兄の場合

レイニッヒの兄、バーシバル・ドラグスタインは、幼い頃は優秀と威張れることが多い子であった。

剣を使えば人並み以上で、賢く。

性格は誰にでも優しいかと思えば、締めるところはきちんと締める。

その上容姿も美しいともなれば、まさに欠点のない人物といえるだろう。


……そう、彼が【竜に乗れない】という特大すぎる欠点がなければ。


竜皇国の象徴たる火竜から、オーソドックスな風竜。

そして、竜騎士ならだれでも乗れる岩竜まで。

彼はどのような竜であれ、竜に乗ることはできず、また、乗ろうとすれば拒否された。


竜皇国は、竜と共に生き、竜が乗れぬ王族に王たる資格はないとまで言われている。

それゆえに、彼が竜に乗れないことを知っている人間は、皆彼を懐疑的な視線で見つめた。

特に父王は、その反応が顕著であり、彼がそのほかでどんなに素晴らしいことをしても、決して彼を褒めてはくれなかった。


しかし、その程度なら彼は何とか我慢することができた。

竜が乗れぬことは、公言しなければ知られることはないし、知られなければ素晴らしい人だと褒めたたえられた。

自分の次の王位継承権のある弟のレイニッヒは愚かというほかない性格で、彼を諫めるだけで、周りからの評価はうなぎのぼり。

さらにいえば、自身は次期の王、すなわち皇太子なのだ。

多少父王からの当たりも強いが、それも王位を継ぐ者としての愛の鞭なのだろう。

そう思えば、いくらでも耐えることができた。


……しかし、その前提は崩れたてしまった。


そう、それはレイニッヒが王位を獲得するために、自分専用の竜騎士団を作るなどと宣った時。

初めはいつものわがままと思ったし、父王も笑ってそれを許すさまを見て、いつもの贔屓が過ぎると笑って流すことができた。

武功を建てるといっても戦争はなく、そもそも人望がないため、まともに人が集まるとは思えない。

しかも、彼は雷竜などという【厄災】やら【凶兆】と揶揄される竜を選んだときは、アイツらしいと口にすることはなかったが、内心馬鹿にし、ほくそ笑んでいたほどだ。


しかし、半年後。

その光景を見てしまった。


〈グルルルルルル!!〉

「おぉ~!グッボーイグッボーイ!!

 初めは、軽く一周するだけだぞ~」


そう、王族専用の騎竜の運動場で、レイニッヒが雷竜に乗りこなしていたのだ。

幸い、雷竜という厄災のネームバリューと、レイニッヒ自体の悪評が相まって、彼を直接褒めたたえたり、あいさつしに行く人はいなかった。

が、それでも彼自身にたまった悪評のいくつかを削ぐには十分すぎる光景であった。


「……所詮、只竜が乗れただけです、そんなことどうってことありませんよ!」

「バーシバル様のほうが、ずっと素晴らしいです!」


部下や取り巻きが、レイニッヒと比較し、自分が優れていると言ってくれた。

しかし、今までは話題にすらならなかったレイニッヒが比較に出され、比較対象になること自体が、屈辱的であった。

竜が乗れる一点だけなのに、そんなに偉いのか?なぜもっと別の場所を見ないのか?

幸い、それでも自分の方が優れているのは間違いなく、周りもそれを認めてくれている。

なので、その時はまだすこし、レイニッヒの事が嫌いになるだけで済んだのであった。



そして、竜評会。


『再び、出ました!登録番号666番!

 竜公子【レイニッヒ】とその相棒【サンダーボルト】!!

 今度こそ、メダルを取ることはできるか!』


――うわああああぁっぁぁぁあぁ!!!


