勇者でしたが終活します。~終活勇者のセカンドライフ~

柚鼓ユズ

勇者でしたが終活します。~終活勇者のセカンドライフ~

「……はぁ。要するに自分に国を出ていけ……という事ですか?」


 そう自分が口にすると、王はおどおどと苦笑いしながら言葉を返してきた。


「い、いやいや。そんな事は言っとらんのだよ、勇者アイル。……ただ、見事魔王を打ち倒したそなたには、このままこの国に留まるよりももっと相応しい居場所があるのではないかと思ってだな……」


 取り繕うように慌ててそう言う王を見て思わずため息が漏れる。あからさま過ぎて横に立つ大臣や、脇に控える御付の連中ですら顔が引きつっているのが見えないのだろうか。まぁ結局のところ、この王が何を言いたいかはこれ以上聞くまでもない。要は、魔王を討伐した自分という存在が邪魔なのだ。国王という自身の立場を脅かす勇者という存在が。


 物心ついた頃より勇者候補として育てられ、その才能を認められた自分は志半ばに散った父の無念を果たすべく十代で勇者として国を旅立つこととなった。


(……これで、本当に国からの手厚い支援や応援があれば心からこの王に仕える未来もあったんだろうけどな)


 そもそも、国を出て魔王を討伐せよというのに街を出て数体魔物を仕留めれば得られる程度のはした金と、己自身の身を守るための兵士にはかなり上質な装備をさせているのに対し、自分には商店街に並んでいる程度の武具しか渡さないこの王に失望を通り越して呆れていたのもある。正直、お前が身に付けているその装備を寄越せと思ったくらいである。


(魔王を倒せと言うのに、こちらに渡した装備が銅の剣や棍棒、旅人の服だったからな。あの時は本当に自分に世界を救えっていう気持ちが本心からなのか疑問に思ったぜ)


 それだけではない。要所要所で旅先から苦労して国へ戻り戦況や各地の状況を報告する際も、最初の頃こそドヤ顔で『アイルよ。そなたが次の高みに至るにはあとどれくらいの経験が……』的な発言をしていたくせに、自分が世界を巡り勇者としての経験と実力を積み重ねてきたのを流石に察してからはオウム返しのように同じ言葉を繰り返すだけだった。


『……アイルよ。そなたはもう充分に強い』


 だから余計な寄り道をしていないでとっとと魔王を倒せ。口にこそ出さないもののそう言いたいのは態度で伝わった。実際は寄り道ではなく魔王の配下に虐げられていた国の庇護が及ばない街や村の連中を救わねばと思い、王に代わってそれらの救済活動に励んでいたのだが。


(……ま、ここまで自分の存在が疎まれているなら仕方ないな。なら、俺はこれから自分の生きる道を探すことにしよう)


 かくして、勇者として魔王を倒した自分は目的を失い、今後の自分の身の振り方を考える事態に直面する事となった。



「……じゃあな、爺ちゃん。それに母さん。時々は顔を出しにくるからな」


 二人が眠る墓に花を備え、手を合わせてから立ち上がってつぶやく。墓所の管理人に金を包み墓の手入れを依頼し、墓所を後にする。


(……あと三年早ければ、母さんに直接魔王を倒したと報告が出来たんだけどな)


 自分が旅立ち数年後に祖父が老衰で亡くなり、自分の帰りを待つ母も後に続くように病に倒れた。魔王の幹部の一人をどうにか打ち倒し、慌てて戻るものの死に目には間に合わなかった。ちなみに、王や国からは何の手当ても無く、申し訳程度の労いの言葉だけであった。近所の住民や街の皆が我が事のように悲しんでくれた事だけは救いだった。


「……さてと。これからどうしようかね」


 母も祖父もいないこの国にはもう未練も無い。さてどうするかと思った時、ふと懐に入れた手帳を取り出してぱらぱらとページを適当にめくる。


 国を出て旅に出てからというもの、自分はある一つの習慣を付けていた。それは旅の記録を日記形式に記していく、というものである。


 最初の頃は自分が志半ばに旅の途中で倒れた時、誰か他の冒険者が自分の亡骸を見つけてくれた時に自分の記した旅の記録が誰かの手に渡り、あわよくばそれを家族の元に届けて貰えないかと考えて日記件備忘録として始めたものだった。


(……考えてみれば、随分と長い事記録を付けたもんだな。どこで誰と出会い、何を手に入れたとかまで我ながら事細かに書いていたんだな)


