はこづめ
ハナビシトモエ
だいじなたからもの
「健ちゃん、何してるの?」
「ないちょ」
「ないちょなの?」
「うん、ないちょ」
娘夫婦は夜まで仕事に行っている。足腰の悪い私に保育園のお迎えは荷が重いので、家で健一を預かることも多かった。
健一はいつも広い庭の片隅に何かを埋めているようだ。中は虫の死骸かもしれないし、お気に入りのおもちゃかもしれない。
独り身で何をやっているか分からない末っ子も同じような事をしていたのを知っているので、これも血かしらと思っている。
裏の竹林もしばらくはうちの土地だ。健一には絶対に行ってはいけないと言っているが男の子なもんで仕方ないのだろうか。よく裏に行っては泣き声を聞いて迎えに行くこともあった。
最近は道を覚えたらしく、自分で帰ってくることも多くなった。
「健ちゃん、おやつにしようか」
「アイスクリーム? かき氷?」
「手を洗ってきんさい。アイスクリームだよ。好きでしょう?」
「好き! ばあばも好き!」
腰は曲がり、背は縮み、足を悪くして、目や耳は弱っても健一の声はちゃんと聞こえる。前世は徳を積んだのね。
我が家の洗面所は何度洗っても何かが詰まっていて、申し訳ないことに裏の水道を使ってもらっている。排水口があるので石鹸も置いている。
健一が手を洗いに行っているのを見送った後、冷凍庫から何を食べさせるか選ぼうとした。まだ六月だって言うのになんでこんなに暑いのかしら。
「すんません」
入り口の方から張り上げた声がした。冷凍庫を閉めて玄関へ向かった。
「どちらさん?」
「警察です。隣のお家で遺体が見つかって」
「あらまぁ、お葬式出てなかったでしょ」
もしかして仲間外れにされちゃったのかしら、外に出ることも無くなったし、お隣は息子夫婦さんみたいです。仕方ないわよね。
「いやいや県外から来た男で、死因は不明と」
「こんなところで、まぁ」
「なんか変なこと無かったですか?」
「変なこと?」
「例えば変わった車が来たとか、積み下ろし作業を見たとか」
「特には」
「そうですか。またこちらに何か思い出したら言うてくださいね」
怖いわね。健一もいるけど、娘はずっと仕事だからあまり言えないし、保育園の送り迎えは確かにしんどい。
警察が帰ってから、健一にアイスを食べさせた。
「ちべたいね」
「うんうん、ちべたいね」
健一は可愛い。目に入れても痛くない。
私は夕食の準備をする為に台所へ向かった。
世間は夏休みらしく帰省ラッシュが大変だと言っている。私は暑くないのだが、娘がエアコンというので部屋にいることが多くなった。
「ばあば行ってくるね」
また竹林に行くのだろう。最近は言ってから行ってねと約束している。
「早く帰ってきてねー」
「はーい」
最近、ハエが飛ぶ。
どこかから動物が入ったかしら、古い木造の家だ。穴があって、そこから出ることが出来ずに死ぬこともあるだろう。
「ばあばただいま」
「お風呂入ってね」
「はーい」
最近、お風呂も詰まる時があって高圧洗浄をかけてもらったばかりだ。洗面所も頼まないと。
そう言えば、健一は庭の隅に何を埋めているのだろうか。
明るいうちにこっそり見てみよう。幸い明日は雨らしいから、誤魔化すことも出来る。
三歳の掘った穴は浅く平らな箱が出てきた。ほんの砂をかけた程度の物。
ただえらくハエがたかる。動物のふんでも持って帰ってきたのか。
「ひっ」
大量の髪の毛が入っていた。
中には肉らしい物をあり、相当な悪臭がした。どこで、なんで拾ってきたのよ。
ハエはたかり、うじも沸いているようだ。
私は杖を持って、足を引きずりながら竹林に入った。しばらくするとやはり悪臭がする。腐る臭いだ。
私は警察に電話しようとした。でも健一の所業がこのままではバレてしまう。
何度もよろけながら庭に戻り、腐っているものの前に振りかけた。
帰ってから警察に電話した。うちの敷地で人が死んでいますと。
いつの間にか竹林は自殺の名所になっていたらしい。
伸びかけの竹にロープを繋いで眠っている間に、意識があるかも分からない。伸びる竹が間違いなく殺す。
あれから健一は竹林に行かせていない。娘の仕事も落ち着き、幼稚園に通わせることにしたらしい。
それから私はあの穴のあった場所に塩をかけるのを止められずにいる
はこづめ ハナビシトモエ @sikasann
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