レイニッヒは、間違いなく話題の中心に合った。

そうだ、竜に乗れたものの、それ以外はぱっとしなかったレイニッヒではあったが、この大会では間違いなく彼は注目株にあった。

そもそも、足切りのある竜評会で複数の競技に出場することすら困難であるのに、まさかそれを半分以上、しかもどの種目でも上位にいったのだ。

噂によれば、彼とその騎竜が出場した競技数は今までの大会において最多記録であり、その事実だけで、多くの関係者を驚愕させた。

そんなわけないだろと、何か裏があるに違いないと、薬物検査や生体検査を入念に行ったが、どれも問題なし。

むしろ、調べれば調べるほどかの竜のすばらしさと、いかに愛情持って育てられたかがわかってしまった。


「ほう、あの荒々しく、手なずけるのが困難、その上弱いと評判の雷竜をここまで仕上げるとは……レイニッヒ様はこっちの才能に特化していたのか」

「いやいやいや、最近では性格も落ち着いたと聞くぞ?

 竜評会でも受け答えは素晴らしいものがあったし、競技中も騎士道精神にのっとった物だった。

 つまり、つまり若い頃の蛮行は、竜騎士にありがちなあれだ。

 竜のいない時期は荒れていたという奴だろう、お主も覚えがあるだろう?」


それゆえに、竜に詳しい者やレイニッヒの前評判について詳しくない者は、彼を褒めたたえてしまった。

竜が乗れ、竜を育てられるという一点のみだけで、肯定され、過去の蛮行まで許されていた。

何よりも、父王が今までに彼に見せたことのないほど喜び、褒めたたえていたのが許せなかった。

……それゆえに、彼は言ってしまったのだ。


「所詮、貴様はほとんど入賞もできず、できたのはお情けの総合三位だけなのだから。

 勘違いしない様に」


――その瞬間、空気が凍った。


レイニッヒを褒めたたえる父に我慢できずに口に出してしまった一言だが、どう考えても今口に出すべきことではなかった。

この大会では、各国の精鋭が、各竜騎士団の精鋭が集まっているのだ。

そこの入賞者を、しかも歴史的な記録を残したものを卑下するなど、言ってはいけないことであった。

多くの選手への侮辱であるし、現に竜騎士や関係者からの視線は冷たいものになった。


「皇太子殿は、所詮騎竜に詳しくないようだからな。

 仕方がない」

「バーシバル殿は、政治畑のおたか。

 竜騎士について、口に出さぬ方がよろしいかと」


それゆえに、この国の武力の象徴の竜騎士団とは、溝のようなものができてしまった。

言い返そうにも、竜に乗れない自分では、弁慶の機会すら与えられない。

妹や取り巻きからも、自分がこんなことで失言するのだと、見透かされ、自分をそばを離れる者もいた。


「いえいえ、兄上のいうことももっともです。

 まだまだ私もサンダーボルトも成長期、今度はもっと王族の名に恥じぬ記録を出して見せます」


――なによりも、レイニッヒにフォローされてしまった。


その事実が悔しかった。

初めは眼中になく、少したってもジャマくらいにしか感じなかったレイニッヒが、竜に乗れるという一点だけでここまで上り詰め、まるで対等であるかのようにふるまったのだ。

後日、竜評会が無事に終わったことを記念して、いくつかの公務を任せてみるとの連絡は受けたが、それすらも心に響せず、悔しさで枕を濡らしたのであった。


竜評会の後、レイニッヒの評判はうなぎのぼりであった。

元々が低すぎるのもあるが、それでも竜評会でのレイニッヒの話題性は間違いなく一級品であった。

それゆえに、王家のあいさつや顔見せなどの公務では、レイニッヒは引っ張りだこになった。


「いやぁ!レイニッヒ殿はまだ若い竜騎士であるのに、騎士団長を務め、珍しい竜を乗りこなし、その上竜評会で歴史的な記録までのだすとは!

 お父上も鼻が高いでしょうな!」

「レイニッヒ様は、厄災竜に乗ってるから怖い人なのかと思いましたが……。

 話してみると気さくで、お優しい人でしたわ!

