マリーの不安そうな青い瞳は、マジシャンの心を揺るがすには十分だった。

 「…あぁーもう!わかったよ送ってやりゃいいんだろおくってやりゃ!アンタらの期待どおり、俺はここに車で来てるよ!最大四人乗りのちっちぇえのでな!後部座席三人はキツキツでもいいってんならさっさとついてきやがれ!。」

 マジシャンがヤケクソを起こすと、女たちは顔を見合わせて笑った。そして口々に「ありがとう」と言ってマジシャンのフィアットがある駐車場までついてきた。駐車場で女たちの家の近くの場所を聞くと、場所はほぼてんでバラバラだった。またマジシャンはため息をついて、それぞれを家の近くまで送ってやることになったのだった。

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