第二十節 エピローグ 嘘から出た真(主人公視点→フリジア視点)

 僕が妹に対して盲目かと言えば盲目かもしれないし、多少贔屓目に見てるかと言えば見てるかもしれないし、溺愛してるかと言えばしてるかもしれないが、それで妹のことを勘違いしているみたいに言われるのはだいぶ心外だ。


 僕らはずっと一緒に生きてきた。

 互いのことは誰よりも知っている。

 僕はこの子のことを、勘違いなんてしていないはずだ。絶対に。


「……春だな」


 本のページを捲る。

 ゆったりとした風が流れている。

 葉が風に揺れ擦れる音がする。

 ベンチに座って本を読んでいる僕の膝枕を使って、アイカナがぐっすりと昼寝している。


 春の休日、って感じだな。


「……んっ……」


 幸せそうな寝顔だ。

 この子の幸せを守りたい。

 それだけのささやかなことが、何故かどうにも難しくて、困ってしまう。


 む。人が来……って、フリジア先輩か。

 あんまこういうところ見られたくないんだが。

 威厳が落ちる。

 かといってアイカナを起こすのもな。

 昨日はチニル派閥相手の戦いで大活躍してくれたし……ゆっくり休んでほしいが……ぬう。


 フリジア先輩がこっちに来ると、少し驚いた顔をして、すぐに楽しそうな微笑みに変わる。

 何だおぬし。

 言いたいことがあるなら言え。


「可愛らしい寝顔ですわね」


「妹の寝顔の良し悪しに興味は無い」


「あら。そうですの」


「昨日の功績に褒美をやっているだけだ。普段こんなことを許してはいない」


 フリジア先輩がむぅ、と複雑な顔をする。


 エグいレベルの美人だからどんな表情をしても美人の範囲から逸脱しないな、この人。


「表立って言う人は多くないかもしれませんが……家族のことをちゃんと愛している人間を嫌う人なんていませんわ。ボクはそう思います」


「そうか」


「別によいのではないですか、妹に優しくする自分を隠さなくとも。貴方が覇道を進むつもりなのは僕も分かっていますわ。ただ、アイカナ様に対する態度がその邪魔になるかと言えば、決してそうではないでしょう?」


「貴様、ピピルと何か話したか」


 フリジアが僅かに言葉を選んだ気配がした。

 当たりっぽいな。

 なんだ。妙な間の取り方をするな。

 少し、演技を調整しておこうか。


「貴様も我が妹を溺愛しているだの、何か勘違いしているだのと言うつもりか?」


「いえ、僕はピピル様と推測が合致することがあまりありませんから。ピピル様はとことん感覚派ですもの。僕はその辺りに関しては、ピピル様とは同意見ではありませんわ」


 まあ、そりゃそうか。


「けれど、部分的になら分かるような気もしますわ。ピピル様は上手く言語化出来ていないようでしたけども……アルダ様は、努めてアイカナ様に誠実であろうとし、努めて嘘をつかないようにしているように見えますもの」