 またお会いしたいです!」


更にレイニッヒは、以前の彼とは違い、人当たりがよくなっていたのも大きかった。

例え目下のものでも軽んじず、真摯に話を聞いてくれ、唯一礼儀作法は少し危ういが、それだって彼が記録持ちの竜騎士だということを聞けば、むしろ武名の後押しになる。


「あれ?バーシバル殿は、騎竜に乗られないのですか?

 弟君と比較されるのが嫌なのはわかりますが、竜皇国の王族ならば、品位を保つためにも乗らないと」

「兄さんも岩竜でもなんでもいいから、竜に乗ったほうがいいわよ。

 レイニッヒとの比較を恐れているんでしょうけど、むしろそれってダサいわよ」


対してパーシバルは、公務が増えるたびに、評判は下がっていった。

いや、むしろ今までが高すぎたというのもあるが、それでも竜に乗れないだけで、そこまで評判が落ちる物かと思った。

理不尽であったし、今までの努力は何だったのかと喚きたくなった。


「……う~む、バーシバル殿は賢明ではあるが、レイニッヒ殿はそれに劣らないくらい騎竜の天才だ。

 かつてのレイニッヒ殿ならその性格からまず間違いなく皇太子になりえないが……今だとなぁ」

「竜皇国の古の習わしでは、竜を乗るのが一番うまいものが王になったそうだ。

 まぁ、いまさらそんな古い習わしを引き合いに出すつもりはないが……さすがに、竜に乗らないのはなぁ」


……そして、その事実は、王位の継承すら怪しくするほどでまでになってしまった。


何を馬鹿なと彼は言いたかった。

自分は長男だと、今までこれほど国に尽くしてきたのに、その前提まで崩すのかと糾弾したかった。


――だが、それは無理であった。

――その噂の元手には、父王の影がちらつくからだ。


これに関してそれ以上それは掘り下げることはしなかった。

誰だって、藪をつついて蛇どころか、竜を呼び出すことはしたくはないのだ。


しかしながら、掘り下げねば現実は変わらず。

『武名を上げて、王として認められる』という、かつては自身が鼻で笑い飛ばしたレイニッヒの意見が、現実味を帯びて襲い掛かってきていた。

そうならないためにも、自分のできる公務を頑張り、言い訳ができる範囲で雷竜騎士団の公務を削減したが、所詮は焼け石に水。

一体どうすれば、自分を王に認められるのか。

父王に自分こそ後継者にふさわしいと、認めらせることができるのか。

そのように、彼がなやみ、困惑している日々が続いた。




「速報速報!

 魔界の門が開かれ、魔王が出現!

 各国は、魔王の軍勢及び魔物に注意されたし!」


――故にこれを彼は【チャンス】だと思った。


そう、魔王といえば、国内のみならず世界の危機であり、これを政治であれ武力であれ、倒すのに貢献すれば、その人物は国内外から認められることになる。

当然竜皇国もその武力の高さは有名であり、もちろん、魔王討伐の際に我が国の竜騎士も参加することとなっている。

なので、パーシバルは【魔王討伐】という功績を持って、父王に自分が認めさせようとが画策した。

竜皇国を継ぐのにふさわしいと、いや、あるいは単純に褒めてもらうために、頑張った。

幸い、魔王襲来により父王は忙しく、パーシバルは少なくない公務を父王よりを任されていた。

さらには、竜皇国は武力だけではなく、内政や統治による戦争も軽んじなかった。

それゆえに、彼はこの騒動に乗じて、彼のできる範囲で、いや、できる範囲を増やして、内政をもってこの難題を解決しようとした。


「報告します!火竜騎兵団、第2小隊、第8小隊壊滅!

 任務続行は不可能です!」

「第3戦線、第18戦線ともに突破できず!

