第二夜 猫

冬になり日が落ちるのが早くなった夕暮れ時に島田光月しまだみづきは帰り支度をしていた。

防寒着を着ながら近くの窓を眺める。

窓からは会社の向かいにあるビルとコンビニが見える。

コンビニの屋上を見て光月はある事を思い出した。

去年の冬、あのコンビニの屋上に猫がいた。窓ガラス越しでは見えないが窓を開けるとこちらに背を向けて横になっている姿が隣のビルの影の中からぼんやりと見えた。

そのくつろいでいる様にも退屈そうにも見える猫の姿を仕事終わりに眺めるのが光月の去年の冬の日課になっていた。

流石に雨の日にまで見ることはしなかったが、月が出て外が明るい日は必ず眺めていた。

そこまで思い出したとき、ふとある人物の顔が思い浮かんだ。

会社の先輩・舵野一華かじのいちかの顔である。

そういえば去年の冬にこの猫の存在を一華に話していた。

その時の会話が妙な会話だった為、記憶の奥底にまだ残っていた。


「お疲れ。何見てるの?」

「猫です。コンビニの屋上によくいるんですよ」

「…猫?」

「あそこです。屋上の真ん中辺りで寝転がってるんです」

「真ん中?あぁ…何かいるね」

「前はもっと奥にいたんですけどね。最近になって真ん中まで移動しましたね」

「…あれ黒猫だよ。不吉だから見ない方が良いよ。早く帰ろう。残業してると思われるよ」


見ている猫を黒猫だと断定して窓の冊子を閉めた一華の言動にあの時は妙な違和感を抱いた。


だが今なら分かる。あの反応の意味を。


そう思うと目線はコンビニの屋上からその上に浮かんだ月へと移動した。

窓の冊子はまだ開けていない。

このまま開けずにさっさと帰った方が良さそうだ。

光月は何故一華が自分を海へと誘ったのか理解した。


──早く帰ろう。残業してると思われる。


それから何週間か経った後、仕事終わりに向かいのコンビニへ入った。

支払い期限が今日までの払込票を持ってレジまで行くと上からドンッ、と強い音がした。

まるで何かが落ちてくるような音だった。

その音が聞こえたと同時に光月とレジの店員は上を見た。当然天井には何もない。

会計を済ませて逃げるようにコンビニを出ると後ろから先程のレジの店員の声が聞こえてきた。


「お客様、控えをお忘れです」


そう言って払込票の控えを差し出してきた。礼を言いながら控えを受け取ろうと店員の顔を見た時、妙なものが視界に入った。

店員の後ろにだらん、と垂れ下がった腕が見える。

その垂れ下がった腕に釣り上げられるように上を見る。

こちらに背を向けた髪の長い女と思しき人間がコンビニの屋上で横たわっている。

突然、女は寝返りを打つ様な動きで仰向けの姿勢になった。

女の横顔が見えた。まずいと思って女から目を背けた。


「ありがとうございました」


続けてコンビニの自動ドアが開く音がした。先程の店員が店に戻ったのだろう。

つい反射的に店員の方に目が行った。

こちらが自動ドアの方を見たのと同時に横で先程コンビニで聞いた落ちるような音と似たような音が聞こえた。

聞こえた音を無視して自動ドアの先を見ると先程の店員がこちらを見ている。

視線は下がっていて地面を見ているようだった。

店員は少しすると慌てふためきながらレジにいた他の店員に何かを話しかけていた。

おそらく人が倒れていると思ったのだろう。

店の外の地面を指差しながら同僚達に何やら捲し立てている。

光月は店員に声をかけようと思ったがドアの前が無人の自動ドアが急に開いたので急いでその場を立ち去った。


「向かいのビルで飛び降りとかってあったんですか?」


次の日、一華に会ったが流石に聞くことはできなかった。

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お月奇見(おつきみ) ガロニュー糖 @sekaimon1999220

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