暁に千々に流れよ涙星

秋犬

暁に千々に流れよ涙星

「あ、流れ星」


 窓から夜空を見上げている春人はるひとが呟く。


「今のでいくつめ?」

「1062個」


 春人の声はいつもと変わらなかった。


「何個数えたら帰ってくるんだっけ?」

「1000個」


 私はため息をつく。


「それで、今のでいくつめ?」

「1062個」

「それで、亜希あきさんは帰ってくるの?」

「きっと、そのうち」


 春人のお姉さんが突然の事故で亡くなったのは2年前のことだった。彼はそれから「1000個流れ星を数えたらお姉さんは帰ってくる」と思って、毎日夜空を見上げるようになっていた。


「まあ、好きにすればいいけど」


 私は春人に背を向ける。彼は飽き足らず星空を眺めている。お姉さんが死んでから、こうやって春人は毎晩晴れた日は空を眺めているらしい。そして流れ星を見つけては、心の中でずっと数えているようだ。


 春人とは昔からの知り合いだった。お姉さんの亜希さんのことも私はよく知っていた。誰にでも気が利く、とても優しい人だった。春人はいつも亜希さんのことを自慢していた。そして亜希さんが誰かに告白でもされると一番に怒って、それで亜希さんを困らせていた。


 そんな春人だったから、亜希さんが亡くなったときはかなり取り乱していた。しばらく塞ぎ込んで、そしてある日あっけらかんと外に出てきた。


『平気なの?』

『大丈夫、姉ちゃんは遠くにいると思うことにした』


 そのとき春人は笑っていた。全然平気でないことはよくわかった。私はまだ夜空を見ている春人に声をかける。


「ねえ、どうして1000個なの?」

「なんか、そのくらい数えれば忘れるかなって最初は思ったから」


 しかし、春人の予想より流れ星は地上に降り注いでいた。晴れた日は1日にひとつくらいは確実に見つけられたし、流星群の日には20個ほど見つけることもあった。そういうわけで、数え始めてから2年で流れ星は1000個を超えてしまった。


「それで、忘れられた?」

「余計思い出すようになった」

「バカだね」

「まあな」


 春人はずっと夜空を見上げていた。どこにもいるはずもないお姉さんを想って、数え終わった流れ星を未だに数え続けている。


「じゃあなんで私と寝ているの?」

あきが好きだから」


 春人は夜空を見るのを止めて、私を抱きしめる。


「本当に私のことが好きなの?」

「好きだよ」


 確かに春人は私を抱きしめている。だけど、彼が本当に抱きしめたいのは私なのだろうか?


「じゃあ、私だけを見ていて」


 彼に想いを告げられた時から、ずっと不思議だった。何故私が彼に選ばれたのか。最初はお姉さんを失って寂しいのだと思って、それで身近な私に近づいたのではと思った。


「いいよ」


 春人は私を見ている。でも、その目の奥は遠い星の彼方へ行ってしまった亜希さんを見ている。見ているのは私ではない。


「いつも側にいてくれてありがとう、アキ」


 そう言って春人は私を抱く。それがどんなに虚しいことか、一番わかっているのはおそらく春人だ。どんなに手を伸ばしても届かないから、代わりの者を握りしめている。そしてきっとそれは、私も一緒なのだ。


「うん」


 私は短く返事をして、彼に身を委ねる。窓から空を見ると流れ星が見えた。私は1063個目の流れ星のことは秘密にしておくことにした。

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