第2話 チーム・ロマンス、ベガスへ飛ぶ

 ロマンスの一行が、砂漠地帯での一仕事を終えた次の日、基地には一台のヘリコプターが迎えに来ていた。ロマンスの面々は、各々の私服姿で兵士たちに別れを告げていた。昨夜同様、全身真っ黒なスーツ姿のマジシャン、白いタートルネックのシャツにチェック柄のスーツを合わせたフール、黒のミリタリージャケットにデニムパンツ姿のジャッジメント、黒のパンツにMA1ジャケット姿のテンペランスといった風貌である。皆、それぞれに兵士たちと握手やハグを交わし、別れを惜しんだ。昨夜の4人の兵士たちには、それぞれに訓練をまじめに続けることのアドバイスをして、ロマンスの4人はヘリに乗り込んだ。離陸の際、兵士たちは4人の雄姿を讃え、安全を祈って、母国で有名な歌を歌って送り出した。4人は「See you again !」といった後、ヘリコプターの中で軍歌「ラバウル小唄」を口ずさんだ。そして、ひとしきり歌った後、マジシャンがボソリとこぼした。

 「さらば兵士たちよ、また会うまでは、しばし別れに気が沈む。」

 そのセリフが聞こえていたのか、誰からともなく、全員が肩を落とした。

 1週間ほどの付き合いとは言え、兵士たちと過ごした日々に、4人は思いをはせた。そして数分後、テンペランスが口を開いた。

 「ところでマジシャン、次の仕事はベガスだったな?どんなシチュでどんなふうに殺るんだ?。あと、ターゲットはどんなゴミ野郎なんだ?。」

 「次のターゲットは、ベガスの中規模マフィア”アントライオンズ”のボス、ドン・アントクーヨと幹部数名…。近々ベガスの高級ホテルでほかのマフィア幹部とのパーティーに出席するらしい。ちなみにこいつは、昨日にも一部話したように、違法薬物の密売、法外なぼったくりバー経営、違法賭博場の経営、それに付随する殺しがおよそ50。売春斡旋、闇金営業、その他にも…」

 言いかけたところに、ジャッジメントが口をはさんだ。

 「オーケーマジシャン。もう十分だ。今聞いただけで充分掃除するに値するクズだってことが分かった。んで今回俺らは、そのクズ野郎をあの世に送ってやりゃいいんだろ?。作戦はどうする?潜入して暗殺するか、出入り口で待ち伏せしてズドンか?」

 ここで今度はフールが言った。

 「どちらの作戦にしろ、一度細かく現場の地理を把握しておきたいところだな…。特に後者の場合、狙撃ポイントを確保しないとならねぇ。」

 フールの発言に、ほか3人も同意し、ヘリは最寄りの空港に向けて急いだ。


 3日後、マジシャンは一人ベガスのBARにいた。ロマンスのほか3人は、日中の視察を終えてから、アジトに戻り作戦で使う銃の準備や、作戦の再確認をしていた。別に、マジシャンはサボったわけではない。今回の作戦は、パーティー会場にマジシャンとテンペランスが潜入し、ターゲットを取り逃した場合出入口でフールとジャッジメントがカタをつけるという作戦であった。故に、マジシャンは自分の役割確認と、銃の手配を済ませ、早々にアジトから出かけたのであった。別に、チームの仲間たちといたくなかったわけではない。ただ、一人でのんびりと酒を飲みたい気分になったのだ。作戦開始はあと2日後、仮に今日酔いつぶれても問題ないと判断したうえでの行動であった。

 BARに入ると、体格のいかつい中年のマスターが驚いた顔をして出迎えた。

 「マジシャンか?ずいぶん久しぶりじゃないか。」

 「大げさだよマスター。たかだか3か月ぶりじゃないか。」

 実際、マジシャンをはじめロマンスの面々は、このBARにたびたび訪れていた。しかしここ最近仕事が重んで世界中を飛び回っており、毎月のように来ていたロマンスの面々は、3カ月もこの店に来ていなかった。マジシャンが端のカウンター席に腰掛けると、マスターが注文を聞いてきた。

