後日談「ガヴェル大尉は人気者」


「見て、ガヴェル大尉よ」

「凛として気高く、真面目で仕事も出来る人」

「ああ、やっぱり恰好良いわね」


 世界大戦の終結から、数年が過ぎました。


 チェイム風邪のパンデミックを乗り越え、オースティンの復興は少しづつ進んでいました。


「ウィン郊外に根付いたマフィアを、一個中隊で制圧したらしい」

「やっぱり出来る人は違うわね」


 戦後のオースティン軍は、『治安の回復、立て直し』で大忙しでした。


 国家権力が権威を失い、辺境はマフィアの拠点になっていたのです。


 戦時中から違法な薬物・武器の売買で、犯罪組織マフィアが幅を利かせていました。


「ああ、ガヴェル様。一度、お食事に誘ってみようかしら」

「馬鹿ね、アンタなんか相手にしてくれるわけないじゃない」


 治安を維持するため、オースティン軍は遠征を繰り返しました。


 マフィアも武装しているので、その根絶は並大抵のことではありません。


 何度遠征しても、なかなか排除しきれないのが現状でした。


「彼はエリート中のエリートで、女遊びだってしないらしいよ」

「だよねー」


 そんな賊討伐で大きな功績を上げていたのは、ガヴェル大尉です。


 彼の指揮で既に二つの組織を滅ぼし、ウィン周辺の治安向上に大きく貢献しました。


 なので今やガヴェル大尉は、若手で一番の期待株なのだとか。



 彼の率いるガヴェル中隊は、自分の護衛部隊を務めていた兵士達の生き残りです。


 決戦の際も、自分に随伴して最前線で戦ってくれた精鋭たち。


 自分が軍を辞した後は、ガヴェル大尉がその指揮を継いでいました。


 その練度はすさまじいもので、戦えば連戦連勝だそうです。



 一度、自分はガヴェル大尉に勝利の秘訣を問うてみたことがあります。


 そしたら笑って、『お前の真似をしてるんだ』と言われました。


 どうやら自分が感覚的に行っていた指揮を解析し、戦術論で補強して運用しているようです。


 ガヴェル大尉の作戦論は高い評価を受け、参謀本部からスカウトも来ているようです。


 流石はレンヴェルさんの御一族。真面目で優秀な軍人をたくさん排出している軍事の名門。


 ガヴェル君は今や、エース扱いを受ける指揮官に成長したのです。



「……あのー」

「あ、お客さん? 何か御用ですか」



 なので今のガヴェル大尉は、大人気の若手男性将校なのです。


 お見合いの申し込みが後を立たず、女性から誘われ過ぎて辟易しているようです。


 実は自分はしばらくサバトに飛んでいたので、彼の人気がそこまでになっているとは知りませんでした。


 なので、外遊で得た情報を共有しようと兵舎に立ち寄ったのですが……。


「自分はトウリ・ロウと申します。ガヴェル大尉にアポイントをお願いしたく……」

「……ふーん? どのようなご用件で」

「あ、いえ。お土産を持ってきたので、ちょっとお話しできればと」

「は?」


 受付のお姉さんに、とっても怖い目で睨まれてしまったのでした。




「ガヴェル大尉はお忙しいお方です。用事もないなら、アポイントの申請はお断りします」

「え、えっと。自分の名前を出していただけたら、取り次いでもらえるかなーっと」

「お断りします。ガヴェル様に、無駄なお時間を煩わせたくありません」


 自分が軍に所属していたのは、三年前のことです。


 だからか、兵舎の受付さんは知らない人になっていました。


 前までなら『ああイリス様! 久しぶりです!』みたいな感じで通して貰えていたのですが……。


 見知らぬ人なら、通してもらえるはずがないでしょう。


「そもそもあなた、軍属なのですか」

「いえ……」

「兵舎には国家機密の情報がたくさんあります。軍籍をお持ちでない方はなるべく通したくありません」

「そ、そうでしょうね」


 残念ながら、トウリ・ロウという名前はあまり有名ではありません。


 自分が挙げた功績の殆どは『イリス・ヴァロウ』のものと報じられていたからです。


 そして外交官である自分は、軍に対して権力を持っていません。


 受付に『入るな』と言われたら、諦めるほかないのです。


「……」

「……」


 それに彼女たちの言うことももっともです。


 ガヴェル君と自分の仲とはいえ、『話がしたくてアポイント』は気安すぎたでしょうか。


