天才TS美少女はわからされたい!

ブナハブ

第1話 努力家な君に天賦の才を(いらねぇ!)

 凡人はどう足掻いても天才には勝てない。それが前世で痛感させられた事で、俺が最も拒絶する世の理だ。


 俺は、自分で言うのもなんだが努力家だった。決して才能があった訳では無い。ただ何事も努力しようという気概が俺にはあったのだ。

 勉強でも、スポーツでも、遊びでも、俺はやるからには一番を目指してやるぞという気持ちで日々を送ってきた。


 何をやっても凡人の域を出ない俺だが、めげずに努力する事で上達していき、色んな分野で賞を取る機会なんかも生まれた。

 充実した人生、側から見ればそう思うだろう。……けど、俺自身はそう思えなかった。


 俺は欲張りだった。目標の為には誰よりも努力したし、だからこそ一番を望んだ。しかし、それを阻むように奴らは俺の前に現れる。


 天才。そうと呼ぶに相応しい存在が、なんの因果かいつも俺の前に立ちはだかってきた。

 俺はいつも全力で立ち向かい……そして常に敗北させられた。


 一緒に始めた筈のスポーツであっという間にのし上がった友人。真面目に勉強してきた俺より成績優秀な居眠り常習犯。俺が何度も練習して身に付けた技術を『なんか出来たわ』と一発で成功させる初心者。

 積み重ねた十の努力を天才は一の努力で簡単に追い越してしまう。努力家な天才が相手の時なんて競う事さえバカらしくなってしまう。


 理不尽だ。高校三年の剣道大会の決勝戦で敗けた後、俺は心の底からそう思った、


 どうして、なぜ、なんで追いつけない? どうすれば奴らに勝てる? 一時期はそんな事ばかりを考えていた。


 社会に出てからも似たようなもんだった。入社して一ヶ月程度で仕事をマスターする同僚、俺が懸命に考えた企画案を軽々と越えるアイデアを出す後輩、社会にもそういった天才が居るのだなと思い知らされた。

 ここまで来たら俺が落ちこぼれなだけかと錯覚してしまうが、幸か不幸かそういった話で周りに責め立てられる事は無かった。むしろ良くやってると褒められるぐらいだ。あと天才な奴らからは妙に慕われていた。


 俺は天才が嫌いだ。努力家が天才に負けるこの世界はもっと嫌いだ。だからこそ、死んで異世界転生した時に決意したんだ。


 天才に勝ってやる。凡人でも努力すれば天才にも勝てる事を証明してやると。その為に赤子の時からやれる事をやろうとオーバーワーク覚悟で魔法の訓練を始めたのに……。


「……あう」(なんで)


 俺は目の前の壁に空いた大穴を見つめる。


「あうあ」(なんで)


 この大穴は水属性初級魔法『水弾アクアショット』を使用して出来上がった物だ。ちなみに魔法を使ったのはこれが初めてである。


「ゔぃええん!!!」(なんで俺が天才になってるんだよおおおお!!?)


 溢れる感情に赤子ボディは耐えきれず、俺は泣いた。


……天才に勝つ負けるとか、そういう問題じゃ無くなった。


 転生者特典とかそんなのだろうか? どうやら俺は、才能溢れるスペックを持って生まれ変わったらしい。


▼▼▼


 半年前、ロードリッヒ家に一人の赤ん坊が生まれました。

 アウラ・ロードリッヒ、のちに天才令嬢と呼ばれるお方です。


 彼女の聡明ぶりはこの時から見え隠れしていました。全くと言っていいほど泣かず、周りを困らせるような事をしない。加えて最近だとハイハイまで出来るようになっています。

 そんなアウラ様のお守りを担当している使用人の私は……彼女の事を少し恐れていました。


 時折り見せる理性的な行動、確かな知性を感じさせる瞳。どれもこれも赤子が持つ物とは思えず、彼女の中には悪魔か何かが潜んでるではと、不躾ながら考えてしまう事もあります。


 ですが、そんな私のアウラ様に対する見方が変わる出来事がありました。

 それは良く晴れた日の事、少し野暮用が出来てアウラ様から目を離していた時です。


 少し時間が掛かったとは思いますが、その時の私はアウラ様なら問題ないでしょうという勝手な考えを抱いていて、焦らずゆっくりと彼女の居る部屋へと向かっていました。


───そう思った矢先です。アウラ様の居る部屋から大きな音が鳴ったのは。


「……っ!? アウラ様!」


 何事かと思いつつも、私は急いで駆けつけました。

 人を呼ぶという考えはありませんでした。なによりアウラ様の居る部屋はすぐそこだったので、いち早く無事を確認したかったのです。


「アウラ様! ご無事ですッ!?」


 私は勢いよく扉を開けて、その光景に絶句する。

 中に居たのは無事なお姿のアウラ様一人……そして、壁には大きな穴が一つ空いていました。


「アウラ、様?」


 アウラ様は大穴に手のひらを向けて見つめている。私はそんな彼女に駆け寄る事が出来ませんでした。


(まさか、この大穴は)


 アウラ様の手元には魔法について綴られた書物が開かれた状態で置いており、そしてアウラ様からは魔法を使用した魔力の痕跡がありました。


(アウラ様が?)


 それに気付いた途端、私は大きな恐怖が湧き出ました。

 恐ろしくてたまらない。赤ん坊が壁に大穴を開けるほどの魔法を使ったのですよ? これで恐れるなと言う方が無理がある。


 まさか、本当に、彼女は、


「ば、化けも」


……幸運にも、私がその言葉を言い切る事はありませんでした。


「ゔぃええん!!!」

「っ!」


 泣いたのです。あの滅多に泣かないアウラ様が、大きな声を出して泣いていたのです。


「アウラ様!!」


 それを見て咄嗟に私は彼女の下に駆け寄って抱きしめました。


「ゔぃえええん!!」

「大丈夫です。大丈夫ですよアウラ様」


 懸命に泣くアウラ様をあやす中、私は心の中で自分を戒めた。


(何を考えてるんだ私は。彼女はまだ赤ん坊なんだぞ)


 確かにアウラ様は聡明なのだろう。そして恐らくとてつもない魔法の才能も持っている。けれど、それ以前にこの子はまだ赤ん坊だ。

 興味本位で魔法を使おうとして、その結果に驚き泣いてしまう。魔法の規模を除けば至って赤ん坊らしい行動じゃないか。


(……この事はすぐに知れ渡るでしょう。無論、使用人の間でも)


 その時、彼らはアウラ様をどう見るのか。

 将来有望だと讃えるか? 恐らく違う。きっと彼らはアウラ様の事をこう思うだろう。


───化け物、と。


「……アウラ様」


 過ぎた力は周りから疎まれる、それは才能も同じだ。アウラ様の魔法の才能は天才という言葉で収まらない代物だ。


「申し訳ありませんでした」


 しかし、アウラ様も人の子である。そんな分かりきっている筈の事をさっきまで理解しようとしなかった私を、どうかお許し下さい。

 そして誓います。


「これからは、全身全霊を持って貴女に尽くします」


 決して、アウラ様を孤独にはさせません。

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