 手帳を見ながらふと思う。……そうだ。どうせやる事がないのならやりたい事を探してみればよいではないか。どうせ天涯孤独の身。失う物も悲しむ者もないのなら自由気ままに世界を旅し、その中で安住の地を見つければ良いのだ。


(……思えば、自分には必要なくなった物も沢山あるしな。色んな意味でここらで荷を降ろすのも悪くないか)


 そう思い腰に提げた魔術道具マジック・アイテムの一つである『賢人の皮袋』を取り出して袋の中身を確認する。この袋、見た目はただの皮袋なのだが中の面積と空間を歪ませ、無限に荷物が入れられるうえに自由に出し入れが可能という優れものである。


「うわ……しばらく整理しないうちに思っていた以上に色んな荷物で溢れているな。ていうか、色々と懐かしいなこの道具たち。空に橋を掛ける魔法のお守りに、川の水を吸い込み続ける壷、雨雲を発動させる魔法の剣、昼夜を逆転させるランプ……まだまだ色々入っているじゃねぇか」


 中身を確認しながらこの袋を手に入れるまで、武具と最低限の薬草や聖水等の道具はともかく大きな道具の持ち運びに苦労したものである。引き続き中身を確認していくうちに今も必要な物もあれば、今の自分には全く不要となった物も沢山あった。


「うーん。どんな鍵も自由に開けられる鍵や、水の上を歩ける靴等はまだ今の俺にも利用価値はあるが大半は不要な物だな。とはいえ、そこらに捨てる訳にもいかねぇし国に置いていくのも何か面白くねぇ。袋の中に入れっぱなしでも良いんだがそれも何だかなぁ……」


 そこまで思った時、自分の中で何かが閃いた。……そうだ。それならこれを目的にすれば良いのだ。


 世界を再び巡る。そこで不要になった物を返しに行ったり戻したり、自分にとって不要になった物を必要とする所で使ったり提供すれば良い。その道中、ここに骨を埋めたいという場所に出会えればそこを安住の地にすれば良いのだ。そう閃いた瞬間、自分の中に新たな目標が定まっていくのを感じた。


「……となれば、街を出る前に寄っていくところがあるな」


 善は急げ、と言わんばかりに準備をするべく早足で街へと駆け出した。



「アイルさん……。本当に国を出て行くのかい?王様のお触れを聞いて皆、信じられないって街中大騒ぎだよ?」


 食用や水、酒や備品を買い込み最後の目当ての店に立ち寄ると店の主人が自分に声をかけてくる。


「あぁ。その通りさ。どうやらこの国にゃ、魔王を倒せば勇者って存在はもう必要ないみたいなんでね」


 会話に答えながらも店先の品を眺め、探していた目的の品を見つける。


「お。あったあった。おっちゃん、これ貰っていくよ」


 そう言って自分がカウンターに置いたのは、年代物だが新品の革張りの手帳であった。


 自分が街を出る時に購入した物と全く同じサイズの色違い品だ。今後はこれを新たに使用することとなるだろう。代金を支払おうと懐から財布を取り出すと、店の主人が慌てて手をぶんぶんと振りながら言う。


「とんでもない。魔王を倒してくれた勇者様から代金なんて受け取れないよ。ただでさえ街をあげての凱旋パーティーまで王の一声で中止になって申し訳ないって皆思っているのにさ」


 隠す様子もなく、不満げな表情で主人が言うものだから思わず苦笑してしまう。あれからの王の行動は早く、『勇者アイルは国に留まることを良しとせず、引き続き世界を巡ることとなった』と早々にお触れを出したのであった。こういった事には機敏に動けるのだなと呆れつつも思わず感心してしまった。


「まぁまぁ。ま、国だけじゃなくて街のほうにも勇者を輩出した出身地ってだけで街の連中にも多少恩恵があるみてぇだし俺は構わないよ。実際、家族もいない今の俺じゃここに留まる理由もないのは事実だしな」


 そう言いながら財布から銀貨を数枚カウンターの上に置く。主人が慌ててそれを制しようとするが、構わず銀貨を主人の手に半ば無理矢理握らせる。


「いいから。受け取ってくれよおっちゃん。食料や酒を買いに行った店でも皆おっちゃんと同じ事を言うけれどちゃんと受け取って貰ったんだからさ。おっちゃんだけに代金を支払わなかったらこっちがかえって申し訳なくなっちまうよ」