 「今日は何を飲む?。」

 「おすすめはあるか?。できれば、果物系が飲みたい気分なんだが…?。」

 「OKそれなら」といって、マスターはコリンズグラスにオレンジ色のカクテルを作って出した。

 「スクリュードライバーだ。これでどうかな?。」

 「最高だ。マスターも一杯付き合ってくれるかな?。」

 「もちろん」と答えて、マスターは少し弱めの酒を造った。仕事柄、酔っぱらうわけにもいかないのだろう。だが、マスターが大の酒好きであることを、マジシャンは知っていた。乾杯し、グラスを干すとマジシャンはグラスを渡しながら言った。

 「コカボムをこのグラスにくれ。」

 「ステアは?。」

 「頼むよ。」

 この短いやり取りで、マスターは求めているものを完全に把握し、カウンターの下の冷蔵庫から割るためのエナジードリンクをとりだし、ベースの酒と3:1の割合で作り、マドラーでかき混ぜた。

 「おまちどお。」

 鮮やかなグリーンのカクテルが出され、マジシャンは今度は一気に飲まず、4分の1ほど飲んで口を話した。すると、マスターが口を開いた。

 「そういえば、3~4日前のニュースで、中東の危ない民兵組織がやられたって見たぜ?。聞いた話じゃ、人質を取って周辺組織や軍に脅しをかけてたって話だが、幹部連中が車ごと吹っ飛んだらしい。」

 「へぇ。整備でもサボってたんだろ。」

 「おいおいトボけなさんなって。お前んとこのチームでやったんだろ?。ニュースじゃ「軍とは別に現れた無法のヒーロー」なんて言われてたぜ?。それに燃え残った車には、銃で撃たれたらしき穴がびっしりだったって…。」

 「仮に俺らだったとして、店のど真ん中でそんなことを高々と認めると思うのかい?。あとコカボムもう一杯。」

 「それもそうだわな。あいよ。」

 マジシャンから差し出されたグラスを受け取りながら、マスターは頷いた。

 グラスが改めて出されたタイミングあたりで、店内に入り口のベルが鳴り、新たな来店者が来たことを知らせた。

 マスターはいらっしゃいと声をかけたが、マジシャンは気にした様子もなく酒を傾けた。だが、足音はコツコツと音を立ててマジシャンの座る席の近くに近づいてきた。警戒を強めスーツの内ポケットを探った。ジャケットの中には、護身用のために携帯しているS&W38チーフスペシャルリボルバーが入っている。おかしな挙動や気配があったら、すぐに振り向きざまに頭を打ち抜ける自信はあった。だが、おかしな挙動は特になく、新しい来店者はマジシャンのすぐ隣の椅子に腰を下ろした。隣に座ったのは、若い細身の女だった。絹糸のような艶やかな黒髪に、色白な肌で、真紅のショートドレス(?)と、リップが女の肌を際立たせつつ妖艶な雰囲気を醸し出していた。女の第一声は予想外のものだった。

 「こんばんは、マスター、隣の彼と同じものをいただける?。」

 マスターは一瞬困惑した様子でマジシャンの方を一瞬見たが、すぐさまカクテルを作り上げ女の方へ出した。女は、マジシャンの方へ視線を投げかけ、軽くグラスを掲げた。一応酒飲みのマナーとして、マジシャンも軽くグラスを掲げ、そのまま飲み干した。一瞬だけ見えた女の瞳は宝石のように透き通った青で美しかった。

 マジシャンは、マスターにグラスを渡しながら「ラムオレンジ」といった。マスターは、若干マジシャンの機嫌が悪くなっていることを察した。先ほどまで、マスターと二人、静かに酒を飲むのを楽しんでいたのに、隣に、しかもよりによって女が座ったからであった。カクテルの名前だけでぶっきらぼうに注文したのはマスターにだけ通じるサインであった。マスターは、テンポよくカクテルを作り上げると、マジシャンに渡した。

