第8話 わからせ、わからされ
「私の勝ち」
模擬戦前と変わらない。無機質な表情のままアウラは一言勝利した事を述べる。
「……」
勝利したアウラは喜ばない。なんの感情も湧いていない。まるでそれが当然だと言ってるようで、一々騒ぐ事でも無いと言ってるようで、そもそも勝ち負け以前の話だと言ってるようで、
「……ッ」
俺は、それが事実だと痛感させられた。
(これが、天才令嬢)
以前に一度だけ、父さんに言われた事を思い出す。ロードリッヒ家の娘は真の天才だと。
(才能の差)
彼女は剣術を一カ月しかやった事が無いと言っていた。しかもそれは数年前の事だとも。
これが全部本当なら、アウラは一カ月で数年のブランクがあった上で、俺の八年間の鍛錬を上回っているという事だ。
(持ってる物が違う)
俺は彼女の瞳を見て、体を震わせた。
▼▼▼
───嗚呼、やっぱりそうなんだな。
グレイル君と模擬戦をした後、俺は彼の様子を見て確信した。
(……震えている)
模擬戦で負けた後、グレイル君は妙に体を震わせていた。
圧倒的な強さに絶望したのか? ……否。
なら積み重ねた力が通用しない事への悲しみか? ……否。
だったら自分より努力してない奴が勝った事への怒りか? ……これは少しだけ違う。
俺には分かる。あれは悔しさだ。悔しくて悔しくて……そして絶対に見返してやるという反骨精神が故の震え。
(グレイル君、君は俺だ)
より正確に言うのなら前世の俺。才能なんて高尚な物なんて無く、ただひたすらに努力をしてきた前世の俺だ。
一目見てその精神性を理解できた。まるで己の片割れと出会ったようだ。
場所が違えば……それこそ前世の俺だったら彼と分かち合えただろう。でも、今はもう無理だ。
今の俺には才能がある。転生して持たざる者から持つ者となった。
「……」
俺には前世から叶えたかった悲願がある。凡人でも努力すれば天才に勝てる。それを証明する事だ。
天才となった俺ではもう叶える事は不可能となった。……だけど、
(彼なら、或いは)
俺の悲願を、叶えてくれるかも知れない。
「私、二年後に王立学園に通う予定なの」
本当は魔法の学び舎として名高いアーチリア学院に通って欲しいと親父には言われたが、魔法で活躍する気は無いので断固拒否した。
「ああ、俺もだ」
「そう」
しかし魔法で活躍する気は無いと言ったけど、これは少し路線変更せざるを得ないな。
「同じクラスになれると良いわね」
なるべく無感動なまま、まるで社交辞令のように、本当は特になんとも思ってないという風に伝えろ。
「……そうか」
そうすればほら、グレイル君の瞳に更なる闘志が湧き出てきた。
(そうだ。それでいいんだ)
君の前に居るのは、どんな物事でも自分の才能があれば努力せずとも上手くいくと思っているような、傲慢な天才だ。才能の無い君なんて歯牙にも掛けちゃいない奴なんだ。
……思い知らせてくれ、この世界に。そして俺に、アウラ・ロードリッヒという努力知らずの天才に
努力は才能の格差を覆すという事を。
▼▼▼
(才能の差)
グレイル・アートマンは、アウラの瞳を見て体を震わせる。
(持ってる物が違う)
それはアウラが言う悔しさから、
(なのに、なんで)
……では無い。
(なんでそんな、つまらなそうにしてんだよ!)
それは、彼女に対する哀れみからだった。
「私、二年後に王立学園に通う予定なの」
「ああ、俺もだ」
グレイルには才能を持つ者の気持ちなんて分からない。苦労せずとも強くなれる者の気持ちなんて分からない。
「そう」
だが今のアウラは、どうしようもなく、
「同じクラスになれると良いわね」
退屈そうに見えた。
「……そうか」(才能があり過ぎるのも考えものだな)
全てが予定調和に動く。何があってもすぐに解決できる。
大きな障害なんて一つも無く、あったとしても自分の才能さえあればどうにでもなる。
その人生がグレイルには……とても楽しい物とは思えなかった。
(……きっと、俺には荷が重すぎる事なんだろうな)
ふとした案がグレイルの脳裏によぎる。
(いや、それぐらいしなきゃ振り向いてすらくれないか)
その案をすぐに受け入れ、グレイルは闘志を大きく燃やす。
(アウラ・ロードリッヒ、お前に
決意は硬く、輝きをどこまでも増す。
(過去にみくびっていた男がどれほど凄い奴だったかを。そして、人生捨てたもんじゃないって事をな)
……片や前世からの悲願を叶える為、片や退屈から救い、そして振り向かせる為。
勝ちたい者と敗けたい者、わからせたい者とわからされたい者、そんな奇妙な利害の一致を見せる二人の関係はここから始まった。
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