 任務は失敗に終わりました!」


……しかし、それは困難な事であった。


なぜならば、魔王軍は彼の予想よりもずっと強かったからだ。

竜騎士団を派遣すればすぐに収まると思った魔王軍侵略は、我が国の竜騎士をもってしても止まらなかった。

それが例え、同数の敵であっても、破れてしまうのは彼にとっても竜騎士にとっても予想外であった。


「あの防御魔法相手には、同数の竜騎士では決定打が与えられせん!

 ここは竜騎士団を複数投入して、一気に蹴散らしましょう!」

「お前なぁ!そんなことをすれば【ドラゴンキラー】のいい的だろう!

 つい先日それで火竜騎士団から死者が出たことを忘れたのか!!」


なぜなら、魔王軍は戦術段階からこちらに優位を取っていたからだ。

兵の練度や個々の強さでは負ける気がしない(らしい)が、それでも正面から戦えば相性により負けてしまう(らしい)のだ。

だからこそ、こういう場面では指揮官の頭脳の見せどころであり、うまく戦略や配置などを考えれば打開は可能(らしいのだ)が、なぜか魔王軍にはことごとく彼の戦略も配置も見抜かれてしまった。


「まったく、パーシバル殿の指揮では、いくつ命があっても足りん。

 これだから、竜に乗れぬものは」

「兵も竜も体力は無限ではないのですぞ!?

 貴殿も竜皇国の皇太子なら、竜の限界を知ってから命令をするべきです」


あれほど大きい口を叩いていた竜騎士団ですら魔王軍にはかなわず、苦戦を強いられる。

にもかかわらず、魔王戦に関わらないレイニッヒは確実に国内での評判を上げ、贔屓(と彼は認識している)を受け、国外からも雷竜騎士団がいるから竜皇国は平和だなんて言われる始末だ。

それでも彼はあきらめなかった。

弟を嫉むとも、王族の本分は間違ず、各国との連携を強め、同盟関係を強化し、魔王に挑み続けた。

多くなる書類、届く無数の苦情にもめげず、頑張り続けた。




「やはり、貴様は悪魔の子であったか。

 そこへ直れ、情けとして遺言は聞いてやる」


――そして、結果として、父の反感を買ってしまった。


はじめは意味が分からなかった。

燃える執務室に、穴の開いた壁。

手には国宝の槍を持ち、騎竜に乗り、かっこよくもつよい殺意を向けてきた。

訳が分からなかった、とうとう父が狂ったのかと思った。

魔王の卑劣な罠ともおもった。


「えぇい!この期に及んでまだしらを切るつもりか!

 もういい、今殺せばはどうとでも言い訳は立つ!

 今すぐにこの悪魔の子を処分して……」

「落ち着いてください殿下。

 前王妃との約束はよろしいので?」


怒り狂う父を止めたのは、近衛騎士団の団長であるヒカワであった。

助かったと思うものつかの間、彼の手には自分の部下達、いや部下者の首が無数に繋がれていたのに気が付いた。


「ひえっ」

「バーシバル様。

 突然ですいませんが、この者たちに見覚えは?

 正直に話してください、私の竜は人の嘘ぐらい簡単に見破れますので」


壁に追いやられ、悲鳴を上げながらも、パーシバルは部下者の首を観察した。

そうだ、その人相や特徴から、それらは彼が特に特に信頼して、懐刀として扱っていた者たちであった。

だがしかし、切り取られた首の断面から流れる血は青黒く、何よりも首だけになりつつもまだ生きていた。


「そ、そんな!ひ、人ではなかっただと!?

 そんなバカな!その者たちは、皆名のある竜騎士の生まれで……。

 身元もはっきりしているはずで……!!」

「ふむ、どうやらグルではないようですね。

 これで、一安心ですね」


ヒカワは安堵の声を上げながら、その人外の生首をつぶした。

そうだ、彼が信頼し、公務の手伝いを任せていたのは、魔物であったのだ。

魔物の変装、あるいは寄生されていたのだ。


「一安心なわけあるか!!

