第33話


……今日も俺は見ていた。

数学の黒板に数字が書かれるところを。

まだカービィの目を書き込んでいなくても、その黒板を見てしまう。xとか9とか、書かれてる数字に興味はない。ただその後ろ姿をじっと見つめていると、シャーペンの後ろでつつかれた。


「明日のBBQ行く?」

「行くよ、夏莉は?」

「行くに決まってんじゃーん」


今日の夏莉はなんだか、いつにも増して機嫌が良さそうだ……というか、なんか企んでるように感じる。ニコニコしながら黒板を見つめる夏莉の横顔は、目を惹かれるほどにきれいだった。

そしてカービィの目を書いて、カービィのスペルが思い出せずペンを振っていたら、授業が終わった。

――夏莉みたいになってるなと思った。


「昼飯行こ」

「え?教室で食わないの?」

「購買ダッシュ!」


そういうと、いつも通り夏莉は走り出した。

ちょっと、なんて叫びながら教室を出る時、扉側の席に座っていた橘くんと目が合った――最近、よく俺と目が合うな。


「……で、なんで今日は教室じゃなくここなの?」


購買のあとも猛ダッシュし、着いた先は非常階段だった。体力おばけの夏莉と違い、俺は息切れが酷く、その場にしゃがみこんだ。


「私さぁ、明日のBBQ大会でやりたいこと決めてんのッ!」

「え?なんかやるの?」

「圭原くんたちと仲良くなりたいの!」

「……へ?」

「だーかーら、圭原くんたちと仲良くなりたいの!!!」

「圭原って………圭原春希?」

「うん」


圭原春希――最近目が合う橘くんと一緒にいることが多く、そして、数学がとても得意な子だ。話したことはないけれど、どんな人かはだいたいわかる。いい人なのは間違いない……ないけど……うん、ない。


「なんでよりによって圭原なの?」

「え、いい人そうだし、橘くんとの会話内容盗み聞きするとさぁ…めっちゃ私たちと趣味合いそうだったし……」

「確かにいつもゲームとかの話聞こえてくるの、気になるのはわかるけど」

「それに!なんか面白そうだなって本能が言ってる!!」

「……うーん」

「え?もしかして反対?」

「いや……まぁ……いいとは思うよ」

「でしょ?じゃあ決定じゃん!!」

「夏莉がそうしたいならいいんじゃない?」

「ちっ、自分がないヤツめ!」


そう言って夏莉は、バナナオレのストローを噛んだ。教室にいる時の夏莉はもっと上品に振舞って、マドンナとか言われてるけど…今俺の横にいる夏莉は、そんなイメージとは程遠い。

正直、夏莉と付き合ってるんじゃないかとか噂されるのが面倒臭いから4人になるのは賛成だ。だから夏莉に反対することもない。

橘くんも、圭原もいい人なのはここ1ヶ月でわかってるけど――――。


「ま、明日が楽しみだな」

「うん!じゃあ、今日はラーメンで決まりかなあ〜」

「クーポン券は俺のだからな!」

「はぁ〜〜!?」


見せつけたクーポン券を奪い取ろうとする夏莉の手が掠って、そのまま俺の手を離れて、桜のように地面に舞っていった。


「ちょ……マジでお前何すんだよ!」

「はー!?見せびらかす秋也が悪いっしょ!!」


すぐ取りに行こうと非常階段を下ろうとした時、通りかかったのはクラスの不良グループの富田だった。


「富田〜!!」

「お?噂の夏莉ちゃんじゃ〜ん」

「そこのクーポン取ってくれる?アタシのなの!!」

「いやお前のじゃねえよ!!」

「……ふぅん」


2人して俺のツッコミは無視。

紙切れを掴み、つかつかと上がってくる富田の足音はすごく大きくて、鉄製の階段が激しく響いた。上がりきった富田は俺に目もくれず、夏莉に近づいた……近すぎるくらいに。


「夏莉ちゃん、代わりに今度俺とも遊んでよ」

「んー?デート?」

「そ、デート」

「水族館とプラネタリウム行って、全額奢ってくれんならいいけど?」


そう言って夏莉が富田の胸を押して、ようやく2人は離れた。


「釣れねえなあ〜〜」

「でも取ってくれてありがとね、これあげる!」

「……俺別に飴好きじゃないけど。夏莉ちゃんって、誰にでもこういうのやっちゃうタイプだよね〜」

「富田って誰にでも近づいてデート迫っちゃうタイプだよね〜〜」

「ははっ、夏莉ちゃんに勝てる気しねえな!!じゃあな〜」

「ありがとねー」


富田が去り、夏莉は手に持ったクーポン券を「失くすなよ」なんて言って俺のポケットに入れた。「夏莉のせいだからな」なんて言ったら、チャイムが鳴って、俺たちはダッシュで教室に戻った。


夏莉は誰とでも仲良くなれるタイプだった。そして少し、距離感がいかれている。

富田はそれをわかっていながら、どこまで近づけるかゲームをしている。夏莉はきっとそれに気づいてないし、気にしてもない。

夏莉は鈍感だ。そして、俺をどんどん堕としていく。

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