第34話


BBQ大会のことはほとんど覚えていない。夏莉は俺の話を遮って、圭原の元に駆け寄った。俺も着いていこうかと思って、一歩踏み出してやめた。

呆然としながらも、圭原の隣にいる橘くんの顔を見た。いつもの目は、夏莉に向けられていた。あぁ、いつも俺じゃなくて夏莉を見ていたんだな、と察した。夏莉は圭原と楽しそうに話して、圭原も笑ってて……俺の入る隙なんてないんだと理解した。


「ちょっと、入れすぎ!!」

「うわっ!」


突然腕を掴まれたこと、コップに限界まで注がれたオレンジジュース、それぞれに驚く。


「ぼーっとしてたでしょ」

「あ……うん」


やれやれと言わんばかりの表情をしているのは、夏莉が唯一この学校で仲の良い女子 美咲さん。


「夏莉の事で悩んでるわけぇ?」

「いや……」

「だよねぇ、2人見てれば恋愛関係じゃないのはわかるよぉ」

「はは、よく見てるんだね」

「どっちかって言うと、圭原くんのこと気にしてるよねぇ……数学の時間。」

「……へ?」

「ぼぉっとしてると、誰かさんにとられちゃうよ……ね」


美咲さんはそう言って、女子の中に消えていった。「ちょ、どういうこと―――」なんて、俺の声も聞かずに。

背筋が凍る感覚と、湿気から来る汗がその後も忘れられなかった。美咲さんはどこまで、何をみているのか、何を知っているのか……気をつけないといけないなと、胸を強く叩いた。普通に強すぎて噎せた。


どうせ明日も数学の黒板を見つめて、絵を描くだけ。それをぼぉっとしていると言うのならば、俺は何をしたらいいのだろう。

そう悲観的に思った翌朝、教室に入ると夏莉が圭原・橘コンビとつるんでいた。思わず息を飲んで、これがぼぉっとしていた結果か……なんて思った。数メートル先で、俺に気づかないほどに盛り上がっている圭原春希、橘真冬と夏莉の会話。俺と話す時と同じくらい楽しそうな顔をする夏莉に、胸の奥がチクッとした。

しかし、もう何一つ後戻りできない状況。

きっと明日も明後日も、圭原や橘は夏莉に絡む。なら、それなら、俺は……俺は、夏莉と一緒にいるふざけた男を演じれば……。

拳を握って、勇気を……足を、踏み出した。


「春希ぃ…今日俺と遊ぼ!!」


初めての下の名前で呼び、そして肩を掴んで前に揺らす。恐る恐る振り返った圭原春希は、振り返りながら「秋也かよ、マジビビるって」と笑った。

橘くんは…ふゆちゃん、でいいのか。

きっと夏莉とカラオケ行きたいだろうし、誘うしかない。


「ね、ふゆちゃんも一緒にカラオケ行こうぜ」

「お、俺は……」

「えーー!?ふゆちゃんも来てくれるの!?超嬉しい!!!」


眩しいくらいの笑顔で喜ぶ夏莉に驚いて、ほっとした。この笑顔に何人の男が騙されるんだろうか。少なくともふゆちゃんは…魅せられてしまっているだろう。


「……行くよ」

「うっしゃ、4人でカラオケサイコーじゃん!ウェイ!!」

「秋也うるさいよ」

「だってさ!嬉しいじゃん!夏莉だってずっと春希、ふゆちゃんと仲良くなりたかったくせに」

「ちょっとそれ言わないでよ!!」

「え?仲良くなりたかったの?オレらと?」

「ま、まーー……なんか2人とも、楽しそうだし……だから圭原くんとふゆちゃん、カラオケ行けるの超嬉しいよ!」

「待って、圭原じゃなくて春希って呼んでくんない?」

「え!えーー……じゃあ、春希。」

「じゃ、俺も夏莉って呼ぶから。改めて、夏莉と秋也、よろしく〜〜」


春希とのグータッチ……笑顔。

忘れられないワンシーンになるんだろうな、なんて思って、上手く笑えてる気がしなかった。なんやかんやあってその後した4人のグータッチは、夏莉の勢いと感情の並が強すぎて、肩まで響いて倒れてしまいそうだった。


この日から、俺と夏莉は2人きりで非常階段に行くことはなくなった。


「お?いつもより騒がしくね?」

「おー、富田!お疲れ様!」


以前同様に下を通りかかった富田。

苦手な富田にも、を演じて接すれば嫌な気持ちにならないんだと理解した。


「非常階段パンッパンじゃん、屋上とか行かねぇの?」

「屋上閉まってたんだよ」

「あ…そ。てか、秋也おまえ以外俺がいることにすら気づいてないじゃん」

「あー…ね。ま、気にしないでよ!」

「気にしてねぇけどさ……あのマドンナさえいなければお前もこっち側に引き込んでたのによォ」

「え?!」


俺みたいな、富田とは正反対の人間が――夏莉さえ居なければ、俺と居た?

にわかにも信じられなかったが、嘘をついている時のヘラヘラした表情ではなかった。

富田の周りには不良が集まっているが、そのメンツは全員かっこよかった…内心、憧れていた。そんなことを口に出せば、夏莉は「子供かよ」なんて鼻で笑うに決まってる。でも少しは憧れていたんだ。


「あ!!富田じゃーん!」


夏莉が気づいて、富田に指を指す。

すぐさま富田はヘラヘラとした表情になった。


「お〜夏莉チャン、俺とデート行く気になった?」

「なるわけないでしょ!!まずその腰パンやめたら??」

「え、これダメ?」

「うん、ダサい」

「んなことねぇよ〜、夏莉チャンって秋也みたいな真面目人間がスキなんでしょ?」

「いや、嫌い」

「ひっでえ!!」


夏莉と富田のジョークまみれな会話が加速していく中、春希は俺の肩を叩いて、小声で言った。


「富田と仲良いの?」

「いや…まあ、話すくらいの仲」

「あんま関わんない方がいい…って、俺は思うんだけど」

「なんで?」

「嫌な予感がするだけ」


今思えば、春希は何が見えてたんだろう。

確かに俺と富田は関わっちゃいけなかった。

少なくとも、俺にとっては悪影響だった…。

春希の、過去も未来も含めて全てを知っているようなところが少し怖かった。

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