 我の本当の息子が!?王家の誇りが死にかけているのだぞ!?

 今すぐにでも助けに行って……」

「まぁまぁ、落ち着いてください。

 それにレイニッヒ様は、賢い怠け者なので。

 無理だと思ったら、例え公務でもさっさと帰ってきますよ」


この状況でなおレイニッヒの心配をする父王に恐怖と苛立ちを覚えながら、彼は会話内容から状況を理解した。

つまりは、彼の部下である偽装した魔物たちが、雷竜騎士団とレイニッヒを国外へと連れ出し、暗殺しようとしたのだ。

幸いまだ殺されてはいないものの、それもいつまで持つかわからない、とのことらしい。

つまり自分は愚かにも、魔王軍を倒すつもりが、逆にスパイを招き入れ、破滅を引き起こしてしまったのだ。

今までの自分の策略や戦略が滑れ読まれたのも、これが原因、さらには、実の弟を殺しかけたのだ。

だからこそ今の父王の視線は理解できた、できたのだが……。


「……なぜ、ですか?」

「は?」

「なぜ、父は!私を、このパーシバルを!

 息子と認めてくれないのですか!流石我が息子だと……褒めれくれないのですか!」


そう、それは心からの叫び声であった。

父からの期待も部下も失った、それゆえに自分はもう王の後継者になることはできないだろう。

だからこそ、全てを失った今なら聞けるのだ。

なぜ、自分がそんなに父に嫌われているのかを。

なぜ、自分は父に褒めてくれないのかを、

なぜ、父は自分を息子だと認めてくれないのかを、だ。




「それは、お前が本当の息子ではなく、私の最愛の妻を奪ったからだ。

 この悪鬼め」


――そして、絶望の真実が告げられた。


そうだ、自分はどうやら、本来ならこの国の正式な後継者ではなかったらしい。

彼は父王の前妻の子であり、とある事件で当時の大臣に前妻が強姦されることによって、授かってしまった子だそうだ。

父王はそれに怒り、当然大臣にはしかるべき処分を、自分も当然殺されるところであった。

が、前妻が自分の命を対価に助命し、未だに生き残っているのが彼という存在とのことだ。


「し、しかし、しかし!だからといって、私がその卑劣漢の息子とは限りません!