 職場ではなく家にアポイントとれ、と言われたらぐうの音も出ません。


 ……でも彼の家に行くと、だいたい『歓迎』と称して小さなパーティーを催されるのですよね。


 ありがたい話ですが、毎回派手に歓待されるのはちょっと勘弁して欲しいのです。


「……では後日、個人的にアポをとります」

「ご理解ありがとうございます、ではお引き取りください」


 しかしそう言われてしまっては仕方がありません。


 ちょっとガッカリしつつも、諦めて出直す事にしました。


 ガヴェル大尉のご実家に挨拶に向かい、アポイントを取るとしましょう。


「貴女みたいなのをガヴェル様が相手にするか、分かりませんけどね」

「……あはは」


 受付さんの口調が厳しくて、自分は思わず苦笑してしまいました。


 どうやら自分は、ガヴェル君に纏わりつく悪い虫と思われたようです。


 そう言えば昔、彼に『ヴェルディ様に気安く話しかけるな』と釘を刺されましたっけ。


 そんなガヴェル君が今や、釘を刺してもらう側になったのです。


 立派になったのだなと、感慨深い気持ちになりました。




「……まぁまぁ、そう邪険にしないであげなよ」


 しかし、受付さんに苦笑を返し、外に出ようとしたその時。


 スラりと背の高い男性兵士が、自分の出口に立ちふさがりました。


「君、ガヴェル大尉殿のお知り合いなの?」

「ええ、古い友人です」

「そっか。なぁ受付さん、俺が付き添うから入れてあげなよ。他の将校だって、女くらい連れ込んでるじゃないか」


 男は自分の肩に手を置いてウインクした後。


 受付のお姉さんに懇願するように、手を合わせてそうお願いしました。


「ですが、ガヴェル様は女性なんて連れ込んだことは……」

「滅多にないから、珍しいんじゃないか」


 その男性兵士に、見覚えはありません。


 彼はヘラヘラと軽い口調で、受付の女性を諭しています。


 ……その階級章は、少尉のもの。


「えっと、貴方は?」

「ああ、名乗りが遅れて失礼レディ。俺はイルーヴェン少尉」


 彼に名前を問うと、ニンマリといい笑顔を浮かべ、


「ガヴェル大尉の、従弟いとこさ」


 そう自慢げに言いました。






「なるほど、貴方もレンヴェル大佐のお孫さんなのですね」

「ああ、まあな。俺はガヴェル連隊の中隊長を任されているんだぜ」


 このイルーヴェンさんは、二十代前半の若い軍人でした。


 彼はガヴェル大尉の従弟だそうで、そのコネで少尉まで出世したそうです。


「こう見えて士官学校では主席だった、エリート軍人なのだ」

「へえ、凄いです」

「俺に興味持ってくれた? 今度お食事とか行くかい?」

「おや、こんなおばさんを捕まえてナンパですか」

「おばさん?」


 流石に少尉の言うことには逆らうことは出来なかったのか。


 自分は受付さんに睨まれながら、兵舎に入ることが出来ました。


「君、けっこう年下だと思ったんだけど。今おいくつ?」

「女性に年齢を聞くのは野暮というものですよ、イルーヴェンさん」

「間違いないね」


 イルーヴェン少尉は、チャラいタイプの人っぽい印象でした。


 軍人は刹那的な仕事だからか、積極的に女性を誘うタイプも多いのです。


「でも君がいくつだろうと、魅力的である事には変わらないよ」

「ありがとうございます、イルーヴェン少尉」


 こういう裏のないお誘いは、気持ちがいいものですね。


 ……外交部は腹黒い人が多く「二人きりでお食事でもどうですか」という誘いは、「秘密裏の交渉があるがどうですか」という隠語になっています。


 あんな仕事を続けていたら、性格が悪くなってしまいそうです。


「それで、ガヴェル大尉はどちらに?」

「この時間なら、多分グラウンドだね。君の名前はトウリちゃんだっけ?」

「はい、そうです」

「じゃあ、ちょっと待ってて。従兄上にトウリちゃんが来たって伝えてくるよ」


 彼は自分が年齢不詳だと聞いてなお、ニコやかな笑みは崩さないまま。


 イルーヴェンさんは自分を、ガヴェル大尉に取り次いでくださいました。


「あ、そこから動かないでね。もし君が妙な真似をしたら、撃たなきゃいけないから」

「ええ、ジっとしています」


 グラウンドは暑いからか、自分は端の日陰で待っているよう指示をされました。


 見知らぬ自分を一人で放置するのは、ちょっと不用心ですかね?


