第3話 パーティー暗殺計画始動

 アジトに戻ると、ロマンスの面々はまだ起きていた。3人は簡単な椅子に座り、これまた簡単なテーブルを囲んで酒を飲んでいた。マジシャンを見つけると口々に「お帰り」といって出迎えた。マジシャンも「おう、ただいま」と返して、空いている椅子に座った。フールがまず口を開いた。

 「よぉ酔っ払い。マスターは元気だったか?。」

 「あぁ。相変わらずイカツかったよ。俺にもコーラ一杯くれ。」

 一同に笑いが起きる中で、テンペランスがコップにコーラを注いでマジシャンに出した。マジシャンは「ありがとよ」といって受け取った。そしてちょうどそのタイミングで、マジシャンの個人用のスマホが鳴った。確認すると、知らない番号からだった。警戒しつつ、電話に出る。

 「誰だ?。」

 「「さっきまで一緒に飲んでた相手をもうお忘れ?。私、ローズよ。」」

 「ローズか、さっきからまだ1時間ほどしかたってないが…。あれから無事帰れたのか?。」

 電話越しとはいえ、さっきBARで聞いてた声と同じと認識しマジシャンは警戒を解いた。ローズは、電話のむこうで笑ったようだった。

 「「女性が無事に帰れたのかをわざわざ確認するなんて、日本人は繊細でやさしいのね?。紳士的で素敵だわ。」」

 「ジョークは今いい。どうなんだ?。」

 「「問題なく帰れたわ。今自分の部屋よ。あなたの方こそ無事に帰れたのか気になってさっそく名刺を使わせてもらったのよ。」」

 「番号を移したらできる限り名刺は早く燃やすことを進めるよ。何かとその名刺を持っていると面倒ごとに巻き込まれる可能性があるからね。できる限り、俺とかかわった痕跡は残さない方がいい。」

 そうして2・3言言葉を交わすと、マジシャンは電話を切った。ロマンスの面々は驚いたような、あきれたような、不思議な顔をしてマジシャンを見つめていた。ジャッジメントが聞いた。

 「お前、名刺をBARで会った女に渡したのか?。」

 「あぁ…。明日の作戦会場で働いてるそうだ。嘘をついてるようにも、マフィアの手下にも見えなかった。極力巻き込む人間を減らしたいがために念を押したんだ。」

 そして、テンペランスが続いた。

 「お前が女に個人用の名刺を渡すなんてな…。こりゃぁ明日の作戦が不安になってきたぜ…?。」

 「馬鹿言うな、お前らまでいて失敗はありえねぇよ。」

 そういって、マジシャンはコーラを勢いよく飲んだ。そうして今度は逆にほか3人に質問した。

 「そういうお前らこそ、今までいろんな国のいろんな女と交友持ってただろうが。そんなときだって一度だって仕事をまずったことがあったか?。」

 皆口々に「ないねぇ」と言って笑った。メンバーが口をそろえて言う間に、マジシャンはジャケットに隠していた38チーフスペシャルを取り出し、机の上にゴトリと置いた。持ち運びやすさで気に入っている銃だったが、明日の作戦では使わないことになっていた。代わりに、自分のスーツケースの中から、グロック26とサプレッサーを取り出し、改めてメンテナンスを始めた。同じく潜入係のテンペランスも、ワルサーPPK/Sとサプレッサーを用意し、メンテナンスを始めた。フールも、SRSにサプレッサーを取り付け、ジャッジメントも、今回の仕事のために用意した、M40A5狙撃銃にサプレッサーを取り付け始めた。マジシャンが改めて口を開いた。

 「極力、トイレや会場から出たタイミングを狙おう。ホトケはすでに潜入しているはずのFBI職員やベガス警察が請け負ってくれる。殺った奴から裏口の方へ運び引き渡す。一部ホテルスタッフには話が通されるはずだ。」

 マジシャンがサプレッサーをグロックの銃口に捻じ込みながら言うと、メンバー全員が力強く頷いた。そして、ジャッジメントが後方に用意してあったクルーザーとフィアットに目をやった。

 「ターゲットを始末したら、俺らはあの車に荷物を担ぎこんで速攻ベガスからおさらばだ。残党狩りは警察の仕事らしいからな。ほかのマフィアや残党・狩り残しの幹部にとっ捕まる前に、俺らは夜通し走ってマフィアどもの包囲網が張られる前に離脱ってわけだ。」