 こちらが引く気がないというのを悟ってくれたのか、手の中の銀貨を見つめながら主人が言う。


「うーん……とはいえ、流石にこれじゃこちらが貰いすぎだよ。そうだ!アイルさん、悪いけど少しだけそこで待っていておくれ!」


 そう言って慌ただしく店の奥に引っ込む主人。五分ほど経ったところでこちらに駆け足で戻ってきたかと思えば自分の前に何かを差し出す。主人の手には年代物のペンが握られていた。それを眺めていると主人が口を開く。


「こいつはさ、ただのペンじゃないんだ。とはいえ、大したもんじゃないけど何やら魔法が込められているみたいで、いくら使ってもインクが無くならないんだよ。どういう原理か俺にはさっぱり分からないんだけどな。うちに眠らせておくより、これからアイルさんに使って貰うほうがこいつも役に立つってもんだろ?……おっと、先に言っておくが、こいつのお代はいくら言っても絶対受け取らないからな」


 先に主人にそう言われ、苦笑しつつもそれをありがたく受け取ることにした。そのペンは特に大した彫刻や加工は施されていないものの、手にした途端にびっくりするくらい自分の手に馴染んだ。


「へぇ……こいつは良いな。俺の手に合うのか、凄く書きやすそうだよ。それじゃ、お言葉に甘えて受け取らせて貰うことにするよ。ありがとな」


 そう自分が言うと、おっちゃんがようやく満面の笑みを浮かべて言葉を返す。


「おうよ!アイルさん。落ち着いたらこの街にもまた必ず戻ってきてくれよな。城の方には行かなくていいからさ、街の皆には顔を出してくれよ?」


 おっちゃんの言葉に自分も笑顔で言う。


「あぁ。他の皆にもそう言って貰ったよ。近くに来た時は必ず顔を出す。約束するよ」


 そう言って店を後にする。さっそく先ほど買った新品の手帳を開き、貰ったペンで最初の目的を記入する。先程も思ったが、やはり自分の手に馴染むし書きやすい。もうこの一本だけあれば充分だと思える書き心地であった。一通りこれからの事を書きなぐったところでふと思う。


「既に人生で大きな目的を果たした自分が、死ぬまでにしたい事、か。……こういうのをいわゆるセカンドライフや終活っていうのかね。……だったら、これはさしずめ俺のエンディングノートってやつになるのかね」


 そんな事を思いながら、自分にとってのセカンドライフ兼エンディングノートに大まかなこれからの内容や計画を思いつくままひたすら書き記していった。


「……さてと。確かこの辺りのはずだったよな」


 地図を開いて場所を確認する。街を出てから既に約一週間が経過していた。


 最初は国を出て旅立ちから終わりまでの道のりを順番にそのままもう一度進もうかとも考えたのだが、それだけだとあまり面白くないと思った。それならば、と考えた結果、地図を広げてランダムに決めた地域に向かう事にしたのだ。街を出る直前、最初の出発地を決めるべく地図を地面に広げる。


「よっ……と」


 地図に向かってぽいっと骨を放り投げる。この骨も過去に手に入れた物だ。とある海賊の骨だったらしく、括られている糸で垂らすとくるくると方位磁石の様に動き、財宝のありかへの道を示すという物だった。


(こいつももう不要な代物だな。海賊の骨だっていう事だし、船に乗る機会があればその時に海にでも返してやるか)


 海賊の骨というならば海に帰れば本望だろう。その時までしばし自分のゲン担ぎに付き合って貰う事にする。骨が示した地図の場所を確認する。そこには一つの大陸の名が記されていた。


「お、ここか。……確か、割と旅の後半で立ち寄ったはずだな」


 地図をしまい、手帳を開き時系列を確認する。やはり間違いない。自分が既に勇者として円熟していた時期に訪れた大陸だ。既に魔王の配下によって滅ぼされた地域で人は誰もおらず、魔族に支配された地域だった。


「えぇと……ここでやりたい事はあったかな。……お、これだこれだ」


 新しい手帳をぱらぱらと捲り、該当する項目を指さす。そこには自分の字でこう書かれている。


『魔剣デスブリンガー。これを元の場所に返す、もしくは封印する』


 魔剣『デスブリンガー』。魔王を倒すために魔族のとある長から戦いの果てに手に入れた魔剣。普通の剣では切れない魔族を屠れる特殊な呪いがかけられた剣である。既に手に入れていた聖剣とこの魔剣がなければ自分が魔王に辿り着くことは難しかっただろう。