 父上の実子の可能性も……」

「ないな」

「なぜそう言い切れるのですか!」

「お主の血では【竜支配の術】は使えず、レイニッヒは使えたからだ」

「あ……」


そこでなぜ私が竜に乗れないというだけで、ここまで差別を受けるかがわかってしまった。

私が竜に乗れないというのは、王の血をひいてないことを意味するのだ。

つまりは、私が皇太子ともてはやされながら、その実は血すら繋がっておらず、第一子と祭り上げながら、その実、この世界でもっとも王位を継ぐのにはふさわしくない。

ゆえに、私にとって王位継承権に意味など、どんなに努力しても父王には認められないわけでで……。


「うわぁああああああ!!!」


気が付けば、私は父に殴りかかっていた。

偽りの親子、レイニッヒへの偏愛の真実、ただ私一人が勘違いをし、無駄な努力をしていたのだ。

様々な物への不満や思いが、あふれ出した。

ならなぜ初めからそう言ってくれないのかと、なぜ期待させるようなことを、なぜ表面上とは言え、自分を皇太子なんかにしたのかと、訴えた。

そうして、父王は静かに口を開いた。


「それが、我妻の遺言だからだ。

 バカ息子め」


一瞬呆けた隙に、父に一撃のもと沈められてしまった。

いや、初めから勝ち目などなかったのかもしれない。

私がどんなに父を敬愛しても、どんなに弟を憎くても、決してえれなかったもの。

人生で初めてにして最後の息子呼びに、感動と悔しさを感じながら、ゆっくり床に沈むのであった。




さて、レイニッヒが天馬の国を救ってからしばらくの時が立った。


そこでは相変わらず、私は忙しく公務をしており、書類に印を押していた。

そうだ、結局私は殺されなかった。

衝撃の真実に震え、父により見捨てられ、いつ殺されるかわからない状態であった私を救ってくれたのは、あの憎くて仕方ないはずのレイニッヒであった。

レイニッヒは天馬国を救うという功績を上げ、その報酬として、私の減刑を要求し、それを父王が受理してくれたのであった。

初めは嫌みかと思った、しかし、レイニッヒの純粋な思いと評価の元、自分の減刑をと望んだことを知り、己を恥じた。


「そう思うのなら、公務で挽回せよ。

 せめて、レイニッヒの間のつなぎとして、な」


さらには、父王が他人としてではあるが、実力を認め、ようやく自分を見てくれたのだ。

これで奮起しないわけにはいかない。

故に私は頑張った、今度こそ弟であるレイニッヒが危険な戦場へと行かない様に、他人とは言え認めてもらうことのできた父王の期待を裏切らない様に。

そうして、世界よりも国を優先するつもりで頑張り……。




「というわけで、レイニッヒ様と雷竜騎士団はお借りしますね♥

 大丈夫です♪多分、レイニッヒ様が亡くなる時は私も一緒なので!

 そのときは、私の遺骨も彼と一緒に埋葬してください♪」

「女郎~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!」


彼の健闘むなしく、レイニッヒは天馬国の姫(実質女王)のリーフにより、魔王軍の最前線に拉致されてしまったのだ。

しかも、そうなった原因は、自分が魔王対策の為に以前作った同盟書類の不備のせいであった。


「レイニッヒが死亡したらお前とお前の部下一同、知り合いもすべて処刑。

 レイニッヒが死亡しなくても、お前の命はまず助からないと思え」


認められた瞬間にポカをするパーシバルの間の悪さを呪うべきか、そのわずかな隙をついたリーフの狡猾さをほめるべきか。

ともかく、今度こそ、彼は死を覚悟したのであった。






そうして現在。

魔王討伐からしばらくたつが、未だにパーシバルは生きていた。


「……ふぅ、っと、今日の仕事は終わりっと」


本殿から少し離れた離宮にて、そのにバーシバルは静かに幽閉されていた。

現在の彼は、重要な公務はほとんど認められておらず、ときどきしょうもない用事でのみ呼び出されるのみ。

後の時間は雑用に等しい書類を片付けるが今の彼の仕事であった。


「~~~♪」


かつての部下や知り合いに合うことを禁止され、部下や国民の多くには、王族の血筋ではないことはばれていた。

彼が努力して手に入れたものは殆ど残されておらず、生まれ持ったものも父王により、否定されてしまった。

人によっては、これは生き地獄だ、死んだほうがましだと評するだろう。


「……!!は~~い、どうぞ」


しかし、今の彼はかつてないほど充実していた。

間違いなく、今までの陣営で今が一番自分が幸せの自信があった。






「ん、失礼するよ、兄上」


――そう、なぜなら、今はこうして弟のレイニッヒが会いに来てくれるからだ。


「なにか、不自由はしてないかい?兄上」


そうだ、パーシバルにとって、かつての弟はもっとも憎むべき相手であった。

父を敬愛する彼にとっては、まさに目の上のタンコブ。

努力しようがしまいが、善人であろうがなかろうが関係ない。

父の寵愛を一番に受けているため、彼はレイニッヒの事が嫌いであった。


『そいつは、お前を殺そうとしたのだぞ?

 そいつがいなければ、お前は王になれるのだぞ?

