第7話 (才能^2)×運+努力=実力

 アートマン辺境伯家が治める領地には、魔獣蔓延る広大な森林地帯がある。魔の森とも呼ばれるそこは、近隣住民でさえ近づくのを躊躇う危険区域だ。

 そんな魔の森に居る魔獣を間引きし、大量発生による魔獣の進行を防ぐ事こそ、王家からアートマン家に与えられた使命だ。故に力を付ける事は、アートマン家の人間の義務である。


 俺、グレイル・アートマンが強くなる為に選んだ道は剣だった。

 特別な理由なんて無い。最初に出会った力の象徴が剣だったから、もしそれが魔法だったら魔法を選んでいただろう。


 ともあれ、俺は五歳の時に剣の道へと進んだ。毎日毎日欠かさず剣を振り、体を鍛え、技術を磨いた。お陰でそれなりの実力は付いたと自負しているし、実際に剣術大会でも良い成績を出せた事だってある。


 剣の才能は……まあ普通ぐらいだろう。少し世界に目をやれば、俺より才能のある奴なんてゴロゴロ見つかる。

 でも俺はそれで良いと思っている。その分、より鍛錬を積めば良いだけだからな。


 だから俺は今日も剣を振る。父さんに連れられてロードリッヒ侯爵家という、父さんの友人の屋敷に来たとしても関係ない。俺は強くなる為に剣を振り続ける。


 そんな、自分でも鍛錬以外に興味の無い鍛錬バカだと思っていたのだが、


「はじめまして、ロードリッヒ侯爵家長女、アウラ・ロードリッヒです」


 アウラと初めて出会った時、俺は思わず見惚れてしまっていた。


……綺麗だった。輝くような銀の髪も、燃えるような赤い瞳も、艶やかな白い肌も、どこを見ても美しい。


「……っ! な、なあ父さん。今から剣の鍛錬をしたいんだけどいいか?」


 マジマジと見つめていると彼女と目が合い、恥ずかしくなった俺はこの場から離れたくて父さんにせがんだ。


「おや、アウラ嬢と遊ばなくていいのかい?」

「い、いいから」

「うーん、せっかくならアウラ嬢と仲良くして貰いたいんだけど」


 困ったような笑みを浮かべる父さんに、俺はもう一度説得を試みようとした。


「いいですよ」


……しかしその直前、彼女が話に入ってきた。


「いいのかい?」

「はい、彼の剣の練習を見ますので」

「……まあ、アウラ嬢がそう言うのなら」


 渋々納得する父さんだったが、俺としては彼女が来るのは勘弁して欲しい。ただでさえ顔を見るだけで緊張してしまうのだ。


 しかし結局その後、自分が案内するからと彼女に付いて行く事となった。


「「……」」


 移動中、会話はほとんど無かった。


▼▼▼


 一本一本、力を込めて木刀を振るう。一振りも手を抜くな、全てに全力を尽くせ、そう自分に言い聞かせながら。


「……っ」


 だが、今日はあまり調子が振るわない。剣筋はブレてるし、力も必要以上に入ってしまっている。


 こうなってる原因は分かる。


「……」ジー

(本当に見てる)


 彼女が見ているからだ。彼女は手元にある本を読む事も無く、かと言って暇そうにしてる様子も無く、ただジッと俺の素振りを見ているのだ。


「……ふぅ、はぁ」(ダメだ、ちゃんと集中しなきゃ)