 だが、魔剣といわれる所以の通り、手にした持ち主の魔力を常に奪い続ける魔性の剣でもあったため、勇者の自分でも長時間これを握って戦うことはかなりの負担であった。並の人間がうかつに手にすればその時点で死に至るだろう。魔王を倒した今、これを自分が持ち続ける必要はない。とはいえ、迂闊に人の目や手に触れる場所にも置くわけにはいかない。そのためこれを元あった場所に戻そうと思ったのだ。


 という訳で、自分の最初の目的は魔剣を元の場所に戻す事に決まった次第である。もちろん、元の場所にただ戻すだけではなく、場合によってはそこに適切な形で封印することも視野に入れて大陸に向かうことにした。



「……お、そうだそうだ。この辺りだったな。うん、だんだん思い出してきたぜ」


 大陸に辿り着き、かつて魔剣が守られていたダンジョンへと辿り着いた。


「……だいぶ荒れ果てているな。こりゃ、用心して入った方が良さそうだな」


 魔王が死んだ事により、生き残った魔族の残党は本能のまま徘徊して暴れるタイプと、己の意思で自由に行動するタイプに分かれたのだが、この辺りの魔族は前者のようだ。統率する存在もいないようで自由気ままに動いている魔族の姿が見える。


(この類の魔族しかいないなら、元の場所に戻すだけで大丈夫そうだな。並の魔族じゃ魔剣を使いこなすどころか魔剣に触れた時点で取り込まれておしまいだからな)


 そう思いながらダンジョンへと足を踏み入れた。


「よっと!」


 自分の姿を認識し、襲い掛かる魔族を切り伏せながらダンジョンの奥地へと歩みを進めていく。当時魔剣を所持していた魔族がいたフロアまではもう少しだったと思いながら更に奥に進んでいく。


(そういや、こいつを守護していた魔族、かなりの強さだったよな。まるで人間の美少女だったのに、見た目と剣の腕とのギャップにあの時はかなり驚いたな)


 魔剣を言われるがままただ守護するだけではなく、その魔剣を自在に使いこなし自分と相対した時はその剣技に驚かされたことを思い出す。魔族にしては珍しく人語を話し、剣の腕では自分に敵わないと知ると素直に負けを認める潔さも兼ね備えていた。


『……殺しなさい。私の負けよ、勇者アイル』


 魔剣を弾き飛ばされ、自身も固い地面に強い衝撃で叩きつけられて倒れた状態のなか、剣の切っ先を自分の眼前に突きつけられた女魔族が悔しげな表情でこちらを睨みつけながらそう口にした。その言葉を聞き自分は剣を鞘にしまい、横に転がる魔剣を回収してその場を去ろうとした。


『な……待ちなさいよ!あんた、敵である私に情けでもかけたつもり!?ふざけんじゃないわよ!逆にみじめになるじゃないのよ!哀れに思うなら殺せ!殺しなさいよ!』


 ダメージが残っているのか上手く立てずに地面に倒れたまま、顔だけを上げてこちらに向けて叫ぶ。無視して立ち去るのも後味が悪いため、振り返って彼女に言葉を返す。


「断る。素直に負けを認めた相手に対して無益な殺生をする気はないんでね。それにお前さん、見た目も俺たち人間に近い上にかなりの美人だからな。そんな奴をわざわざ斬ったら寝覚めが悪い。ま、他の人間相手に悪さをしたらその時は容赦なく斬らせて貰うよ。あ、俺個人相手にならいつでも相手になるぜ。ま、今はしばらく立ち上がれねぇだろうけどな。じゃ、悪いがこいつは貰っていくぜ」


『くっ……!待て!待ちなさーいっ!!』


 魔剣を回収しその場を立ち去る自分の背に、彼女の叫びがしばらくの間響き渡った。


(……そういや、あの時の女魔族、今頃どうしてるんだろうな。かなり知能が高い魔族だったし、リベンジにくるかと思いきゃ結局来なかったしな)


 そんな事を思いながら、道中で襲い掛かる魔族を難なく切り伏せながら最深部のフロアへと順調に辿り着いた。


「……ん、ここだな。ここで間違いない。この扉を開けたところに魔剣があってあいつと戦ったところだ」


 そう一人つぶやいて扉に手をかけようとした時、中の気配に気付く。


(……妙だな。確かに魔族の気配がする。だが、何か変だ。単純な魔族のそれとは違う、それに何かが混ざったような感じの……何だこれ?)