 「はいよ、ラムオレンジお待ち。」

 マジシャンは会釈しながら受け取った。すると、隣に座る女がマジシャンに話しかけた。

 「あなた東洋人ね?。どちらのご出身?。中国?韓国?。」

 「知ったところでどうする?。」

 「別にどうもしないわ?。ただたまたま場末のお店で見かけたあなたに興味が湧いたからじゃダメかしら?。」

 「…日本だ。これ以上は教えかねる。」

 マジシャンがこう答えると、女は目を輝かせた。

 「日本人なのね!素敵、一度日本に行ってみたいと思っていたの!私ローズ。よかったら日本のことについて教えて頂戴?。」

 マジシャンは、フーッとため息をついたが、ある程度礼儀をもって接されてはいたので、最低限自分も礼儀は尽くすことにした。

 「本名はワケあって話せないが、仲間内じゃマジシャンで通してる。OK、ミス・ローズ何が聞きたい?。」

 マジシャンがこう言うと、ローズと名乗った女はさらに目を輝かせカウンターに置いていた小さめのカバンから、メモ帳とペンを取り出した。

 「じゃあさっそくお願いね!ミスター・マジシャン?日本人なのに不思議なニックネームね。まぁ深くは聞かないでおいてあげるけど。まず最初の質問、ジャパニーズ・キモノってどういうもの?どこで買えるかしら?。」

 「着物か…。着物ってのは、日本で昔っから着られてきた伝統的な服のことさ。買おうと思えばきっとネットでも買えるだろうけど、本格的な奴なら日本の店で買うのが一番だろうね。特にシルク製は肌触りや着心地も最高だ。」

 ローズは、マジシャンのいったことを入念にメモして、「素晴らしいわ」と言い、次の質問をしてきた。

 「じゃあ次は、ジャパニーズ・カタナについて教えてほしいわ。もしマジシャンが日本でたくさん綺麗なカタナを見たかったらどこに行くかしら?。」

 「一番に思いつくのは、東京か京都の国立博物館だろうね。この2つの博物館には、日本の歴史上でも最高の刀がそろってる。漫画やゲームのモデルになったような有名どころの刀を見るならまずここだな。」

 マジシャンの答えにローズは興奮しながら、「トーキョーとキョートね!?私も何度も聞いたことがあるわ!。」と答えた。それからひとしきり、ローズはマジシャンに気になる日本のことについて尋ねてきた。「おすすめの日本の伝統的グルメ」や、「行くべき観光名所」などなど、マジシャンはその一つ一つに不愛想だが丁寧に返答した。そうして質問に答えながらひとしきり酒をあおっていると、酔いのまわったローズが、日本とは関係のない話題を振ってきた。

 「じゃあ次は、あなた自身のことについてもいいかしら?マジシャン。」

 それまでの質問で、ほんの少しだけ口元が緩みかけていたマジシャンの顔つきが、ひきつった。

 「そんなに怖い顔をしないで?別に探りを入れようって魂胆じゃないわ?。日本人と話せるなんてめったにないもの。それに、私はあなたに興味が湧いたの。」

 少しの間、マジシャンはローズの表情をまじまじと見ていたが、ローズの瞳に嘘がないと見ると、口を開いた。

 「全く、あんたらみたいな青い瞳の連中は苦手だ。目を見て嘘かホントかの判断ができねぇからな…。綺麗なのは認めるが…。質問によっちゃあ、俺ぁ帰るからな。」

 ローズはクスリと笑うとメモ帳を閉じて、マジシャンの方を見た。その目つきは、少しだけとろんとしてきている。

 (だいぶ酔ってきてるなこの嬢ちゃん…。変に深入りされて絡まれるのも面倒だが、ここで潰れてマスターに迷惑もかけらんねぇな…。)

 マジシャンもかなり酒を飲み、酔ってきてはいたが思考は冷静であった。ロマンスメンバー全員に言えることであるが、彼らは全員酒に強く酔っても理性が残るタイプであった。おかげで、酒を飲んでいても簡単な仕事は過去にこなせて来ていた。

