出色の飯もの作品、しかし飯テロに非ず。鍋の湯気の先に見える心情の機微

とても濃い「心理描写」を読ませていただいた気がしました。
事物のひとつひとつから、主人公のかつての生活の荒み具合やAとの関係性、現在の心情までも立ち上ってくるのが素晴らしいです。
かねてから個人的に、話者が己の内面を「嬉しかった」「悲しかった」などと長々語るのは、心理説明であって心理描写じゃないだろう……と思っているのですが、本作はしっかり「心理描写」だと感じました。
「本当に冷蔵庫として使っている冷蔵庫」
「シミをどうにかすることを、シミ抜きというらしい」
↑特にこのあたりが好きです。主人公のもとの生活具合が痛ましく感じ取れて。

あと作者さんの意図とは外れるかと思いますが、個人的な感慨として。
「食レポの上手さってさ、語彙力云々よりいかにその人が余裕があったかだと思うんだよね」
ふだん飯ものをよく書いている身として、これは本当に身につまされます。
飯描写を書くにあたって、食べる人の状況ってまず最初に考えないといけないんですよね……お腹が空いてる人や心身が切羽詰まっている人の食事描写で、くだくだしく長く書くのは不自然なんですが、考えが足りていないとついやってしまいがちです。
そういう意味でも本作、飯の話であるのに食味の描写がごく薄いのは、主人公の状況を見事に表していてとても素晴らしいと思います。飯もの書きの立場から、特にそう感じます。

出色の心理描写を備えた、素晴らしい飯もの(飯テロではない)作品だと思います。

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