 明らかに魔族の気配ではあるのだが、単純なそれとは違う感じがする。警戒しながらゆっくりと扉を開く。そのまま奥へと進んでいくと声が聞こえてくる。


「誰……?こんなところに何しに来たのよ……」


 その声に微かに聞き覚えがあった。声のする方に歩みを進める。程なくして、その声の主の下へ辿り着いた。


「これは……」


 視界の先には両手両足を壁にめり込まされ、顔以外を石化させられた女魔族の姿があった。


「……あんたの顔、見覚えあるわ。あの時の勇者じゃないの。確か、アイルとか言ったわよね」


 彼女の言葉に自分も言葉を返す。


「あぁ、そうだよ。そういうお前さんは確か……オルリアって言ったかな?」


 そう自分が言うと、苦笑いの表情を浮かべてオルリアが言う。


「合ってるわよ。……ってか、あんた今更何でこんな所に来たのよ?私から魔剣を奪い取ってから大分経っているわよね。……もしかしてあんた、魔王を倒したとか?」


 オルリアの問いに頷きながら答える。


「……あぁ、その通りだ。少し前に、確かに俺がこの手で魔王を倒したよ」


 そう自分が言うと、唯一自由に動かせる顔を一瞬固まらせたかと思った瞬間大声で笑い出した。


「……はっ!あははははっ!そう!そうなのね!あいつ、あんな偉そうにしていたくせに、人間のあんたに倒されちゃったのね!あははははっ!」


 ひとしきり大笑いした後、落ち着きを取り戻したオルリアがこちらに向かって言う。


「あー、何年か振りに声を出して笑わせて貰ったわ。……ねぇアイル。あんたに頼みがあるんだけどさ。理由は分からないけど、わざわざこんな所に来たあんたに一つ頼みがあるんだけど聞いてくれる?」


 オルリアの問いに、反射的に言葉を返す。


「……何だ?何かあるのか?ひとまず聞かせてくれ」


 そう自分が答えると、オルリアが自分を真っ直ぐ見つめて言う。


「……私をさ、殺してよ。あんたの手でさ」


 それだけ言ってオルリアがまた自分を見つめた。


「……俺の手でお前を殺せ?どういう事だ?」


 自分の問いにオルリアがため息混じりに答える。


「あんた、私が何でこんな状態になっているか分かる?あんたに魔剣を奪われてすぐ、魔王の罰を受けて生きたまま顔だけを残して石にされたのよ。それからずっと、この状態で死ぬことも出来ないままここでこうして過ごしていたのよ。魔王が死んだのに効力が消えずに私がこのままって事は、よっぽどたちの悪い上に強い呪いだったんでしょうね。このままだと私、いつまでもこのままなのよ。だから私、とっとと死にたいのよね」


 後半はやや自嘲気味に話すオルリア。……確かに魔剣を守護していた立場である以上、魔剣を勇者である自分に奪われた彼女が何の罰も受けずに済むということはなかったという事は想像に難くない。それを理解したと同時、途端に罪悪感のような感情が湧き上がる。


「……そうか。俺のせいで辛い思いをさせてしまったな。悪かった」


 そう言うのがやっとの自分にはっ、と吐き捨てるような口調でオルリアが言葉を続ける。


「何?同情なんか要らないわよ?元々さ、人間と魔族の間に産まれた忌み子の『半魔族』の私なんて、仕事が出来なければ即お払い箱だったんだから。あんたに負けた時点で私は無価値。……だからさ、せめて私を正々堂々倒したあんたにここで殺して欲しいのよ。腹立たしい事にこの呪い、舌を噛み切ったくらいじゃ悲しいことに死ねないのよね」


 若干の皮肉を込めてオルリアが言う。そして彼女が他の魔族に比べてやけに人間味がある事にも納得がいった。だからこそあの時、彼女に止めを刺す事に躊躇いが生まれたのだ。そこまで話を聞いたところでオルリアに近付き、彼女の頬に手を触れる。


「……悪かったな。こっちの勝手な理由でお前をこんな目にあわせちまってよ。魔剣を取り上げた上に、こんな半不死の呪いまでかけられちまうなんて」


 そう自分が言うと、オルリアが一瞬悲しげな表情を浮かべるものの、すぐに普通の顔になって言う。


「……だから、同情や詫びなんていらないってば。悪いと思うんなら、さっさと殺してよ。出来ればひと思いにね」


 オルリアの言葉に立ち上がり、手足と同化している壁に手を当て周囲を確認する。壁の一部に刻印が刻まれているのを発見した。おそらく、これが彼女にかけられた呪いの発動源だろう。


(……魔文字だから俺にはとても解読は出来ないが、これなら多分なんとかなるだろう)


