第2話
緊張しながら山中の曲がりくねった舗装道路をバスを走らせ、20分ほどしたら聞かされてた停留所に到着した。バス停の標識は錆びついていて何と書いているか分からなかった。そこに指示通りにバスを止めて乗降口を開けて一分間待ったんだけど、すごく長く感じた。手のひらは汗びっしょりで、渡された手袋が装飾用じゃなかったと思い知ったよ。
あと数秒で一分になる、て時に車体が乗降口側に傾いた。まるで重い“何か”が乗り込んできたみたいに。すぐに傾きはおさまったけど、車体が少し沈んだのが分かった。
車内モニターを覗くと真っ白で最初は故障かと思ったよ。だけど、すぐに
それが何かは分からないけど、目的の“乗客”を乗せたのは分かったから、すぐに扉を閉めてアクセルを踏み込んだ。
それからはハンドルを両手で握りしめ、前方を見つめて運転することに集中した。
背後の客席部分では何かが
運転していると視界のすみに何かが見えた。運転席の横にある窓の外だ。
目だけを動かして、そちらをチラリと見たけど後悔したよ。見なきゃよかったって。
バスと並行してカラスのような黒い鳥が飛んでたんだけど、体は鳥でも頭は人間のものだったんだ。頭部に毛は生えてなくて
一瞬見ただけなのに脳裏に焼きついて忘れられない。今でもたまに夢に見るよ。
その鳥もどきと呼応するように車内から何かが窓をバンバン叩き始めた。それも1人2人じゃないよ。数十人が一斉に叩いてるような騒音レベルの音が車内に響き渡った。
遠くから子供みたいな「ギャハハ!」て笑い声も聞こえてきたんだけど、何より嫌だったのは自分のすぐ近くから幼い声で「ねえねえ」と聞こえたこと。明らかに自分に向けての呼びかけだったからね。しかも声は複数あったし、幾つもの顔がこちらを向いてるのも感じた。多分、異常に神経が張り詰めた状況だから感知出来たんだろね。
もちろん無視したよ。その時に何故か当時流行ってた歌を鼻歌で歌ってた。大嫌いな歌だったんだけど、極限状態だと人間って変なことするんだね。
漁港そばのバス停が見えた時は涙が出たよ。嬉しくて。長く長く感じたドライブが終わり、バスを停車させ乗降口を開けた。
やっぱり一分間が長く感じた。
「お疲れさまでした」
て突然声をかけられた時は心臓が止まるかと思った。いつの間にか運転席の隣りにスーツの男が立っててさ、その人が声をかけてきたんだよ。そしてバスから降ろされて別の車に乗せられた。その車で当時住んでたアパートの近くまで送ってくれたんだ。今度はアイマスクはされなかった。
まあ車に乗った途端、泥のように眠りこんだから必要なかったんだけど。
疲れきってたけど、漁港のバス停の後ろに小さな
これが自分の経験したことの全て。
あの夜のことは忘れようと努めたけど、簡単には忘れられないよね。強烈な経験だったから。ずいぶん後になって、ふと思ったんだよね。あれって山にいた何か、お伽話に出てくるような“
まあ、何にしても生き延びて大金を手にしたんだから万々歳ですよ。というか、そう思うようにしてる。ほら、自分の髪の毛って真っ白でしょ? これって年齢と共に白髪が増えてとかじゃないの。あの仕事を終えたら髪が真っ白になってたのよ。
それと自分って何歳くらいに見える?
60歳くらい? これでも、まだ46歳なんだけどね。あれ以降、何をやっても心が動かないし、人づきあいも途絶えちまったのが原因かな・・・。
だから、だからね、無理やりでも「コレデヨカッタンダ」て思わなきゃ、やってられないんだ。これでよかったんだって・・・。
─了─
N交通[M漁港行き] @tsutanai_kouta
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