 そういうと、テンペランスが言った。

 「必要ない心配だろうが、お前ら死ぬなよ?。」

 そういうと、今度はフールが言った。

 「一番危ねぇのは、潜入するお前とマジシャンだけどな。死ぬんじゃねぇぞ?。」

 フールがこう言うと、みんな笑って顔を合わせ、ショット一杯分ほどのウイスキーを各々のコップに注ぎあって乾杯し、一気に飲み干した。


 翌日の夜、マジシャンとテンペランスはスーツに黒の蝶ネクタイを合わせた姿で、ホテルのパーティー会場に潜入していた。背中には、サスペンダーを改造しホルスターを取り付けたものが装備されており、グロック26とワルサーPPK/Sが出番を待っていた。そして、外側の正面入り口と、念のため裏口のそれぞれ向かいのビルからフールとジャッジメントが狙撃銃を構えていた。今回のターゲットは、総じて5名である。最悪の場合は、アントクーヨのみを消して離脱する作戦だ。

 パーティーが始まり、酒や料理の配膳と、余興が開始された。小一時間ほどたつと、ターゲットたちに動きがあった。一人が、集団から離れトイレの方向に向かったのである。マジシャンがテンペランスに合図を送り(俺がやる)と示した。集団から離れた一人には、トイレの入り口あたりで追いついた。マジシャンは酔ったふりをして、ワザとターゲットにぶつかった。

 「おっと、すんませ…。」

 「おい、気ぃ付けろ…ってアンタ、見ない顔だな?。何処のどなたさんだい?。」

 ターゲットは、少しぶつかっても気分を悪くしない程度には酔っているらしい、マジシャンはチャンスだと判断した。

 「はい、私新興マフィアの…うぅ…。スンマセンが、便器まで肩貸してくれませんか?。気分が悪くて。」

 「お、おいここで吐くなよ?。わかった、手を貸してやるから。」

 ターゲットは気前よく肩を貸そうとした。そして、肩がかかりかけたところで、空いていた右腕を背中側に回し、マジシャンはグロックを抜いた。回した左腕でターゲットの口をふさいでしゃべれないようにしてから、心臓と鳩尾、頭に一発ずつ打ち込んだ。そして一人目は、骸になった。マジシャンは死んだターゲットを、トイレの個室に詰め込んだ。そして、自身はその隣の個室に入りカギをかけてロマンス全員に連絡を飛ばした。

 「こちらマジシャン、一人トイレで始末した。どうぞ。」

 「「こちらテンペランス。銃声は聞こえなかったが二名そちら方面に向かった。援護するどうぞ。」」

 「OKテンペランス、ぜひ頼むよ。」

 20秒ほど過ぎて、二人のターゲットがトイレに入ってきた。あらかじめマジシャンは、死体の入っている方の個室に音楽プレーヤーとスピーカーを設置し、人間が吐いているときの音声を再生しておいた。二人が入ってくるタイミングで、マジシャンは具合の悪いフリをしながら個室から出た。二人のターゲットは、マジシャンを気にした様子もなく、すれ違い個室の前に立った。入り口に差し掛かったところでちょうど、テンペランスと鉢合わせた。二人してターゲットの方を向き直った。ターゲットは個室のドアを開けて、目を丸くし、顔から血の気をひかせていた。そして、テンペランスとマジシャンの方を見たが、その時には、もう二人とも銃を構えており、手遅れだった。