 そう思いその場を離れ、皮袋から目当ての物を探す。


「……っと、あったあった。これだけじゃ多分駄目だから、あとはこいつとこいつで……っと」


 取り出した道具を確認し、支度に取りかかる。


「えぇと……まずはこれをこの位置に置いて、っと……」


 準備をしている自分に呆気に取られていたが、正気に戻ったオルリアがこっちに声をかけてくる。


「ちょっと!?何する気なの?変に手間をかけないで、ひと思いに殺して欲しいんだけど!」


 作業を続けながらオルリアに言葉を返す。


「いいから黙って見てろって。もうすぐ終わるからよ」


 そう返しながら黙々と準備を続ける。そんな自分に向けてオルリアが唯一自由に動かせる顔を歪めながらぎゃーぎゃーとわめき続ける。


「だから!何してんのって聞いてるのよ!いきなり地面に石を並べ始めたかと思えば、今度は水を撒き始めて!ちょっと!聞いてんのあんた!……って、え?これって……魔法陣?」


 オルリアの言葉に頷く。同時に自分の準備作業も完了したため、皮袋から最後に必要な道具を取り出す。それは古びた一本の杖だった。


「……杖?そんなので私が殺せるとでも……」


 オルリアの言葉を途中で遮り、自分が話す。


「すぐに終わるから黙ってろオルリア。あと、誰がお前を『殺す』なんて言った?逆だよ。俺はお前をそこから『救う』んだ」


 そう言ってオルリアが次の言葉を放つ前に、自分が一言だけ叫ぶ。


「……『増幅ブースト』!」


 瞬間、自分が地面に置いた石を軸にして撒いた聖水によって描かれた魔法陣から光が放たれ魔力の結界が現れる。その中心に立って杖をオルリアに向かって構えてもう一度叫ぶ。


「杖よ!呪いを祓えっ!」


 次の瞬間、杖の先端が砕け散ると同時に眩しい光が放たれ辺りを照らす。光が呪いを浄化して、オルリアの体が徐々に色を取り戻していく。


「えっ……!?きゃっ!」


「よっと」


 急に石化から解放され、四肢が効かないオルリアを抱き抱える形で優しく受け止める。そのまま体勢を落ち着かせて自分の足で立たせる頃には光も収まり、辺りに静寂が戻る。


「嘘……動ける……あんた、一体何したのよ?」


 確認するように指を動かしたり、足で地面を踏み締めながらオルリアがこちらに尋ねてくる。


「ん?……あぁこれか?昔旅先で手に入れた魔法の杖だよ。石化された人間の呪いを解くために使った事があってな。もしかしたら半分人間のお前にも効果があるかと思って試してみたんだが、どうやら大成功だったみたいだな」


 それを聞いて、ぽかんと口を開けたままのオルリアにそのまま会話を続ける。


「だが魔王自身、もしくはその側近に近いクラスの奴にかけられた呪いだったらもしかしたら杖の魔力だけじゃ効かないかもしれねぇ。そう思って魔術道具マジック・アイテムの『魔力石』と『魔法の聖水』で魔法陣を作って一時的に魔力を増幅してその上で使ってみたって訳さ。もっとも、やっぱりかなり強力な呪いだったみたいで相殺する形でこいつは壊れちまったけどな」


 先端に施された装飾部分が粉々になった杖を見る。こうなってはもはや修復は不可能だろう。まぁ使い道もなかったためこちらは問題ない。


 どちらかといえば用途の多い『魔力石』と『魔法の聖水』をほぼ全て使い切った方が自分的には厳しいがオルリアを救うための必要経費と思えば決して高くはないだろう。そんな事を思っていると、オルリアが声をかけてきた。


「……どうして?わざわざそんな貴重な道具を使ってまで何で私を助けたの?あんた……ううん、アイルならそんな事をしなくてもあの状態の私を殺すくらいなら簡単に出来たでしょ?それなのに何で……」


 オルリアの質問にため息をついてから答える。


「はぁ……お前さ、俺っていうか勇者を何だと思ってる?魔族と見れば有無を言わさず殺す殺戮者だとでも言うのか?理由があれば迷わずそうするが、少なくとも今のお前をそうする理由が俺にはねぇよ」


 無言のままのオルリアに、さらに続けて言う。


「それに、昔似たような事を言ったと思うけど外見が醜悪な魔物ならともかく、見た目だけならただの綺麗な人間にしか見えねぇお前さんにそんな事したら俺のほうがずっと引きずっちまうっての」