 ───。

 ああ。まあ、そうか。

 そう見えることもあるか。

 それは、そうかもな。


 フリジアの細い指先が、ぐっすり寝ているアイカナの髪先を撫でる。


「けれど、女は役者と言いますわ。貴方もまた、妹に何かを勘違いさせられている……そんなことも、起こるかもしれませんわよ」


「それは忠告か? 想像か?」


「強いて言えば、女の勘ですわね」


「それは妄想と変わらん」


「確かに。それもまた真理ですわ」


 ふむ。

 フリジアらしくないふわっとした問いだ。

 こりゃ、自分の中で答えが出てないな。


「アルダ様。少し質問してもよろしいでしょうか」


「なんだ」


「世界と家族、天秤に掛けた時、アルダ様はどちらを選びますの?」


「世界だ。家族など、世界を構成する一部に過ぎん。世界と天秤に掛けるようなものではない」


 僕は、嘘をついた。


「なら、世界とボクならどうでしょう」


「どれだけ思い上がっているのだ? 世界に決まっているだろう。貴様は我の手足の一本に過ぎん。回答時間も必要無い、即答だ」


 本当は迷った。

 僕は、好きになりつつある仲間を、世界の未来のために切り捨てられるのか。

 分からない。

 その時が来なければ、きっと分からない。


「世界とアルダ様自身なら?」


「世界だ。自らの命を惜しんでどうして偉業が達成できようか。」


 その回答だけは真実だった。

 その天秤なら、僕は迷わない。

 僕より軽い世界なんてありえない。

 だって、皆が生きてる世界なんだから。

 ずっと続いていてほしい。


「ありがとうございます、アルダ様。質問を繰り返してしまって申し訳ありません」


「構わん」


 バレてはないはず。

 気取られてもいないはずだ。

 そうであれば、僕は見透かせる。


 おそらく、彼女は確認したくなったんだろう。


 アルダ・ヴォラピュクの中での、アイカナ・ヴォラピュクの位置と、フリジア・フリウリの位置を。

 思い上がらず、勘違いなどしないように。

 そうして、上手く立ち回るために。

 勘違いをしないための、確認行為。


 そういうの確認したがってるなら……僕も相応の言葉を選んで、タイミングを見て、言ってあげた方が良いのかな。

 別に、僕はフリジア先輩を勘違いさせるための言葉だけ吐いてるわけじゃない。本気でそう思ってる言葉も言ってる。

 勘違いさせる言葉だけでなく、僕の本心も告げて、それをもってして、フリジア先輩との関係性を1つ先の段階に進めてみるのもいいのかもしれない。


 それが吉と出るか凶と出るかは、分からない。


 あるいは、こんな思考に流れ始めてる時点で、僕はどこか間違えてるのか?


「んにゃ……にいちゃ……おあよ……」


「起きたか。く離れろ」


「はなれゅ……にいちゃ、きょうもかっくい……」


「離れろ」


 フリジア先輩が笑ってるだろが。


「アイカナ様は、お兄様が大好きなのですわね」


「んぁ……だいすき……しゅき……」


 ほらまた笑われてるぞ。


「似ていない兄妹ですわね」


「よく言われる」


 僕が何も演じてなければそこそこ似てる所も多いんだけどね。

 困ったもんだ。











 似ていない兄妹だと、ボクは思っています。

 おそらく、血の繋がりがないことも。

 だからこそある、妹からの特別な気持ちも。

 ボクやピピル様は女性だからこそ気付けましたし、アルダ様やティウィ様は男性だからこそ気付けていないような……そんな気がします。


 アイカナ様の心自体、人並み以上に繊細な部分があるのを感じておりますわ。

 性差によって、感じるものが違いそうです。

 細かな手触りの繊細な領域の話ですわね。


「うちうちなんよー! パン焼いてきたんよー! みんな試食してほしいんよ~!」


「パンなんて後でいいだろ! オレが先だ! アルダ様。先日の魔天討伐が絶大に評価されてます。学生の志願兵だけで騎士団組めますよこれ。あと、国土防衛に関して騎士団長が意見を求めて来てて」


「あ~、ティウィさんに握られた腕が痛むんよ~、アルダさんによしよしされないと治らないんよ~、オーゥイタタァなんよ」


「うっ、おっ、えっ、ごっごめっ」


「……呆れるな。まだ有効なのか、貴様らのそのネタは……いつまで有効なのだ……」


「アタシ見参! ちょ、ちょっとアルダ! 聞いたわよ! 今朝妹と2人で例のカフェ行ったんですって!? アタシが誘った時は一緒に行かなかったくせに! 納得のいく理由を説明しなさいよ!」


「失せろ」


「失せろ!?!?!?!?!!?!?!?!」


 あらあら。

 まあまあ。

 にぎやかになってきましたわね。

 楽しそうですし、ボクも参加してこようかしら。


 ? あら。寝ぼけたアイカナ様に抱きしめられてしまいましたわ。


「にいちゃ……」


 まさかアルダ様と間違えられるとは、夢にも思いませんでしたわね。

 ボクとアルダ様、似ているところなどあるのでしょうか? 正反対だと思いますわ。

 ボクのような軽薄な嘘つきは、いつだってアルダ様のような御方に、距離を感じているものですし……妹様にしか分からない何かがあるのでしょうか。


「にいちゃを……ひとりにしないで……いつもだれかがそばにいて……まもって……そしたら……」


 ……。ええ。

 ボクらが必要かは分かりません。

 そのくらいにはアルダ様は突出し、隔絶しています。凄まじい御方ですわ。


 けれど、アルダ様は目的が合って仲間を集め始め、アイカナ様もこうおっしゃられている。

 ならば、1人にはしませんとも。

 必ず、ずっと傍に居ますわ。

 ボクが必ず守ります。

 貴女も、アルダ様も。


 だってボク、貴女達兄妹のこと好きですもの。

 ふふふっ。

 口に出しては言いませんけどね。

 いつまでも兄妹仲良く、一緒に幸せに生きていてほしいと、そう思っておりますのよ?


