のとさま

来足きたり家――【呑さま、廼閉様】


「のとさまは屋敷神の一種で、来足家の家屋敷、土地、および一族が経営する旅館に出没します。鏡を依り代とし、丑三つ時(午前2時から午前2時30分までの間)に出没圏内の鏡をノックすると返事があります。


 一度呼び出してしまった場合は、生肉などのお供え物をしてもてなしをしなければなりません。供え物を受け取るとのとさまは大人しく鏡の中へ帰りますが、一方的に呼び出した場合、無礼者やその縁者から感覚を奪います。


 写真やカメラ、肉眼を通してみる限りは通常の状態ですが、鏡には顔が溶け崩れたようなのっぺらぼうとして映ります。当初、対象の視覚聴覚嗅覚味覚に異変はありませんが、時間の経過と共に五感が一つずつ失われていきます。

 この時、再度のとさまを呼び出してものとさまが応えることはありません。


 対策として、感覚が無くなった箇所に絆創膏を貼りつけると喪失の進行を遅らせることができます。より効果的なのはノックした鏡、および出没圏内の鏡すべてを絆創膏で覆うことです。少なくともこの方法で数十年は保つようですが、このような〝祟り〟はノックした本人でなくとも、その血縁者に受け継がれます。

 出没圏内の鏡をすべて破棄した場合は、鏡を絆創膏で覆わない場合と同程度の進行状態に戻りました。


 ノックした対象が全感覚を喪失した状態に陥ると、のとさまは再度呼び出すことが可能となります。この時、盛大なもてなしを行うことで祟りが解除される可能性があります。過去一例のみ、成功した記録が発見されました。のとさまがどの程度のもてなしで満足するかは不明のようです。


 のとさまは定期的にノックで呼び出し、おもてなしすることでご利益を与える守り神でした。記録によれば天災の被害を一切受けなかった、一族の者が病に倒れた時、おもてなしをするとたちどころに快癒した、商売が低迷した時おもてなしすると業績が回復したなど、福の神のようです。


 現在、来足家の鏡がすべて絆創膏で防がれているのは、過去(おそらく前回ついぐなの儀)に誰かが禁を破って呼び出したままおもてなしをしなかったためと考えられます。


 のとさまは〝ついぐなの儀〟が始まったことで人魚として活性化し、現在、来足家の人々は顔のほとんどを絆創膏で覆う状態に陥っています。」

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【ネタバレ注意】ついぐな妖怪図鑑(不完全版) 雨藤フラシ @Ankhlore

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