第5話

「ッ……テェッ!!」


現在、俺は龍の口付近で風に煽られていた。


もっと早く龍の突進を避けれてたら……。


避けるのに間に合わなかった俺は龍に片腕を喰われ

そのまま龍の思うがままに引っ張られ続けていた。


「っああぁあああ゛」

喉が掻っ切れるような叫び声を上げる。


体が風に煽られているせいで腕が今にも千切れそうで痛い。

間違いなく腕の骨は粉砕しているだろう。


俺は空を靡く体を鱗に引っ掛けなんとか生き延びる。


どうすんだよこっから!


噛まれた腕を引っ張ると明らかに肉をえぐられてるような痛みに苛まれる。

無理やり引きちぎったとしても隣に雲が見えるような高さじゃ死ぬのがオチだ。


「クッソ! 何も分かっちゃいないのに!」


腕のグチャグチャとした痛みと空中での自律神経の乱れが相まって

波のように吐き気が押し寄せる。


「もういっそ腕を引き千切る方がマシ」

そう思い始めたいとき、視界が急に暗くなって……。


「なんで……俺なんだよ……」



嘆いた言葉はどこに散ったのだろうか。

誰かに届いたりするのだろうか……。


空中で誰にも届くはずの無いその言葉は自分への慰め。

甘えて生きて来た人間が取る常套句の一つだ。


俺はそんな自慰行為を乱用する自分が嫌いだ。

甘えた発言をするたびに「これでよかったのか」と後悔し妥協して失敗する。


そしてこう思う「他の誰かなら上手くやってたかもしれない」と……。

そして最終的に病む。自分で自分の首を絞めて本当に馬鹿らしい。


『それは君じゃない』

『君のせいじゃない』


声でも文字でも無い意識的に感じるその言葉。

その言葉は形と成り俺をどんどん深い暗闇の中へと連れて行く。


それはまるで現実とはかけ離れてて……。

すぐ逃げる俺にとって都合の良い場所に思えた。



「……どこだ? ここ……」


目を覚ますとそこは電車の中だった。


耳に空気が張り詰め、ガタンゴトンと電車に揺らされる。

窓から見える景色は真っ暗で電車内にある電気だけが俺の場所を知らしめる。


さっきまで龍と戦ってたんだ。

それは揺らぐことない事実。


ここはきっと夢とか精神世界とかの……その類のなんだろう。

なぜか心地良くて自然とボーっとしてしまう……。


ポツポツ


電車の音に紛れて何か滴る音が聞こえる。


……。


どこか脳に引っかかって気持ち悪い。

俺は好奇心のまま音の出所を探す。


「……なんだ?」


透けて見える扉の先、前の車両に赤い何かが見える。

そこには道しるべのように血痕が垂れているのが見えた。


それはまるで人が這いずった後のよう。

ポタポタと滴る音の正体はさらにこの先に居るのだろうか?


俺は好奇心に狩られ血痕を追っては前の車両前の車両へと歩いて行く。



ベチャベチャとへばり付く血痕を踏み進んでは扉を開けていく。

もう相当の車両を越えたように思えたがゴールは未だに見えてこない。


ただただ血痕を眺めては次の車両へ……。

ざっと5分は歩いただろうか、鉄臭い血の臭いに脳は侵されたのか頭痛が酷い。


「はぁはぁ……はぁはぁ……」


まるで気分が悪い。

呼吸はどんどんと大きくなって手が震えだす。


俺は壁に手をつき疲弊した体を支えながら次の車両へと向かった

その瞬間天井にぶら下がる電光板が不気味に光り始める。


「……5車両……」


電光板に移されたその文字に長い長い道のりの終着点を感じる事が出来た。

むしろこの電車に終わりがあったんだと思う。


ここがどこかは分からないがそんな事はもうどうでもいい。

『ここから出れる』希望を前に俺は4号車3号車と車両を跨いで行く。


そしてその足は2号車に入ってあっけなく止まった。


「この先……1号車に何があんだよ……」


伸びる血痕は足跡へと変わり

壁には血が飛び散ったような後で車両全体が真っ赤に染められている。



……なぁ……殺ったな……。

重りが……やっと外れたんだ……雅美?


「……何が起こってんだよ!!!」


大量の血に釣られ赤く染まったアイツが脳裏に浮かぶ。

なんで……俺のせいなのか!?


頭が狂ったように痒い。

恐怖が張り付いた喉を無理やり震わせ、獣のように頭を搔き毟る。


どうしよう、どうしよう、どうしたら。


俺の体は1号車の扉を前に一歩ずつ下がって行く。

鉄臭い臭い、血の足跡、夢のはずなのに夢のはずなのに!


……逃げよう。


その考えが脳内で集約されたとき、俺の足は瞬く間に180度回転した。

俺は品性の欠片も厭わない全力疾走で元の地点へと戻って行く。


「っあぁあああ!」


必死に逃げる姿はまるで溺れたときのよう。

何かをすがるように腕を伸ばして冷静さを欠いて無駄に体力を使い果たす。


「っはぁ……っはぁ……」


2号車も過ぎたかも分からないタイミングで体が根を上げる。

「っなんで」


「なんで俺なんだよ、なんて言いたそうな口振りだな」

「自分に甘いんじゃないか?」


後ろから図星を突くような冷たい声が割って入る。

女の声だ……なんで……誰だよ……。


「……夢だよな」


「夢の中でも卑屈な思いをするなんて不幸な奴だな」

「だからまた逃げて失敗して人と比べるんだ」


全くの図星、恐怖以上に羞恥躍起が募る。


甘いってなんだよ、俺だって頑張って……。

……なんて正当化する資格は俺には無い。


これも甘える事と同じで逃げてるだけだから。


「……なんで知ってんだよ?」 

「……俺の事、全部」


「ここは貴様の中だから見えてしまうんだよ」

「それに……同じ温かみを感じたんだ」

「……仲間なんだよ貴様と私は……きっとな」

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何度も繰り返すこの世界で僕はたった一人の君と恋をする。 きらみあ @ramia_1116

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