 そこまで言うとオルリアが慌てたように口を開く。


「き、きっ!……き、綺麗とかいきなり口にするんじゃないわよ!そ、それもそんなにさらっと!」


 何やら騒ぎながらオルリアが言うが、すぐに冷静さを取り戻して再び口を開く。


「……まぁいいわ。で?この後私をどうする訳?」


 オルリアの言葉に答える前に、皮袋から目当ての物を取り出しながら答える。


「あ?別にどうもしねぇよ。あ、あとこれ返しとくな」


 そう言って鞘に収まった魔剣をオルリアに向かって放り投げる。


「えっ!?ちょ……ちょっと!これって魔剣じゃないの!ど、どういう事よあんた!」


 魔剣を受け取りながら慌てふためくオルリアに会話を続ける。


「ん?どういう事もなにも、そいつはもう魔王も倒したし俺にはもう不要の物だからだよ。かといって下手に人の目に触れるところに置く訳にもいかねぇし、元の所に返しに行こうと思って来てみればこんな事になっていたのは予想外だったけどな。ま、そう考えたら結果的に来てみて良かったけどな」


 そう言って立ち上がり、無言のままのオルリアに声をかける。


「ま、そういう事だ。元々はそいつを戻すだけか封印するつもりで来たけど、お前がいるならかつての持ち主であるお前の元に返すのが一番良いだろ。元々そいつを使いこなしていた訳だしな。それがありゃここらでお前に敵う魔族はいないだろうからな。だが、それで力を得たと人を襲うような事だけは考えるなよ?……その時は、今度こそお前を斬らなきゃいけなくなるからな」


 未だ沈黙を守るオルリアに、最後にもう一言だけ声をかける。


「じゃあ、目的も果たしたし俺はそろそろ行くぜ。せっかく拾った命、大事にしろよ」


 そう言って立ち尽くしたままのオルリアに背を向け、ダンジョンの出口に向かって歩き出した。


「……よし、ようやくここまで戻ってきたな。あと少しだ」


 出口に向かい、ようやく外の明かりが見えてきた。出口に向かって足を踏み出した時、何者かの気配を感じる。


(……魔族だな。それも複数。しかもこの付近にいるような雑魚じゃねぇ。こりゃ、少し気合いを入れ直さないといけねぇな)


 先にこの狭いダンジョンから出なければこちらが不利な状態で戦う事になる。そう思って一気に出口までの道を全力で駆け出した。


「よっ……!」


 想像通り、ダンジョンから出たとほぼ同時に空中から魔族の一撃が襲いかかる。寸前でそれを回避し、剣を抜いて追撃に備える。構えながら状況を確認する。そこには上空を旋回するように飛んでいる羽を生やした飛行種の魔族の姿があった。


(三……いや、四体か。全員飛んでいるのは厄介だな。空中から波状攻撃を仕掛けられたら面倒な事になる)


 見たところオルリアの様に人語を解するタイプではなく、戦闘能力に特化したタイプの魔族だ。この辺りに存在する魔族ではないため、魔王亡き後本能のまま徘徊して偶然ここらに辿り着いたといったところだろう。


「幸い、この大陸に人はいねぇ。ここで仕留めるしかねぇな。まずは……各個撃破だ!」


 剣を構え、最初の攻撃に備える。同時に魔族がまず一体自分に攻撃をしかけてくる。


「おらよっ!」


 魔族の鋭い爪での一撃を回避しながら片方の羽を斬り飛ばす。すかさず追撃を仕掛けてきた魔族に向かって剣を構えて叫ぶ。


「『王よ!その力を我に与えん』!」


 叫ぶと同時、自分の構える『王者の剣』から放たれた光の刃が魔族の体を貫く。刃が直撃した魔族が絶命したのを確信し、間髪入れずに羽を斬り落とした魔族の首を剣で直接跳ね飛ばす。


(よし!これであと二体っ!)


 残る二体のうち一体がこちらに向かって飛び掛かってくるのを寸前で避け、カウンター気味に斬り返して魔族の胴体を左右に分断する。


「あと……一体!」


 そこで誤算が生じた。てっきり自分に襲い掛かるものだと思っていた最後の魔族が予想外の行動に出た。敵わないと悟ったのか、こちらに背を向け空中へと勢いよく羽ばたきだしたのだ。


「なっ……しまった!」


 咄嗟の事で反応が遅れる。不味い。このまま下手に遠くへ逃げられ、人のいる大陸にでも移動されたら被害が出る可能性がある。それだけは避けたい。


(くそっ……遠いっ!それに、思っていたより早いっ!)


