残された光

月井 忠

一話完結

 ピピピッとアラームが鳴った。


 スマホの時計を見ると、もう約束の時刻まですぐだった。

 私は半球状の窓に頭を突っ込むと、その先に広がる世界に目を向ける。


 この光景はいつ見ても心を奪われる。

 小さな星の光を集めたように、点々とした明かりが人々の営みを示している。


 光にかたどられた、黒く、くっきりとした海岸線を視線でなぞり、見慣れた形に目を留めると、ピコンとスマホが鳴った。


「そろそろね」

 彼女からのメッセージだった。


「ああ」

 私はあえてそっけなく返す。


 互いに未練を残さないほうがいい。

 それが、二人で出した答えだったからだ。


 予定された場所に目を向け、無重力に体が流されないよう半球状の窓に手を当てる。

 眼下の地球は夜の顔を見せ、人口の明かりが都市と道路の形を浮き上がらせている。


 暗い空に、かすかな物体が横切ったのが見えた。

 それは地上の照明をわずかに隠し、小さく黒い物体が横切ったと感じさせた。


 すぐに閃光が放たれる。


 ひときわ大きくなった白色の塊は、緩やかに脈動しながら突き進む。

 そのあとには、緑色と青色の光がいく筋もの尾となって残される。


 先を行く光は少しずつ弱まっているようだが、地上の明かりとは比べ物にならないほどの強烈な輝きを放っている。


 私は地上に向かって落ちていく流れ星をじっと見下ろした。


 正確に言うとあれは人工の流れ星だった。

 この時間、この場所で見られるよう厳格に調整された流れ星。


 あの中には、私達夫婦の、いや夫婦だった私達の子供がいる。

 小学生に上がってすぐに命の炎が尽きた、あの子。


「死んだら、ボクはどうなるの?」

 幼いながらに死を理解したあの子に、私は「星になるんだよ」と答えた。


「そうなんだ」

 ただそれだけ答えたあの子は、それから星の勉強を始めた。


 どうやら、彼にとって星はかけがえのないものになったようだった。


 だから、私達は彼の骨を流れ星にしてくれる企業に頼んで、彼の旅立ちを見送ることにした。

 私は軌道上から、元妻となった彼女は地上から。


 あれから、もう二年になるのか。


 最後に残った輝きのすべてを出し尽くすかのように星は明るい光を放つ。

 その後、二筋の青と緑の光が残って、暗い大地を背景にその形をとどめた。


 私には、残された光の筋が自分と別れた妻のように思えた。


「これで、良かったのよね」

 元妻となった彼女からメッセージが来る。


「ああ」

 おそらくこれが最後のメッセージとなるだろう。


 それでも、別れの言葉はそっけないものとなってしまった。


 あの子を亡くした私達は、互いの姿を見ることができなくなっていた。

 私は彼女を見ると、あの子の影を見てしまう。


 彼女も同様だったのだろう。

 夫婦としての形を保てなくなった私達は、互いに別の道を歩むことにした。


 彼女は地上で普通の生活を送る。

 私はこれから火星に向かう。


「元気で」

 どうしても別れの言葉を残しておきたくなって、彼女にメッセージを送った。


「ええ、アナタも」


「さようなら」

「さようなら」


 私の目の奥には、流れ星の光が残像となって焼き付いていた。

 短くも、まばゆい光を放った、夜空の星。


 そのあとには二筋の光が残って、それもやがて消えた。


 今の私には何も残っていない。

 だからこそ新天地を目指すことに意味があるのだと思う。

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残された光 月井 忠 @TKTDS

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