第39話 総括するよ

「畜生、夏芽の言う通りだ。やっちまった」


「ふふん」


「勝ち誇ってるんじゃねえ」


 北壁さんは憤っています。


「これ『野球帽を手に』はなくても良いだろう。ここを変えれば良いのでは。でも、違うのだろうな」


 雲助さんがため息をつく。


「馬鹿野郎。この冒頭の言葉がなければ、五分刈りの頭が出てこないだろう」


 ああ、そこはこだわりだったのね。でも、本末転倒では……。


「僕のも上句はいらないと言われました。確かにくどいと思ったのですが、上手くまとめたと思えたのですが」


 珍しく山田くんが凹んでいる。


「山田くんのは、どこが見世場かは分かっているのに、プレーの繋がりに引っ張られた感じだね。

 添削するなら……。


飛び込んだベースのジャッジの沈默

広がる腕に噴き上ぐ熱気


 下句を上句に持ってきて、審判の動作に集約する。短歌はなるべく連続動作は止めて、一動作に集約した方が良くなると思うよ」


 なるほど、山田くんも時間があれば、思いついたかもしれないが、吟行は即効で言葉を拾わないといけない。北壁さんも同じなのだろう。

 ぐうの音も出ない山田くんは突っ伏している。


「ツグミンの歌は少し勿体なかったな。言葉の配置に工夫が見られ、オリジナルの比喩なのに、どこか既視感がある。自分が知らないだけで、本当は何かで使われているのではないかという気持ちが、票を入れづらかった。

 いっその事、もっと飛躍した表現の方が生きたかも知れない。添削するならば……。


空間を斬り裂くツバメの飛翔なり

内角低め空振る軌道


 大袈裟な表現かも知れないが、それくらい凄い球だったと強調できると思う」


 ぐっ、悔しいけど、雲助さんが添削した方が、ずっと良い。野球のプレーにこだわり過ぎたのだろう。


「ゴン太さんの歌に一票入っていますが、小夜さんですか」


「違うわよ。私はふわんの歌に入れたわ。言葉の響きが素敵ですし、映像がはっきりしていたから」


「ゴン太の一票は俺だな」


 雲助さんが手を挙げた。


「ゴン太が言っていたように、吟行のテーマから、選手やプレーに凝り固まってしまった。

 もっといろんな視点を持つべきだと、自戒を込めての一票だ。それを抜きにしても、アゲハ蝶の動きで、球場の雰囲気を表現しているのは、やっぱり凄いと思う」


「雲助に褒められると、こそばゆいな」


 照れてるゴン太さん。ちょっと、珍しい光景です。


「夏芽の歌に二票入っているが、一票は小夜さんで、もう一票は誰だ?」


 北壁さんが悔しそうにしている。

 夏芽さんのことをライバル視しているのだろうか。


「実は私です。ふわんの歌に一票入れました」


 私はおずおずと手を挙げる。


「雲助さんの歌とどちらにしようか悩んだのですが、感情に訴える力は雲助さんの歌に分があると感じましたが、映像の完成度が、ふあんの歌の方が高いと感じました。

 オノマトペの『ふあん』の響きも面白かったので、僅差でこちらに……」


「ツグミン、僕は嬉しいよ。女性陣がみんな、僕の歌を選んでくれるなんて」


「おいおい、結託してんじゃねえ」


「負け惜しみかい。見苦しいよ」


 夏芽さんと北壁さんが仲良くケンカしている。

 ……やれやれ。


「雲助さんの歌は凄いです。高校野球を観ている人なら、誰でも心にくる歌です。

 試合の最後の場面で、推敲する時間がないのに、サラッと書けるのも凄いです」


「率直に褒めてくれると……照れるよ、ツグミン」


 雲助さん、その顔はズルいです。


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魔法使いの夜〜歌会は思っていたのと違う〜 大和田よつあし @bakusuke

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