 剣の光の刃では届かない距離のため、慌てつつも咄嗟に遠距離でも高威力の魔法を放とうと詠唱を始めようとしたその時、一つの影が自分の横をすり抜けた。


「なっ!?」


 影の主がその場で高々と跳躍したかと思ったその瞬間、空にいた魔族を一撃のもとに切り伏せた。絶命の叫びをあげる事なく魔族の亡骸が地面に音を立てて落ち、同時に影の主も地面に着地する。


「お前は……オルリア!」


 影の主はなんとオルリアであった。剣を鞘に納めながらこちらにつかつかと歩いてくる。


「……あんた、ちょっと腕が落ちたんじゃない?以前のあんたならあの程度の連中、五体いようが十体いようが余裕だったでしょうに」


 少し自分への過大評価が過ぎるようだが、ここは素直に礼を返すことにする。


「……どうかな。とにかく助かったよオルリア。てかお前、何でここにいる?もしかして付いてきたのか?」


 自分の問いにオルリアがしれっと答える。


「そうよ。何が悲しくてせっかく自由になれたのにあんな洞窟にいなきゃいけないのよ。あんたの目的は魔剣を持ち主か元の場所に返す事だったんでしょ?じゃ、これを私が持ち続けていれば問題はないじゃない」


 ……確かにそうではあるのだが。人目につかない場所に魔剣を置きたいという願いの部分はどうなのだと思い、再びオルリアに問いかける。


「……まぁ、それはそうなんだがな。で、それならお前はこれからどうするつもりなんだ?返答によっては無視出来ない事になるんだが」


 そう言ってオルリアの顔をじっと見つめる。すると何故か顔をぷいっと背けながらオルリアが答える。


「そ、そんな間近でまじまじと見つめないでよ!……そ、そう!責任よ!責任を取りなさい!」


「……は?責任?」


 思わずそう口にすると、オルリアがこちらに向かって捲し立てる。


「そ、そうよ!私を殺さないで下手に生き残らせたのはあんたでしょ?だからあんたは私のこれからの面倒を見る責任があるのよ!」


 ……随分と無茶な言い分である。まさか魔族にこんな事を言われるとは想定外だった。


「そう言われてもな……俺にもちゃんと目的ってものがあってだな……」


 そう自分が言うと、オルリアが興味を示したのか自分に聞いてくる。


「……目的?何よそれ。詳しく聞かせなさいよ」


 そう言われ、簡単ではあるが自分が旅の途中で手にした物を返そうとしているという事、それに加えて終活のために安住の地を探している最中だという事を伝えた。


「ふーん……面白そうじゃない。いいわ。しばらくあんたに付き合ってあげる。一人より二人の方が便利でしょ?」


 オルリアの申し出に一瞬絶句するものの、すぐに慌てて言葉を返す。


「いや、俺は一人の方が何かと気楽で良いんだが……」


 そう答えるものの、オルリアは全く引く様子がない。


「駄目よ。何と言われても付いていくからね。……あ、あんたには私の責任取って貰わなきゃいけないんだからさ」


 何の責任だよ、と思いつつもこうなったら簡単には引かないタイプである事を本能で悟る。……仕方ない。気の済むまではこいつに付き合ってやろうと切り替える事にする。


「はぁ……分かったよ。しばらくの間付き合ってやるさ。だが、一つ約束しろ。俺と一緒にいる間、人間に絶対に危害を加えないってな。もしもそれを破ればこの話はいつでも破談にするからな」


 そう答えると途端に顔が明るくなるオルリア。


「……よっし!物分かりが良いじゃないの。じゃあ、さっそく次の行き先を教えなさいよ。私、人間の文化は中途半端にしか知らないから楽しみにしてるわね」


 そう言って上機嫌なオルリアをため息混じりに見て、懐から手帳とペンを取り出す。当初と多少内容が変わったものの、『魔剣を元に戻す』という目的は一応果たしたためその項目に二重線を引く。


(さてと……次はどこに何を戻す事になるのかね)


「ねぇ、どうするのよアイル?さっさと行きましょうよ」


「待ってろ。今、それを決めるところなんだからさ」


 苦笑しながらオルリアに答えつつ、地図を広げる。あくまで仮にとはいえ、まさか魔王を倒した後に再びパーティーを組む事になり、しかもそのメンバーが魔族になるとは夢にも思わなかった。次の行き先を示すための骨を放り投げる前にふと思う。



 ……どうやら自分の終活は、一筋縄ではいかないようである。

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勇者でしたが終活します。~終活勇者のセカンドライフ~ 柚鼓ユズ @yuscore

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