Deamonium.1 魔族:皮剥のゴブリン
森の奥深くにひっそりと佇む小屋。一見平凡に見えるが、中には地下への隠し入口があり、そこから先には——逃げ場のない絶望の空間が広がっていた。
「ああああああああぁぁああああっ……ああああぁっ…ああああぁああぁぁああああっ…」
中からは許しを乞うような女の慟哭の混じる悲鳴と、接着したものを剥がすような音がした。
——メリメリっ……メリメリっ
——ズルズルっ……ズルズルっ………
——ビチビチっ……ビチビチっ
絶望と苦痛で朦朧とした瞳。サファイアブルーのその髪は、一筋一筋が輝きを放っており、白く美しい肌は、部屋にある松明の火を受けて輝いている——右側だけは。
それを恍惚とした表情で広角を上げて眺めている——ゴブリン。
貪欲で血走った目と闇の螺旋を描く黒い瞳。一目見れば嫌悪感を感じざる得ない醜悪な顔立ち。その緑色の肌には深い皺が刻まれ、黒ずんだ唇の中には不釣り合いなほどの綺麗な白い歯がのぞいている。
「うーん……やっぱり個体差があるとはいえ、女は皮膚のコラーゲンの密度が低くて、真皮層が薄いな……それがゆえに繊細な肌なんだろうか」
「ぎぎぃ……ううぅううう……あああぁああぁ」
「……その鳴き声……まるで屠殺される豚みたいだ……」
と、首を横に振るゴブリン。失望したような無価値のものを見るような冷たい色を込めた目で、呻き声をあげる女を見る。
「……やめで……もう……う、う……やめでください……もう、やめでぐだざいっ」
「うーん、美しいお前があげていい声じゃないな……」
女の訴えをまるで聞いていなかったように、息をこぼす。
「……他の人の様子も見てこないとな」
そう言ってゴブリンは部屋から出て、別の部屋に向かった。しばらくすると、別の部屋から男の罵り声が聞こえ、それは次第に赦しを乞う哀れな声へと変わっていった。
女は痛覚を感じながら、はっきりとそれを耳にして、「あぁぁ……」と声を漏らした。
◇◇
時間が経過し——ゴブリンは再び女の前に立っていた。しばらく眺めていると……愉快そうにこういった。
「ああ、お前の半分は醜い、醜い、醜いね。ゴブリンの私みたいだ。見てみろ……」
ゴブリンはそう言って身体をどかし、松明に火をつけていく。そこには大きな鏡があり、増えた光源により衣服を身につけていない女の姿がはっきりと映った。
左側——皮膚がなく、赤黒い肉と筋肉の繊維が露わになっており、それは生々しく脈打ちながら収縮と弛緩を繰り返し、まるで内側から何かがうごめいているかのように見える。青黒い血管が浮き上がり、血と体液が滲み出ている。
「ああぁぁ……うぅぅう……あ」
自分のあまりの変貌ぶりに、女は過去の——右側の華々しい自慢の姿と対比し——より深く深く絶望に沈んでいった。
「醜いと言われているのに悔しくないのか? あんなに美しかったのが、こんな醜くなるなんて……」
「うぅぅ……うう……」
神経終末の露出からくる強烈な痛み、体の炎症反応からの更なる痛みの増強。女は激痛から苦しそうに小さく呻いた。
「ふははっ! やはり、やはり美の基準は、皮による貢献が大きいらしいな。皮膚のある方はこんなにも美しいのに……」
ゴブリンは——そう言ってはパチリと傷一つのない方の頬を叩く。
「ひっ……私は……醜く、弱い存在です」
女は叩かれたことにビクリと反応しながらも、皮膚を失い空気に晒される左側から痛みを無視して、ヘラヘラと媚びたような笑いを見せた。
左目はまぶたを失い、むき出しの眼球が不気味に光り、頬の筋肉は緊張しながら露出している。躰の肉が引きつれ、血の滴が落ち続け、床に赤黒い痕跡を残している。
ゴブリンを不愉快にさせないように、細心の注意を払っている。自分の皮を生きたまま『半分』剥いたゴブリンに対して。
その美貌と実力で頭角を表し、自信に溢れた姿とはかけ離れたものであった。周囲からは持て囃され、それに応えていくのが自分の生まれてきた責務だと思っていた。
しかし、あっさりと屈服してしまった。時間的感覚を失うほどの拷問を前にいとも簡単に。自死を選ぼうにも、特殊なエーテルの術で何もできないようにされている。
そして彼女は思ったのだった。人間とは魔族の前ではこうも弱い存在なのだと。戦闘の強さだけでなく精神も。
彼女の心は絶望に支配されていた。自らの力と誇りが、残酷な現実の前ではいかに儚いものであったかを痛感した瞬間だった。人間の誇りは、魔族の無慈悲な力の前では無力に等しい。その事実が彼女の心を砕き、自尊心を無に帰した。
彼女の前には、ゴブリンの無表情が浮かび、その目には完全な支配の光が宿っていた。彼女は悟った。これが自分の運命なのだと。抵抗する術もなく、ただ服従するしかないのだと。
こうして彼女は、かつての自信に満ちた姿からは程遠い、ただの無力な囚人となった。魔族の恐怖に打ちひしがれ、心の中で静かに泣き続けるしかなかった。
「そうだ……」
女の気持ちなど何も知らないと言わんばかりに、ゴブリンはまるで世間話をするように言った。
「お前は……勇者……候補だな?」
ついにきたとばかりに女は歓喜の声をあげる。地獄に垂らされた希望の糸を手放さないように。
「はい、はいッ! ……私は勇者候補でしたッ! 私は勇者候補でしたッ!」
「人類を裏切るんだな? 家族を裏切るんだな?」
「か、家族……」
躊躇いの刹那。
「うん?」
ゴブリンの舌なめずり。
「ひっ! は、はいッ! 人類を裏切りますッ! 家族を裏切りますッ!」
目からは最後の光が失われ、死すらも望めない絶望に、女は人間としての最後の尊厳を投げ捨てた。
堕ちた人間の哀れな姿——それを見るゴブリンの目は壊れた玩具に飽きた子供のようだった。
「それでは……『勇者計画』の詳細を、知っている範囲内のことを全て教えてくれるか?」
ゴブリンは気怠げにそういうと、
「は、はいっ……私が……知っていることを……全てお話ししますっ」
女は食い気味に『勇者計画』の詳細を話し始め、己の家族のことすらも全て吐露した。
話を聞く間、ゴブリンは一度も女を見ることなく、終始半分に剥いだ皮がある方を向いていた。 ——彼女の知る情報が他の人間と大差ないことに気づいたからである。
興味を失ったのか、話の内容にはほとんど耳を傾けず、ゴブリンは心の中で全く違うことを算段していた。
(剥いだ皮をもう一度貼り直して……治癒のエーテル術で一度元通りに戻したら……今度はまとめて全部剥がして……美しい彼女を私の——皮剥のゴブリンの11人目のコレクションに加えるとしよう。しかし……このまま殺すのも惜しいな。そうだ……私が飽きるまで何度も貼りなおそう! だとしたら、ショック死しないよう、痛みのコントロール、出血の量に気を配る必要があるな)
それを伝えた時の光景を想像し、ゴブリンはその醜い顔を喜びで歪めた。
(女の家族……妹が一人いたか……。二人を並べてみるのも面白いのかも知れない。
カラフルランナウェイ 〜世界を駆け抜けて、拳を振り上げろ レイシ @reishi789
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