「おまかせくださいませ。フリジア・フリウリは、めったにそう言われませんが、信用に足る女ですのよ。巷では魔女呼ばわりですが。ふふふ」


 あれ?

 あっ。

 あっ。

 アルダ様。

 いつからこんな近くに。

 あの、その。

 今の独り言、聞いておられましたか。


「……アルダ様、今のは独り言でして」


「そうだな。貴様は信用に足る女だ」


「───」


 心臓が止まりそうな、一言。


「励めよ、フリジア・フリウリ。どこぞの姫に忠を尽くす女よ。貴様の呼び名はいずれ魔女ではなく、聖王の右腕となるだろうからな」


 心が持って行かれそうな、褒め言葉。

 たぶん、きっと。

 アルダ・ヴォラピュクが『信用に足る』と述べた人間は、ボクが初めてになるのでしょう。

 こんなボクが、そう言われたのです。


───自己PRを履き違えるな。我が欲しいのは魅力的な娼婦ではない。我の足手纏いとならず、仲間として十分な能力を持つ貴族生徒会の生徒会長だ。行動をもってして、信用を勝ち取って見せろ


 本当に、嬉しいのです。

 顔が熱いのです。

 俯いたまま、顔を上げられません。

 嘘ばかりだったボクが、真実の評価を受けられました。

 嘘から出た真というものはあるのだと、知れましたわ。

 嘘から真の何かが生まれることがあるのだとすれば、ただ嘘を重ねていく日々も、無駄ではなかったと、そう思えますの。


「うう」


 ああ、なんということでしょう。


「何故あの御方は、こんなにボクのツボを抑えたことを一々言うのでしょう……本格的に参ってしまいそうですわ……姫様、フリジアは、姫様が期待なされたことを成せないかもしれません……」


 勝ち取った信頼。

 それのなんと重いことでしょう。

 それのなんと輝かしいことでしょう。


「もしもこの感情が、何かの勘違いでしたら、楽でしたのに……」


 ……。

 ……。

 ……。

 あの、アイカナ様。

 ボクの顔を覗き込むのはやめませんか。

 何を、何を見ておられるのですか?


「恋の感情は大体勘違いだって兄ちゃが言ってたよ。愛が理解で、恋が勘違いにゃんだって。勘違いにょ恋から始まっても、勘違いが解けて理解して、それでも気持ちが続いてたら愛にゃんだってー」


「それ言うタイミング本当に今ですの!?」


「お、愛の話ならうち参上なんよ。教えてあげるんよ、愛っちゅうのはね……」


「ピピルさんは一番遠いお人でしょう?」


「一番遠いお人!?!?!?!?!」


 ああもう。ここは騒がしい学園ですわ。


 それこそがこの学園の良さで、褒め称えられるべき素晴らしいものなのかもしれませんわね。


 ……これももしかしたら、勘違いなのかしら。


「メノミニさん、僕は思ったのですが……」


「あによ。アルダの右腕候補扱いされたからって調子乗ってんじゃないわよ。古来より右腕は祭事的な意味では重要視されてなくて、重要なのは残ってる方の左腕であってアタシにもまだワンチャン」


「たとえば、メノミニさんがアルダ様を恋愛的に好きだとします。すると……」


「ばばばばばばばバカじゃないの!? 何勘違いしてんのよ何を! んなわけないでしょバカ!」


「いやあの」


「勘違いも甚だしいわね! 人の気持を何勝手に勘違いしてんの!? 失礼だと思わないわけ!? ちょーっとアタシの1万倍くらい男にモテてるからって恋愛マスターのつもり!?」


「話を」


「あーあーあー勘違いされて気分悪くなっちゃった! ちょっとトイレ行ってくる! ちょっとね! あーあーあー気分わるわるだわ! じゃね!」


 ……。

 逃げ去ってしまいましたわ。

 考えるのを止めた方が楽そうですわね。

 そうしましょう。

 おほほ。


「アルダ様。今日はいい日ですわね」


「昨日はいい日だったか?」


「ええ。明日もいい日になるでしょうね」


「嘘つきめ」


「いいではありませんか。誰も傷付かない嘘ならば」


 それに、本当に明日が良い日になるかもしれないでしょう?


 嘘が嘘だけで終わるか、真になるかなんて、誰にも分からないものですもの。


 ね。



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勘違い『させ』系聖王アルダ・ヴォラピュク、ハリボテとハッタリだけで無双系最強主人公になりたい オドマン★コマ / ルシエド @Brekyirihunuade

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