第38話 短歌披露②

振り下ろす指から放つ速球は

内角低め斬り裂く飛燕



「相手投手はストレート中心の剛球という感じだったから、これは後輩の矢旗投手のスライダーかな。序盤は特に低目が決まって、完全に抑えていたからね」


 後輩の活躍に嬉しそうな山田くん。


「振り下ろすのは腕じゃないんだ。それではありきたりの表現で、つまらないか……」


「父の読んでいる野球漫画によると、指で挟み込んだり、引っかけたり、押し出したりするみたいですよ」


「比喩として『飛燕』はどうかな。俺は上句の『振り下ろす指』の繊細さと連動して、素早く切り返す燕のイメージとよく合うと思ったけど」


「そうだな。ありそうな比喩だけど……使っているのを見たことないな」


「「面白い」」


 雲助さんと北壁さんが意気投合している。



野球帽を手に汗拭う投手が見上げた夏へ

吐く息ひとつ



「ああ、これは四回の相手の攻撃。突然、制球が乱れ、連続フォアボールを出した時ですね。その後、連打されて、大量得点を許したのは、見ていて辛かった……」


「予定では矢旗くんに六回までは投げることになっていたけど、五回早々に6点目を入れられた時に心が折れたね。代わった二番手、三番手投手も打ち込まれて、結局、二桁得点を赦してしまった。序盤、好投していただけに残念だった。

 でも、彼はまだ二年生。リベンジすると言っていたから、来年も応援してね」


 分かったよ、山田くん。つぐみお姉さんが応援するよ。


「結句の『吐く息』は意味深だね。マウンドの孤独の様でもあり、エースとしての責任の様でもあり、夏の暑さの様でもあり、心の奥底にある余計な感情の全てを吐き出した様でもある。

 この一動作にいろんな感情が凝縮し、読み取れるのが面白いと思う」


「雲助もツグミンは自軍の投手のピンチの状況だと読み取っているけど、この歌からは敵軍の投手の一動作とも読み取れる。言葉が足りないと思う」


 夏芽さんの的確な指摘。

 敵か、味方か、それを匂わす言葉がない……前に私が犯したミスだ。確かに、勝手に自軍とピンチと読み取ったが、敵軍の投手の勝ちを確信した時の動作とも読み取れる。

 鍵となる言葉の大切さがよく分かる。



試合後の最後の礼を交わし合う

下がったままの選手がひとり



「誰ですか……こんな風に歌にされると、泣けてしまいます」


 初の準々決勝進出と六回コールド負けの事実。

 後輩たちは頑張った。だけど、その上に行くには、壁が高すぎた。

 エースの矢旗くんは試合が終わった時、立ち上がれないナインのひとりひとりに声を掛け、最後の礼までは毅然とした態度をとっていた。

 でも、最後の最後で頭が上がらなかった。

 仲間に支えられて、そのままベンチに下がって行った。責任を感じていたのは間違いない。

 私は力一杯、拍手を送った。後輩たちの力になると信じて、エールを送ることしか出来ないのだ。涙が出ちゃうよ。


「まあ、何だ。底意地悪いことを言えば、『下がったまま』はベンチから出てこないとも読み取れる。だが、敢えてそう読む奴はいないだろう。

 今日の試合を見て、最後の礼の引き際に感情を揺さぶられない奴はいない。俺はそう思う」


 北壁さんがまとめてくれた。



「それでは魔法使いの夜、最優秀歌の集計を発表します。


空席の背にアゲハ蝶

ファインプレーの歓声に再び空へ

……一票


握りしむバットに鈍き音の鳴る

ふわんと球は内野を越えり

……二票


試合後の最後の礼を交わし合う

下がったままの選手がひとり

……四票



 第一回野球観戦吟行最優秀歌は雲助さんでした。


試合後の最後の礼を交わし合う

下がったままの選手がひとり(雲井大輔)



その他の歌は、自分で名前を書いて下さい。



握りしむバットに鈍き音の鳴る

ふわんと球は内野を越えり(雲井夏芽)



歓声と「一塁」の声

飛び込んだベースのジャッジに噴き上ぐ熱

(山田光太郎)



空席の背にアゲハ蝶

ファインプレーの歓声に再び空へ(細井寛太)



振り下ろす指から放つ速球は

内角低め斬り裂く飛燕(鶇里子)



野球帽を手に汗拭う投手が見上げた夏へ

吐く息ひとつ(萩井良雄)


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