 もし銃で撃たれても弾けますし……。まだ甘いところもありそうです。


「……今日も訓練、ですか」


 グラウンドではガヴェル大尉が、新米の訓練をしている様子でした。


 彼はとても訓練を重視する将校だそうです。


 訓練こそ生存率を上げる、兵士への最大のご褒美である。それは、自分の信条でもありました。


 もしガヴェル君が自分の影響で訓練を重視してくれているなら、嬉しい限りです。


「おや」


 ガヴェル大尉がこちらを振り向いたので、手を振ってアピールをしました。


 ニコニコと笑顔でアピールすると、彼はギョっとした顔をして。


 大慌てで、自分の方へ駆けつけてきました。



「ちょっと! お前、いきなり、どういう」

「お久しぶりです、ガヴェル大尉」


 久しぶりに見た彼は体格が良くなっており、筋骨隆々になっていました。


 この三年間、トレーニングを欠かさなかったのでしょう。


 彼の背後には、たくさんの新兵がぞろぞろと付いてきていました。


「アポイントを取りたくて、兵舎に伺ったのですが。イルーヴェン少尉がすぐ会わせてくれるとおっしゃったので、お願いした次第です」

「はあ……。お前な、そんなにいきなり」

「海外旅行に行っていたので、その土産話をしたくて」

「はぁ?」


 自分は駆け寄ってきたガヴェル君に、近寄りました。


 そして、スっと耳元に寄って、


「エイリス植民地領に、きなくさい動きがあります。詳細は、また後で」

「む……」


 そう、静かに呟きました。


「わかった。今夜、俺の家に来てくれ」

「分かりました。では夜に」


 今回の外遊で掴んだのですが、エイリスは植民地に兵士を続々と投入しているようなのです。


 未だ伏せられている話ですが、ガヴェル大尉にはお伝えしておいた方が良いでしょう。


 軍隊には、有事に備えておいてもらわねばなりません。


「あー、ガヴェル大尉が女を誘った!」

「うおおお、歴史的瞬間だ!」


 ただし言い方が良くなかったのか、公衆の面前で家に呼んだのが悪かったのか。


 ガヴェル大尉の返事を聞いた新兵たちが、興奮して大騒ぎを始めました。


「やっぱりいたんですね、ガヴェル大尉の女! だからお見合いを断ってんだ」

「どこで知り合ってたんです、そんなカワイイ娘!」

「ちょっと年下すぎるでしょう! ロリコンじゃねぇすか大尉殿!」


 彼らのはやし立てに、あららと思いつつ。


 懐かしいノリだなぁと、噂になると面倒だなと、騒ぐ兵士を眺めていたら。


「おいテメェら、よく聞け」

「なんですかー?」


 ガヴェル大尉に、慌てる様子は全くありません。


 彼は落ち着いた声で、騒ぎ始めた新米たちに語り掛けました。


「どうだ、コイツは可愛いだろう? おとなしくて優しそうで」

「ヒューヒュー! 惚気っすか!」

「事実を言ったまでだ」

「おや、ありがとうございます」


 ガヴェル大尉は新兵にからかわれても、顔を赤らめて反論するようなことはなく。


 むしろどうだと言わんばかりに、自分の容姿を誉めてくれました。


「いつから付き合ってたんですか大尉!」

「いや、残念ながらそう言う関係じゃあない」

「じゃあ片思いッスか!」

「フリーなら口説いていいですか!」


 数年前の彼なら、きっと狼狽して叫んでいたでしょうに。


 ガヴェル君はいつの間にか、精神的にも大人になっていたようです────


「コイツはこの中で誰よりも強ぇ、ゴリラだ。俺を含めてもな」

「え?」

「そんで誰よりも怖ぇ。油断した瞬間、額に風穴があくぞ」


 いきなり何を言い出すのでしょうか。


「……あの、大尉? いきなり、何を」

「あの、ガヴェル君?」


 自分はもう、前線を離れて三年も経っています。


 筋力も落ちているでしょうし、おそらくこの中の誰よりも弱っちくなっているのですが。


「コイツが、俺が常々話して聞かせているイリス・ヴァロウその人だ」

「「ぎゃあああああ!!?」」


 そう聞いた瞬間、新米が絶叫し、グラウンドが阿鼻叫喚になりました。