 それなのに、お前はパーシバルを、恨んでいないのか?』

『はい。もちろん。

 パーシバルは私の自慢の兄です。

 そこに嘘はありません』


――しかし、それは間違いであった。


弟が、レイニッヒがパーシバルについて、褒めたたえた瞬間、脳が大きく揺さぶられた。

はじめは、レイニッヒが成長し、父王に似てきたので脳が勘違いを起こしたのだと、思った。

父王への思いを乱されたことを恥じ、苛立った。

しかし、それは違っていた。


「兄上がいてくれて、いつも助かっているよ」

「兄上のほうが王に向いているのに、全くみんなわかってない」

「兄上、大丈夫ですか?

 無理はしないでくださいね?」


レイニッヒが自分のことを褒めるたびに、自分の心が震えあがった。

レイニッヒが自分のことを心配するたび、胸が激しく鼓動した。


(ああ、本当に欲しいものは……こんなに近くにあったのだな)


今までは父への愛情があり、レイニッヒのことはわざと意識外から外していた。

しかし、一度意識すれば、もう止まらなかった。

なによりも、父に見捨てられ、周りからも切り捨てられた自分には、この弟からの愛情以外、もう何も残されていないのだ。


(ん……♥)


お腹の奥が、ずんと重くなるのを感じた。

今のパーシバルは、去勢の後、魔法で治療を受けても男性器が生えたりしない様に、薬で性別があいまいになっている。

すなわち生殖的には無性ではあるが、逆説的に言えば、生殖さえ別にすればどちらの性別でもあるといえる。

それゆえに、今の彼の恋する相手は……。


「それじゃぁ、そろそろ……。

 ん?またしてほしい?

 まったく、兄さんは寂しがりだなぁ」


そして、【彼/彼女】は、全身で最愛の人を感じた。

触角で、温感で、あるいは心音で、全身すべての感覚で、愛を感じだ。

所詮はただのハグだが、それでも今の【彼/彼女】には、十分だ。


「それじゃぁ、こんどこそ、じゃぁね!

 また菓子でも持って来るから」


そうして、部屋から出ていくのを見つめつつ、次の訪問予定を確認。

かくして、パーシバルは確かな幸福を実感しながら、日々を過ごしていくのでした。







☆おまけ


旧大臣

→パーシバルの実の父にしてすべての元凶。

 有能な政治家で忠誠心もあり、父王の信頼も厚かったがヤンホモ。

 父王ガチ勢であり、敬愛と嫉妬のあまり前妻を襲う。

 子供ができた際は、そのせいで父王を不幸にしたことを悟り、自殺した。

 なお、今では絶滅した建国の賢者の竜人の血を引いている、黒髪


前妃

→すべての元凶 その2

 父王を本気で愛し、誰にでも優しい女性。

 でもだからこそ、旧大臣の激しい嫉妬に気が付き、旧大臣に通信ケーブルとして襲われたときも抵抗できなかった

 子供ができた際には、子供に罪はないとして助命を嘆願。

 しかし、やるなら徹底的にやらないと子供が不幸になるとして、自殺してまで子供の幸せを願った

 赤髪


父王

→どうすればよかったんですか!!!!????

 どっちも大切だから、別に一回ぐらいなら、そういうことも許したのに!!!!!

 子供さえ生まれてこなければあああ!!!!

 なお、歴代でも有数なほど、王家の血が濃いとされている

 金髪


側室&後妻

→おいたわしや……


レイニッヒ

→最近血が馴染んできた

 金髪


パーシバル

→最近、弟に頭をなでてもらうたびにお腹の奥がキュンキュンする

 黒髪


→同族の癖に父王に近くて嫉妬

 あとは父王が嫌ってるから嫌いだった


竜支配の術

→別名、竜まっしぐら

 場合によっては、汗や涙でも微量の効果があるらしい


竜人

→今はもう絶滅したとされている。

 べ、別に王族の事が好きとかじゃないんだからね!

 なお、まれに単為生殖する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ごく普通の転生ドラゴンライダーの一生 どくいも @dokuimo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