プレゼント

青いひつじ

第1話

目が覚めると、一面に緑が広がり、その隙間から空を見つける方が難しいほどであった。


「ここはどこ」


女が起き上がると、横には額から血を流した恋人が、車の窓から半分身を乗り出すようにして、気を失っていた。


「ちょっと、目を覚まして。起きて。ねぇ!」


「んん、、、」


女の涙交じりの声に、男は目を半分開いた。


「よかった、、、意識はあるのね」


女が持っていたハンカチで男の額の血を拭き取ろうとした、その時だった。


「あらあら、これは大変だ。どうしたことでしょう」


声の方を向くと、杖をつき、顔面に蔦のような髭を蓄えた男が立っていた。


「貴方たちは、対向車が道を外れて衝突してくるのを避け、山の隙間に落ちたのです。なんとお気の毒なことでしょう。どうにか助けてあげたいものだ」


「まさか!!貴方は神様なの?!」


「いや、、、待つんだ」


女の声が急速に明るみを帯び、それを聞いた男は女の腕を掴んだ。


「こいつは神様じゃない」


「でも、助けてくれると言っているのよ。信じましょ」


「正直、僕には、これは悪魔に見えるよ。だってあの顔を見ろよ。僕たちは、道路から落ちて、こんな風に助かったのが奇跡だと言うのに、なんだか嬉しそうな顔をしている」


「貴方のその、ひん曲がって無駄に慎重なところ、どうかと思うわ!」


女は男の声に聞く耳を持たず、なんでもいいから頼りたいと、冷静な判断ができなくなっているようだった。


「疑われるのも、無理はありませんね。それではまず、貴方がたを地上に戻して差し上げましょう」


神様なのか悪魔なのか、得体の知れないその髭男がコンコンと杖をつくと、今まで山の隙間にいたはずが、風景はみるみる変化し、2人はそれぞれ、真っ白な部屋に移動していた。

扉はあるが鍵がかかっており、扉のガラス窓から覗くと、髭男が嬉しそうに笑っているのが見えた。

男はその笑顔を見て、この髭男が悪魔だと確信した。

壁の上部分が空洞になっていて、そこから会話ができた。


「おい、ケイコ大丈夫か」


「えぇ、大丈夫よ」


「ひどく怪我をされているようでしたので、ここは、貴方がたの治療室です。これで信じていただけますでしょうか。私は、貴方がたの敵ではございません。さて、可哀想な貴方がたへ、私から最後のプレゼントでございます。何かひとつ、願いを叶えて差し上げましょう」


「なんでもいいの?」


「はい。なんでもいいですよ。しかし、これには条件がありまして、あまりにも高価なモノを望まれる場合は、貴方が持っている相当なモノと交換をしてもらいます。そして、願いは口にすると叶いませんので、私を想像して、心の中で唱えてください」


髭男はそう言うと、揺れる椅子に座り、2人が願いを唱えるのを待った。


「ケイコ、モノを願ってはだめだ!一旦ここを出ることを願うんだ!こいつは悪魔だ。僕を信じてくれ。このままここにいたら、僕らは食べられてしまう」


「貴方、いいかげんにしてくれる?助けてもらっておいていつまでこの人に失礼な態度を取るつもり?貴方のそういうところ、本当にいや」


「どうして今更そんな話になるんだ」


「今更じゃないわよ。ずっとよ。貴方、何でもかんでも疑って、ずっと屁理屈ばかりで指輪のひとつも買ってくれたことなかったじゃない」


「屁理屈じゃないよ。僕は論理的なんだ」


「おんなじことよ」


女は男との会話に嫌気がさしたようで、「もういいわ」と言うと、深くため息をつき、それ以上何も言ってこなかった。

男も、しばらくの間、何も言わなかった。



「なぁ、ケイコ。君は、僕と一緒にいて、幸せだったかい」


「こんな時に何を言ってるの」


「僕は、石ころのついた指輪ひとつ買ってあげられなかった。君はダイヤの指輪をずっと欲しがっていたもんな」


「そうよ。分かってるなら、買ってきてちょうだい」


「しかし、そんなことを言いながらも僕と暮らしてくれて、ありがとう。君を、ずっと愛しているよ」


「いやだ、急にしおらしくなって。どうしてそんなことを言うの?」


「なんとなく、伝えておかないとと思ったんだ」


「頭打って、おかしくなったのね」


「さぁさぁ、それでは、そろそろお時間になりました。私を想像して願いを強く、唱えてください」



女は、先ほどは反発したものの、なぜか男の言葉がひっかかり、モノをねだるのをやめて、"ここを出られますように"と念じた。

すると、ガチャという音が聞こえ、扉が開いた。



「やった!出られたわ!あれ、、、」


男がいるはずの横の部屋の扉は開いておらず、ノックをしたが返事がなかった。



「あなたー??あれ、あの人はどこ」


「彼は、私の腹の中です。彼の言っていたとおり、私の正体は悪魔だったのですよ。彼との約束ですので、貴方にはこちらを授けましょう」


「この箱はなに」


「彼からのプレゼントだそうですよ。しかも、この大きさはなかなかお目にかかれないでしょう」


箱を開けると、大きなダイヤモンドが入っていた。


「何を言っているの。彼は、何をお願いしたの」


「彼は貴方に、この世で1番美しく高価なダイヤモンドを授ける代わりに、自分の命を捧げてきました。貴方から言われた言葉がよっぽど身に沁みたのでしょう」


「嫌よ、違うわ!やめて。私、彼のこと好きだったのよ。本当に、好きだったの。嘘じゃないわ。彼を返して!」


「ではなぜ、そう伝えなかったのですか。彼はいつだって人のために能力を使う人間で、そんな優しさを貴方は知っていたはずなのに」


「まさか、、、そんな願いをすると思わないじゃない。ダイヤモンドは返すわ。だからお願いよ。彼を返して」


「戻ることはできません。お受け取りください」



悪魔はそういうと濃い煙を放ち、先ほどは白い部屋だったそこは、2人が落ちた道路へと変わっていった。どこを探しても、男の姿はなかった。


これは絶対に夢だと、女は思った。

タチの悪い夢だ。今すぐに覚めて欲しいと、髪を引っ張ったり、自分の腕を叩いてみたりした。

足元に落ちたダイヤモンドは、嫌味なほど輝いていて、女はそれをひろって地面に投げつけた。


「嘘よ、嘘よ!覚めて!お願い、、、お願いだから、、、」


ダイヤモンドは投げようが踏みつけようが、ただひたすら、眩しいほど輝くだけだった。

これは夢ではなく本当だと、そう告げるようだった。


女はダイヤモンドを拾い、あの時の男の額を流れる血を拭き取るように、周りについた土を拭った。

そしてそれを抱きしめ、潰れてしまいそうな心臓と言葉にならない悲しみに歯を食いしばった。

もう、帰ることのない彼を思って。









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