第6話 ※主人公に恋愛する気はありません

 初めてのお忍びでルメール君に出会って以来、俺の人生は少し豊かになった。

 ルメール君というチェス友が出来た俺は月に一、二回街に赴いては彼とチェスをするようになり、今では第二のキングとしてルメール君と切磋琢磨し合っている。途中、俺が侯爵家の令嬢だとバレてしまったが、


『良ければ今後も、一人のプレイヤーとして僕とチェスをしてくれたら嬉しいな』


 そう言って変わらず接してくれている。まあ身分が身分だから、知った時はかなり驚いていたがな。

 しかしチェス限定とは言え、今世で話の合う友人が出来るなんて思ってもみなかった。転生した時もそうだが、やっぱ人生何が起きるか分からんものだな。


 そんな感じで、友人とチェスをするという習慣が新たに加わってから時は流れ、俺は十二になった。


 さて、以前にも話した通り、貴族が魔法を覚え始めるのは早くて十歳になってからだ。そして年齢の基準を満たしていた俺は、一昨年から再び魔法を学べと親父から言われるようになっていた。

 その時は口先三寸で逃げてやったが、少々問題が発生して学ばざるを得なくなった。


 端的に言うと、黙って街に行っていた事がバレてしまった。


 逆によく三年も隠し通せた物だ。お忍びしている事がバレた俺は、親父にめちゃくちゃ叱られた。

 これだけならまだ良かったが、協力者であるシエラには罰を与えると言われた。流石に俺がお願いしたせいで罰せられるのは忍びないので、全力で庇った。で、許して貰う条件として真面目に魔法の勉強をする事となったのだ。


「今日から魔法を師事させていただきます。クイントです」

「ええ」


 そして今日が勉強初日。家庭教師としてやって来たのは、眼鏡を掛けるキリッとした感じ女性だった。


「アウラ嬢のお話はルドルフ様から聞いております」

「そう」

「途轍もない魔法の才を秘めており、しかしそれを頑なに磨こうとしない頑固者だとか」

「バカにしてるのかしら?」

「いえ、事実を述べたまでです」


 そう言いながら、クイントさんは俺の机の上に一冊の本を置く。


「とりあえず最初は私なりのやり方で進めていきます。余裕がありそうならペースを早めて行きます。よろしいですか?」

「構わないわ」(それなら話半分で聞いとくか)


 どうせこの体のスペックなら、真面目にやらなくても人並みには出来ちゃうだろう。

 そんな考えと共に始まる魔法の勉強だが……予想に反して俺は真面目に取り組んでしまっていた。


 理由は色々とある。前世の俺の何事にも努力するという性根が染み付いていたのもあるし、元々魔法に興味があったのもある。ただ、一番の要因は先生がクイントさんという事だろう。


 この人の話、聞いてて面白いのだ。話し方が上手いというか、どうすれば相手に興味を惹かせるかを理解している。それとたまに実体験を交えて話すのだが、その内容もまあ面白い。聞いてるだけでクイントさんが人生経験豊富だという事が伝わってくる。……この人、若そうに見えるけどいくつなんだろ?


「ふむ、思っていたより真面目に取り組んでいましたね」

「……」


 結局、俺は最後まで真面目に魔法の勉強に取り組んだ。だからなんだという話になるのだが……なんかちょっと負けた気分になった。


▼▼▼


 あれから一年の時が流れ、俺の魔法の技術は劇的に向上した。


 ある程度の中級魔法を修得し、基礎的な知識は完璧と言っていい。

 クイントさんとの勉強は週に一度のペースで行っているが、それ以外の時間で魔法の自主練した事は無い。

 なのにこの成長速度。これにはクイントさんも驚いていた。


 まあ、俺自身も最近は自主練さえしなければ真面目に取り組んでもいいかなと思い始めたからな。魔法の勉強も普通に面白いし。

 今でもチート的な魔法の才能を使って大成したいとは思ってないが、だったら魔法の道に進まなければいいだけの話だ。むしろ何故こんな事に気付かなかったのか。


「アウラ」


 今更ながら俺って面倒な生き方してるな〜。と、思っていると、親父に呼ばれたので思考を切り替る事にする。


「はい、父上」

「オスカーが着いたようだから、迎えに行くぞ」

「分かりました」


 オスカーとは、親父の友人の名前である。

 オスカー・アートマン。辺境伯という、侯爵と同じ地位の爵位を持つ貴族だ。

 オスカーさんと親父は学園時代からの仲らしく、今もこうして時々顔を見せては親父と酒を交わしている。


「……ああ、それとだな」

「?」


 屋敷の玄関へ移動していると、親父が何か思い出したような口ぶりで言ってくる。


「今日はオスカーの息子も一緒に来ているそうだ」

「息子、ですか?」

「ああ、お前と同じくらいの歳らしい。仲良くするんだぞ」

「……分かりました」


 うーん、俺と同い年って事は十三歳だから……前世じゃ中学二年ぐらいになるのか。思春期真っ只中だな。


(年頃の少年少女は扱いが難しいからな〜)


 というか俺、今世だと同年代で話した子がルメール君ぐらいしかいない気がする。それに何が原因か、表情筋が死んで仏頂面になってるし。


……仲良く出来るかな?


(ま、まあ相手が嫌がりそうなら黙って読書でもするか)


 才能豊かなスペックだが、対人能力だけは致命的に低いなと思いながら、俺と親父はオスカーさんを迎え入れた。


「やあルドルフ、久しぶりだね」

「ああ、こうして顔を合わせるのも五年ぶりになるな」


 久しぶりに見たオスカーさんは相変わらず優男な人だった。表情も柔らかいし、ウチの親父とは大違いだな。


「お久しぶりです。オスカー様」

「アウラ嬢も久しぶり。にしても大きくなったねえ、作法も板に付いて……って、それは昔から完璧だったね」


 俺もオスカーさんに貴族令嬢らしく、スカートをちょこんと摘んでお辞儀して挨拶する。


「……」


 ちらりとオスカーさんの後ろを見やれば、赤みがかった茶髪の少年が佇んでいた。


「ほら、グレイルも挨拶を」


 オスカーさんが少年の背中を軽く押すと、彼は前に出て軽くお辞儀をする。


「……はじめまして。アートマン辺境伯家長男、グレイル・アートマンです」


 おー、礼儀正しい。なんだ、ちゃんとしてる子じゃないか。


「はじめまして、ロードリッヒ侯爵家長女、アウラ・ロードリッヒです」


 俺も同じく挨拶をした後、彼と目が合うと……







───ドクン


「───っ」


 俺は、自分の心臓が高鳴るのを感じた。

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