「絶対絶命でこそ楽し気に笑う、『血まみれイリス様』!?」

「死んだ味方の血肉を塗りたくって狂喜したという、あの……」

「銃弾斬りで有名な……!?」

「実在していたのか!?」


 騒ぐ彼らに、ふざけている様子はなく。


 顔を真っ青に、息を荒く、自分を見て怯え切っています。


 どうやら本気で、怖がっているみたいで……。


「あ、あの。イルーヴェン少尉?」

「ひ、ひぃぃぃぃ!? ご、ごめんな、さ」

「あのー」


 これは何なのでしょうか。


 見たことも会ったこともない人たちに、どうしてここまで怯えられなければならないのでしょうか。


 というかこの人たちは、自分をどういう存在だと聞かされているのでしょうか。


「ガヴェル大尉、これはいったい」

「いや、コイツらに英雄イリス様はどんなヤツなのかって聞かれてな」

「それで?」

「正直に話してやったら、こうなった」

「何を言ったんですかガヴェル大尉!!」


 そんな新米の様子を見ても、ガヴェル君に悪びれる様子もありません。


 飄々とした態度で、口笛を吹いています。


 さては面白がって、あることないことを吹聴しましたね。


「み、皆さん、聞いてください。自分は確かにイリス・ヴァロウでもありますが、ガヴェル君から聞いたような怖い人では」

「イリス様はオースティン軍で現状、戦果スコアがダントツトップの化け物だ。どんな状況でも突撃すれば勝てると思ってる、頭のネジが外れた突撃狂。お前らもかくあるべし、だぞ」

「ガヴェル大尉!」


 慌てて自分の風評被害を訂正しようとしましたが、ガヴェル大尉が弁明させてくれません。


 腹が立って、文句を言おうとしましたが、


「ガヴェル君! なんでそんなことを!」

「いや、お前の話をすると緊張感が出て、訓練に良いんだ。嘘は一切言ってないし」

「嘘を言っていないなら、何故こんなに怖がられてるんですか」

「嘘を言ってないからじゃないか」


 ガヴェル大尉はどうやら、自分の話で怖がらせることを新人教育に利用しているらしく。


「お前ら、こいつの顔をよく見ておけよ。戦争のエースってのは、こんな見た目をしてるんだ」

「お、おぉ」

「敵がどんなに弱っちそうでも、絶対に油断するな。イリス様はこんな見た目で、エース級を何人も屠ってきた化け物だぞ」

「こ、これがあのイリス・ヴァロウ様……」

「確かに、知らないと油断するな……」


 今も自分の幼い見た目を使って、新人に『油断するな』という教訓を垂れ流していました。


 ……いつの間にか、随分としたたかになりましたね。


「まったく、自分を良いように使って」

「トウリ・ロウの名は使ってないんだから良いじゃねぇか。そっちの名前は、汚されたくないんだろ?」

「ええ、まぁ」

「お前の逸話は刺激的でな、新米に聞いてもらいやすいんだ」


 ですが、新米の教育に良いと言われれば納得するしかありません。


 自分が揶揄されることで新人の生存率が上がるなら、我慢は出来ます。


 トウリ・ロウの名前は、使わないでくれているようですし。


「これで分かったろ、コイツを家に呼んだのは変な意味じゃねぇ」

「結局、違ったのか」

「確かに、浮いた話じゃなさそうだ」

「女と思うには怖すぎる……」


 ただ、なんだか一方的に利用されているのは悔しかったので。


 ほんの少しだけ、意趣返ししてやりましょうか。


「それではガヴェル大尉、また夜に」

「ああ、よろしく」

「ただ帰る前に、一言だけ訓練中の皆様に」


 自分はにっこり笑って、訓練中の新兵に向き直った後。


 チラリとガヴェル大尉の方を見て、意味深に微笑を浮かべ。


「実は自分、ガヴェル大尉から告白を受けたことが────」

「帰れ! おい帰れ!」


 アルガリアの告白まがいを話してやろうとしたら、グラウンドからつまみ出されました。


 ……結局、グラウンドで新米が騒いでいました。

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