「招かれざる客」
おとくいさま。
あの、もうお話ししてもいいですか。ありがとうございます。これ、あの、ゴミ箱って。あ、すみません。
じゃあ、順を追って始めます。
私、町の北側にあるスーパー。わかります?そうあの、大きめの駐輪場が隣にある。そうです。そこです。
私あの、自分で言うのもなんですけど、結構適当な生活をしていたんですよね。レポートも放ったらかしたり、それでも食べていかないと生活できませんから、あのスーパーでバイトを始めることにしたんです。
そこまで繁盛してるわけではなさそうでした。パートの人も、店長と私含めて5人で。お客様の出入りが激しい方ではなくて、その上給料は他のところと比べて良かったので、私はなにも考えず飛びつきました。
いや、業務内容は大体普通でしたよ。品出ししたりレジ入ったり、想像されてるようなスーパーの仕事とほとんど一緒だと思います。
しばらくは普通に働いてました。シフトはそんなに多く入れてませんでしたけど。
雰囲気ですか?まあ、なんて言うんですかね、人当たりのいいおばさんが多くて...とにかく普通でした。今になって思えば、普通すぎたのかもしれないですけど。
はい。ありました。入ってしばらくはなにも知らされてなかったんですけど、夏休みの暇になった時にシフトを増やし始めたタイミングでマニュアルを渡されました。
例えば?そうですね...「宝船」が苦情って意味だったり、放送で売り場チェックを指示されると万引きの常習犯が来た合図になってたり、ですね。
ネットで調べれば載ってるようなことばっかりでしたよ。ああいうのって、地方が違ったりしない限りは店ごとに分けたりとかあんまりしないみたいで。
そうです。私が点々とシフトを入れてた日はたまたま被らなかったみたいで、教えられたのもその時です。
はい。電話でもお話しした、「黒田様」についてのマニュアルです。間違いありません。
マニュアルといっても、とてもあやふやなものでした。似たような隠語の放送に「赤井様」があるんですけど、これも万引き犯の知らせになります。
同時に「お越しになった」コーナーも伝えられます。現在地ですね、はい。前にも盗られたことがあるなら万引きさせないように威嚇したり、もう取っていたら店を出る直前まで泳がせる、そういう指示でした。
でも、「黒田様」に関しては全然違うんです。この放送があった時は必ず精肉コーナーの様子を見るように伝えられるんですが、他のお客様がいた場合、精肉コーナーから遠ざけないといけないんです。
いえ。ちょっと...説明が難しいんですけど、決まって出入り口の自動ドアが勝手に開くんですよ。はい。カメラにも、誰も写ってません。
その後すぐに、店長が電気室に行きます。精肉コーナーの電灯だけ、わざとスイッチをいじって点滅させるんです。
はい。仰る通りです。点検のふりをして、コーナーを封鎖しないといけないんです。
理由、ですか。言わなくてもわかるでしょ。私だってあんまり思い出したくないんですよ。
それからしばらくすると、ほんのわずかな時間です。瞬きをするくらいの間に、陳列されてる肉類がほとんど全部なくなるんです。
初めて見た時は、もうほんとびっくりして。なんなのか店長にも、はい。聞きましたよもちろん。神隠しとか、しきたりとかそういうことを言われてはぐらかされました。
でも、ちゃんと代金は払っていくんです。空っぽになった棚に、くしゃくしゃになったお札や小銭が置いてありました。
あの、お金についてた乾いた血って鑑定とかしてるんですよね?誰のかって。あっ、まだわからないんですか。はい。
でも、それだけならまだ良かったんですよ。私が入って2ヶ月くらい経ってから、新しいバイトの子が入ってきたんです。
そうです。佐野くん。年下で、大学が一緒だったこともあってすぐ打ち解けたんで、シフトもできるだけ合わせて入れるようになりました。
でも、例のマニュアルについてはしばらく働いた人にしか教えないみたいで。信頼が必要なんでしょうか。そんなに大事なことならすぐ教えればよかったのに。
「黒田様」は大体1ヵ月くらい間を置いてから来るんです。私はそれを教えられていたので、そろそろっていうのはわかってたんですけど。
その日は佐野くんが遅刻しちゃって。しかも、あ、私は入ってないんですけど。大学のサークルが近くの川原でバーベキューやるって話で、肉を買い込みに6人くらいのグループでやってきたんです。
今日はまだ来てない。何時に来るかはわからない。周期が近づくにつれてみんな焦っていました。開催は夜みたいで、もう酔っぱらった人もいて。
もちろん、迷惑かけていきましたよ。お菓子の陳列棚に寄りかかって崩したり、私もナンパまがいの声かけされました。
それが、出入り口に近い場所なのがダメだった。店長も応援に出ていて、放送も、注意喚起も間に合わなかった。
開いたんですよ、自動ドア。勝手に。それを見て、全員で精肉コーナーへ走りました。
でも、見えちゃったんです。着替えを終えて、小走りでバックヤードから出てくる佐野くんが。すぐに対応ができるよう扉を精肉コーナーの隣にしていたのが、裏目に。
はい。大丈夫です。話せます。
瞬きしたら、もう消えてて。でも、前に来た時より肉の減りが少なかったんです。
それ、それがなんでかって。棚を見てすぐにわかりましたよ。
あったんですよ。全部、血に。血で真っ赤になった数十万くらいのお札と、骨。それと服。砕かれてました、バラバラ。全部バラバラ。
知ってますよね、佐野くんのスマホが一緒に置いてあったの。
もう嫌になって。はい。通報が遅れたのは、私のせいでもあるんです。私がすぐにやればよかったのに、動揺してて。
捕まったんですよね、店の人みんな。お願いします。まだなら、そう言ってください。
あの骨全部隠して、血も綺麗に拭き取って、無かったことにしようとしたから。
私はなにもしてません。逃げて、ずっと家に隠れてました。でも、全部知ってる私は、殺されるかもしれないんです。
助けて...もう、この町にいたくない。
【ホラー短編集】無題 Imbécile アンベシル @Gloomy-Manther
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