 これから最後の一本を行うのだ。生半可な物にしてはならない。

 最後の一本は最初より良い物を、今までより良い物を……振り下ろす。


「───ッ!」


 放たれた一振りは鋭く、そして力強い物となった。


「……良し」


 不調が続く素振りだったが、最後の最後で結果を残せれた。


「最後のが一番良かったわ」

「え?」


 突然聞こえてきた自分以外の声。声が聞こえてきた方向を振り向くと、


「うわっ!?」


 彼女が至近距離で俺の目を見つめていた。


「ごめんなさい、驚かせたわね」


 いつの間に近づいて来たのか、俺は驚きのあまり尻餅を付いてしまった。


「……い、いや」


 差し出される手を握る。醜態を晒してしまった事による羞恥心と、彼女の柔らかな手を握った事への羞恥心で、俺は頬が熱くなるのを感じた。


「……」


 彼女は俺を立ち上がらせた後、転んだ拍子に落ちた木刀を静かに拾う。


「ねえ」


 そして木刀を眺めながら、


「私と模擬戦してくれない?」


 思ってもみない事を言い出した。


「……え?」


▼▼▼


「本当にやるのか?」

「ええ」


 ロードリッヒ家の兵がいつも訓練している広場で、俺とアウラは向かい合っていた。

 ちなみに最初はアウラさんと呼んでいたのだが、彼女に呼び捨てで構わないと言われたので素直に呼び捨てで呼んでいる。


「……本当に本気を出していいのか?」

「ええ、そうじゃなきゃ意味が無いから」


 どうして意味が無いのか。もしや剣を嗜んでるのかと聞いてみれば数年前に一ヶ月ぐらいやって辞めたと言う。


「言っておくが、俺は剣術大会で優勝した事もある」

「そう」

「……」


 何故こうもふてぶてしくていられるのか、さっきからやんわりと止めるよう言ってるのに取り付く島もない。ちょっとイラッときてしまった。


「お二方、準備はよろしいでしょうか?」


 アウラの付き人が審判として声をかける。


「ええ」

「問題ない」


 こうなったら、なるべく傷付けないよう立ち回ろう。


「それでは───」


 初動で決める。


「───はじめ」


 開始の合図が出されたと同時に、俺は駆け抜けた。

 時間は与えない。下手な事をして怪我でもされたら嫌だから。


 だからこそ、俺は一瞬で決着を付けるつもりだった。彼女の喉元に寸止めで木刀を突き付け、参ったと言わせる。


……そう、考えていたのだが、


「は?」


 木刀を突き付ける直前、彼女は自身の持つ木刀を振るって弾いた。


「……」


 彼女は涼しげな顔をしていた。まるでそれが当然であるかのように。

 そして今度は自分の番だと言うように、彼女は流れるような動作で木刀を薙いだ。


「……ッ!」


 回避し切れない。俺は咄嗟に木刀を盾に防御した。


「ぐあっ!?」


 しかし受けた瞬間、俺は衝撃に耐えかねてたたらを踏む。


(なんだ、なんだこの威力は!?)


 単純な力では無い。パワーだけなら俺の方が圧倒的にある。けど、彼女の剣には鋭さがあった。


 よろめく俺の隙を突き、彼女は防がれた反動を利用して回転斬りをしてくる。


 巧みな剣捌きだった。綺麗な剣筋だった。それこそ、俺なんかよりもずっと───


(───ふざけんな!)


 俺は全身の筋肉を余す事なく使い、即座に防御態勢へ入る。


「ぐっ……」


 木刀で受けた筈なのに、腕の筋肉がビリビリと痺れてきた。


「……うおおお!!!」


 だが、それを耐え抜いて前に出る。


 力比べなら俺の方が有利。それを悟った彼女は押し返される前にすぐさま後ろへ飛び退く。


「ハァッ!」


 離れさせまいと俺は一歩前へ、そして下から袈裟斬りを放つ。

 この時の俺は、寸止めする事なんて忘れていた。きっと、当てていたら後悔していただろう。


……だが、結果的には悔しい思いをする事となった。


「……」


 アウラは冷静に半歩ほど下がる。すると俺の木刀は彼女の鼻先スレスレで通り過ぎた。


「なっ!」


 驚く俺を他所に、彼女は木刀を突き出す。そして、


「……私の勝ち」


 彼女の木刀は、俺の喉元に当たる寸前で静止していた。

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