 「じゃあ最初の質問、あなただいぶ若そうだけどいくつなの?。」

 「多分、25かそこらだろうな。事情があって細かい自分の年は知らない。」

 ローズは不可解といった顔をしたが、ひとまずは納得したようだった。

 「じゃあ次、マジシャンっていうニックネームの理由は?。マジックが好きなの?。」

 「いや、どちらかというと策士とか創作者みたいな意味さ。仲間内じゃタロットカード占いがその時流行っててね。」

 ローズは納得し、深く頷きつつクスクスと笑っていた。どうやら日本語でいう笑い上戸らしい。そして、ローズはまだ質問を続ける。

 「じゃあ今回どうしてベガスに?。」

 「小旅行ってやつさ。別にギャンブルは好きじゃないが、、ベガスには一度来てみたかった。」

 「ダウト、一瞬口元がピクついた。さっきまでの質問に答えた時と違うわ。ほかの人には絶対に言わないから本当のことを教えて…?。」

 マジシャンは、少し飲みすぎた自分を反省した。理性は残っているものの、表情筋や深層心理まではコントロールできなくなっていたらしい。はぁとため息をついて、改めて答えた。

 「ちょっとした仕事だ。片付いたら、また別の仕事に行く。」

 「仕事って…?。」

 「聞かねぇ方がいい。」

 被せ気味にマジシャンが言ったことで、ローズはそれ以上仕事について聞かなかった。そして今度はマジシャンが質問した。

 「今度は少し俺にも質問させてくれローズ。アンタの仕事はなんだ?。」

 ローズははにかむような笑いを浮かべ答えた。

 「ホテル・ベガスドリームで働いてる。主にパーティーの運営とか食事係、給料もお休みも悪くないけど、職場の男たちは最低。みんなあの手この手で私たちに手を出そうとするのばかりよ。」

 ブラックジョークを聞かせながら、ローズは愚痴った。マジシャンは「そいつはひでぇな」と笑いながら、ローズの出したホテルの名前を反芻し、顔色が変わった。思わずローズの肩をつかみ、すごい剣幕で問い詰めた。

 「ローズ!次君の出勤日はいつだ!?」

 ローズは困惑していたが、時計を確認し答えた。

 「あ、明日よ。確か、大き目な規模のパーティーをカジノオーナーの人たちが交流の場としてするからって…。」

 気づけば、時計は深夜を周り、作戦決行は明日となっていた。

 「ローズ、そのパーティーはマフィアの幹部連中の交流パーティーだ。嘘じゃない。言いたかなかったが、俺の友達はFBIだ。そいつから聞いたんで間違いない。あまりにも危険なイベントだ。君はあと1日どんな理由でもいいから休みを伸ばすんだ。いいね?。」

 マジシャンの剣幕に押されローズは思わず「オ、OK」と答えていた。ローズが頷くと、マジシャンは安心した様子で手を離した。そしてようやっと冷静になったようだった。

 「いやすまない。いくら焦ったとはいえ、いきなり女性に触れるのは非常識だった。侘びとして、今夜の君の勘定は俺に払わせてくれ。」

 「それは大丈夫よ。驚きはしたけど…。そして、もしお詫びをしてくれるなら、お勘定より、あなたの連絡先をもらえないかしら?。」

 マジシャンはためらった。いくらこの短時間で多少信頼に足る相手と判断したとはいえ、初対面の人間である。だが、この目の前にいる女はこのまま安全を確認できなくなった場合、明日のパーティー暗殺計画で巻き添えを食らってしまう可能性がある。さすがに巻き込まずに済む人間が増えるならそれに越したことはない。もちろん、最悪なのはローズが”アントライオンズ”やほかのマフィアの関係者で、今日この話をもとに当日の計画がオシャカになることである。

 しかしマジシャンは、前者の方である可能性に賭けてベストの胸ポケットから1枚のタロットカードを取り出した。ナンバー1「魔術師(マジシャン)」の絵柄が書いてあり、裏側は真っ白な中に黒文字で電話番号らしき数字の羅列と、メールアドレスらしき文字と数字の並びが書いてあった。

 「お洒落な名刺ね。」

 「そりゃどうも。マスター今日のところはもういいや。勘定は…これで足りるか?ローズの分も含めて。」

 マジシャンが立ち上がりながら勘定を払った。マスターは、頷きながら金を受け取った。

 「釣りは?。」

 「いらん。釣りの分の金が多いようならマスターとローズで好きに飲んでくれ。」

 そういって、二人が次の言葉を言う前に、マジシャンは店の外に出た。酒が周り、若干足がふらついていたが、比較的しっかりした足取りで、マジシャンはアジトへ戻っていった。

 ネオン輝くベガスの街並みと、夜風を受けて自らの酔いを醒ましながら…。

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