 「あばよ、先に逝ったヤツによろしく。」

 テンペランスの言葉を合図に、マジシャンも引き金を引いた。ターゲット二人は抵抗しようとしたが間に合わず。5、6発ずつほど鉛玉を食らいくたばった。

 「これであと二人、会場に仕掛けたカメラを見た感じ、まだ逃げられてはいないし、あとはどう始末しようか?。」

 テンペランスが、ワルサーのマガジンを取り換えながら言った。

 「楽なのは、このまままた便所に来てもらうことだが、おそらくそうはいくまい。」

 マジシャンが返した。そしてテンペランスが続ける。

 「かといって、会場のど真ん中で殺るわけにもいかねぇよなぁ。やっぱり、この場を生かすしかねえか…。」

 そういって、テンペランスはスマホとワルサーを握りこんだ。そして、 マジシャンの方を振り返っていった。

 「この後は俺メインでやらせてくれ。考えがある。」

 マジシャンは何も言わずにただ頷いた。

 会場に戻ると、テンペランスはターゲットの残り二人に近づいた。

 「やあこんばんはジェントルマンお二人。アントライオンズの方とお見受けしてお声かけさせていただいたのですが…。今お話しよろしいですかな?。」

 二人は、警戒をはじめしていたようだが、マフィア同士の交流の場ということもありすぐに返す言葉を考えたようだった。先に口を開いたのは、ボスのアントクーヨの方だった。

 「如何にも我々がアントライオンズだが…。君は?。見たところ東洋人に見えるが…。」

 「申し遅れました。私新興マフィアの”ベガスロマンズ”から参上しました。ジェフリー・ナカムラと申します。以後お見知りおきを。日系三世という奴ですよ。」

 「聞いたことないな」という顔をしながらも、ターゲット二人は、友好的な雰囲気を出していた。

 「これはご丁寧にどうも、初めてお聞きする名ですが、いったい我々に何の御用でしょうかな?。それと、先ほどからうちの幹部が3人トイレから戻らないのですが見かけませんでしたか?。」

 「えぇ、まず要件については、我々とのビジネスの提案です。そしてそちらのお戻りにならないお三方については、先ほどトイレで具合悪く吐いてるらしきお声が三人分聞こえておりましたので、おそらくそちらの方々だったかと。」

 それを聞き、二人は呆れたように顔を見合わせた。

 「それはそれは、うちのものが不快な気分にさせたようで申し訳ない。」

 「いえいえ、お酒の席ですからお気になさらず。うちの者たちも早々に酔ってしまって休憩中ですから。」

 「それはお互い大変ですな」といって、アントクーヨとテンペランスは笑った。そして、テンペランスが口を開いた。

 「ところでビジネスの話なのですが…。ここだとほかの方に企業秘密がバレてしまう可能性があります…。男同士腹を割って、一対一でどこか端でお話しさせていただけませんか?。」

 「いいでしょう。して、いったいどのようなビジネスなのです。」

 「中東の民兵組織への武器密売ビジネスです。連中は武器に飢えています。それも品質のいいアメリカ産の銃は高値で提案してきます。」

 「ほう、それは魅力的なお話だ。しかしなぜそんなおいしい話を我々に?。」

 「簡単なことです。我々、国外へのコネクションこそ持っていますが、ベガスでは新参者、ベテランのあなた方のようなプロと提携し、保護を求めさせていただきたいのです。代わりに我々は、中東組織とのビジネスの機会をご提供させていただきます。」

 おだてて、しかもおいしい話を持ってくるテンペランスに、アントクーヨはすっかり気を許していた。そして、テンペランスに乗せられるままバックヤードに入り込んだ。

 「さて、では具体的にどのような手順ですかな?。」

 「えぇ…。それでは、しっかり頭に叩き込んでいただけますか?。」

 「もちろんです」とアントクーヨが答えると、テンペランスはジャケットに手をまわした。瞬間、ワルサーを抜いてアントクーヨの頭、胸、鳩尾、肝臓の順に鉛玉を叩き込んだ。

 「お話ししていただき光栄でした。約束通りしっかり頭に叩き込んで地獄に落ちやがれゲス野郎。」

 そしてうつ伏せになったアントクーヨの首や腰、肺などに残りの球を打ち込んでマガジンを取り換えた。どう処置しても助からないのは明らかだった。

 そのころ、ボスが死んだことも知らない最後のターゲットは、目についたホテルのスタッフの女に声をかけていた。白い肌に絹糸のように艶やかな黒髪、赤いリップと青い瞳のコントラストが妖艶な雰囲気を醸し出す若い女だった。

