【圭】復讐

 翌日、圭は交換日記を読んで驚愕した。まさか、寛がマッドグリーンの正体を突きとめたとは! 寛の推理に穴は見当たらない。そして、今日はマッドグリーンも来る。そうとなれば、すべきことは一つ。





 圭が署に着くと、すでに関係者が揃っていた。西園寺警部、氷室先輩に滝沢。そして、秋葉凛、宮本舞に夏野海斗。あとは圭が推理を披露し、マッドグリーンを名指しするだけだ。圭は深呼吸すると、喋りだした。



「もったいぶるのは嫌いですから、結論から言います。犯人は――夏野海斗さん、あなたです」



 その場のみんなが驚きの表情を浮かべる。しかし、名指しされた夏野海斗本人は眉をひそめていた。



「刑事さん、ちょっと待ってくださいよ。物事には順序ってものがあるでしょ。理由もなく犯人呼ばわりするなら、名誉棄損で訴えますよ」



「おっしゃる通りです。ですが、結論から話さないと着地点が見えないでしょう。これは癖なので勘弁してください」圭は断りをいれて話し続ける。



「まず、今回の一連の事件と前回のマザー・グース事件との共通点ですが、犯行予告が緑色であること、見立て殺人だったこと、山手線の内側での犯行。そして、昼夜問わずの殺人だったこと。この4点です」



「だから、どうしたんだ」夏野さんが声を荒げる。



「まあ、そう焦らずに。滝沢が犯人なら、3年も経ってから事件なんて起こすか?」



「それはないですね。リスクが大きすぎます。足がつきかねませんから」滝沢が持論を述べる。



「その通り。でも、犯人にはその危険を冒してでもしたいことがあったんだ。です」



「おいおい、刑事さん。頭でも狂ったか? 犯人が自身を殺すなんて、自殺でもしない限り無理だぜ」夏野さんが反論する。



「そうです。しかし、それは」圭は続ける。



「マザー・グース殺人事件ですが、一件目の考古学者は、几帳面な人でした。大量の資料が壁一面、きれいに収納されていました。でも、現場に置かれていた文章にはこうありました。『』と。そして、二件目の被害者は――」



「フリーターで家はごみ屋敷。それにもかかわらず『』とあった。マザー・グース通りに殺すなら、それぞれ逆の現場にある方が自然だな」氷室先輩が続ける。



「そうなんです。前の事件は完璧に無差別でした。行き当たりばったりの。でも、今回は名前にも共通点を持たせています。春夏秋冬と。そして、二件目の事件ではわざわざ盲人を探しています。二つの連続殺人事件では手の込み具合が違うんです。これは、マッドグリーンが別人であると考えれば筋が通ります」



「ふん、好き勝手言いやがって! 俺には父親を殺す動機ってやつがない!」夏野さんは怒り狂っている。



「龍崎先輩、その人の言う通りですよ。すでに父親を家から追い出してますから、お金には困りません」滝沢が疑問を口にする。



「では、なぜ連続殺人をしたか。動機は、父親殺しという真の目的を隠すためです。死体を隠すなら死体の中、ということです」



「圭、それでは、どうして父親を殺す必要があったのか、説明できるんだろうね?」西園寺警部が心配そうに尋ねてくる。



「動機はおそらく、父親からの遺伝の色弱によるものでしょう。ご自宅に伺った時、芸術が好きとおっしゃいました。しかし、家にあるのは彫刻ばかりで、絵画はない。それは、



 色弱。それは、緑色と赤色の区別が難しいことを意味する。そして、色弱は遺伝する。そう、氷室先輩がハンカチを落とした時に紫色を紺色と間違えたのも色弱に原因があったのだ。



「犯行予告が緑色だった理由、それは父親である勉さんも色弱だったからです。赤と緑を間違えたんです。そして、今回は赤を使いたかったが、同一人物と思わせるために、緑を使わざるをえなかった。違いますか?」



 圭の問いかけに、夏野さんがうなだれる。しばらくして、夏野さんがポツリと言う。



「全部、あんたが言った通りだよ。俺は芸術家志望だったのに、遺伝だけで夢を諦めざるをえなかった! そんな父親、生きている価値はない!」



 復讐。ある意味で、夏野さんと圭たちは同じなのだ。復讐という狂気に取り憑かれている点で。



 圭の両親を殺したマッドグリーンは、もう生きていない。しかし、その命を絶った人物は目の前にいる。こいつを殺せば、圭の復讐心は満たされるに違いない。圭はホルスターからゆっくりと拳銃を引き抜く。



「おい、何をする気だ? お前まさか俺を殺す気か!?」



「その通りです、夏野さん。人殺しの罪を、あなたの命をもって償ってください」



「馬鹿、圭! 何をする気だ!」西園寺警部が止めに入るがすでに遅い。圭は撃鉄を起こすと、引き金に指をかける。


「さようなら」

































 部屋に銃声が響くことはなかった。





「圭、なんで撃たなかったんだ? あとは引き金を引くだけだったじゃないか」連行される夏野さんを見ながら、氷室先輩が言う。別に氷室先輩は、殺しを肯定しているわけではない。純粋な疑問なのだろう。



「ふと、思ったんです。もし、撃てば夏野さんと同じになってしまう、と」



 それだけではなかった。刹那と寛が日記に書いた言葉を思い出したのだ。



 刹那が日記に書いた言葉はレイモンド・チャンドラーの「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」という言葉。寛は父さんの愛読書『自省録』から「もっともよい復讐の方法は自分まで同じような行為をしないことだ」と書いていた。




「なるほど。確かにその通りかもしれない。でも、それを実行するのは案外難しい。夏野だって、それを実行出来なかったから実の父親を殺したんだ。圭、お前は自分を誇っていい」氷室先輩がそう言い終わると、小さな声で夏野さんがつぶやいている言葉が聞こえてきた。



「汚れちまった悲しみに、なすところもなく、日は暮れる」



 『汚れちまった悲しみに』の一節だった。

 夕日が、僕たちを照らし出していた。まるで、血に染まったかのような赤色で。

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見立て殺人ゲーム 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993

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