 「よう姉ちゃん。このパーティーの後空いてねぇかい?。」

 「申し訳ありませんお客様。当ホテル、お客様にスタッフが連絡先等を教えるのは厳禁されております。」

 「そんな固いこと言わねぇでくれよぉ。えーっと?ローズってのかい。いい名前だねぇ。」

 女は、胸元に着けていた名札を手で隠し、「少し業務がありますので失礼いたします。」と早口で言ってその場を後にした。ローズは結局、本日休むことをしなかった。もともと彼女は真面目な性格で、今日自分が休んだらパーティーで忙しい現場にどれほど迷惑をかけるか容易に想像できたからである。それと、今日出勤すれば昨日出会った不思議でどこか魅力的な東洋人にまた会える気がしたからであった。だが実際出会ったのは、ガラの悪くていかついマフィアだった。人ごみを縫うようにして先ほどの男から距離をとっていると、ローズはうっかり一人の細身の男にぶつかった。マフィアにぶつかったと思い、急いで謝ろうと顔を上げた。

 「も、申し訳ありませ…ん?。」

 「こちらこそ失礼しました。すこし酔ってしまっ…た?。」

 「マジシャン…?。」

 「ローズ…?。」

 顔を上げて目に入ったのは、BARでも見た黒い瞳と、黄色味のかかった白い肌だった。帽子は被っていなかったが、自分の興味がある日本文化について丁寧に教えてくれたその顔を忘れるはずがなかった。すぐさまマジシャンは、ローズにできる限り近寄り、周りに聞こえないほど小声で話した。

 「どうしてここにいるんだい!?ここは危険だと言っただろ…。」

 「でも仕方ないじゃない、大変になるのをわかってて仕事を放り出すわけにはいかなかったもの…。あなたこそどうしてここに…?」

 「それについては答えられない…。」

 マジシャンが困った顔をしているとローズの後方から、一人の男がやってきた。そして、ローズに向かって馴れ馴れしく声をかけてきた。寄りにもよって、最後のターゲットだった。そしてさらにその後方からマジシャンに声をかけてくるものがいた。テンペランスである。ターゲットの男はテンペランスに気づくと声をかけてきた。

 「おや?。アンタはさっきボスと商談しにいった…ミスタージェフリーじゃないか。ボスはどこに?。」

 「あぁ。ミスターなら商談の後にトイレに行かれましたよ。催したようです。すぐお戻りになることでしょう。」

 「そうかい。ってなるとほかの三人もいるはずだよな?。ちょうどいいや、お迎えに行くとしよう。潰れている可能性もあるしな。」

 酔っているお調子者にしては、意外と役割が分かっている。テンペランスは、慌てた様子もなく言葉をかぶせた。

 「では私もお供しましょう。もし潰れてらした場合、お運びする人手は多い方がいいでしょうから。」

 「そいつは助かる。ぜひ頼むよ。この時間まで戻らないってなると、相当出来上がってるのか、貰いゲロから気分悪くなってる可能性高いからな。」

 トイレに向かう間際、一瞬テンペランスはマジシャンの方を振り向き片目をゆっくり閉じた。「俺に任せろ」と「ずらかろう」の意味で使ったサインだった。マジシャンは小さく頷いた。二人が去った後、ローズがマジシャンに聞いた。

 「さっきの人、マジシャンのボーイフレンド?。」

 「いや、仕事仲間さ。悪いが俺は、もう帰んなきゃいけねぇ。」

 ローズは、引き止めたいとも思ったが、対して効力を持たないことを察していた。だが、マジシャンの腕をつかみ質問せずにはいられなかった。

 「いつかまた、ベガスに来てくれる?。また会えるかしら?。」

 「さぁな。だが、俺らの気分と、”縁”が導いたらまた会うかもな。」

 「エン?エンって何?。」

 「人と人との繋がりさ。運命みたいなものだ。日本人ってやつは、この縁ってやつを大事にするのさ。」

 「そう…。やっぱりジャパニーズカルチャーは素敵ね。」

 マジシャンの返答に、またローズは感動した。そして、重ねてマジシャンに質問を投げかけた。

 「ねぇマジシャン、また電話してもいいかしら?。」

 「あまりお勧めはしないがね。まぁ、仕事中以外なら出るかもな。」

 「可能性がゼロじゃないならほっとしたわ。」

 「…じゃあな。」

 「えぇまたね。エンがまた私たちを結び付けてくれることを祈ってるわ。」

 ローズの言葉に、それ以上マジシャンは言葉を返すことなく、背を向けたまま軽く手だけを挙げて答えた。

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