エピローグ
万雷の拍手が降り注ぐ。
深紅の幕がゆっくりと降り、役者たちの姿を隠しても、しばらくのあいだ拍手は鳴りやまなかった。
ざわめきの中、劇場を離れ、サリヴァンはようやく一息ついてため息をこぼす。
「見るんじゃなかった……」
「いや~、ボクは面白かったけどなア」
ジジは珍しく綺麗な礼服に身を包んでいた。
街道を靴で歩きながら、にやにやと傍らのヒースを見上げる。
「面白かったよね? 」
「うん。笑っちゃった。だって、サリー役の人がすっごいハンサムで……」
「あはは! そうそう、背も高いし、眼鏡ないし、なんか台詞が全部キザったらしくて歌もうまくてさあ! そんでボク、ボクだよ! すんげぇセクシーお色気キャラ! いひひひひひ」
「そう! 僕も! 僕の役もさ、なんかマッチョでナンパなお兄さんになっててさあ! うはははははははは! 誰だよあれ! って! 」
「ぎゃははははははは! そうそう! キミがボクの手を握って『おお、こんなところに柳の木の精が……』って口説き始めたときの、隣のサリーの顔ったらさぁ! よくこれを本人に見せようと思ったよな! 」
「続編もあるかな? 」
「やるんじゃないの? あの感じなら」
「……あのな。あの悲劇を見て爆笑してるの、お前たちくらいだからな」
げっそりとサリヴァンは言う。
第九海層イェソド海にある、世界有数の歓楽街、サラム共和国。
人類裁定の旅がはじまってから十年近くが経ち、その旅の重要性を分かりやすく示しつつ、広く支援を呼びかけるため、このたび上映されることとなったのが、アトラス皇帝グウィンを主人公に据えた音楽劇である。
ひとつの国におとずれた悲劇と、運命に立ち向かうこととなった『選ばれしもの』たち、最初の冒険譚。そこに起きた奇跡を強調する物語は、観たものの涙を誘う内容となっていた。
「でもサリー、いい息抜きにはなったじゃない」
娘らしい扮装に身を包んだヒースは、上機嫌でサリヴァンの腕を取る。反対側の腕を取り、ジジも頷いた。
「息抜きついでに、おいしいもの食べて帰ろうぜ。明日からまた泥臭い人探しなんだから」
「あーあ、『太陽』。どこにいるのかなぁ」
劇場街の灯りは、夜の始まりを煌々と照らしている。
道行く人々は、世界を覆う『審判』の不安をいっときだけ忘れ、観劇のあとの心地の良い疲労感に酔いながら、夜の闇へと消えていく。
近代の学者たちは、ボクらの住むこの世界全体をこう呼称した。
『多重海層世界』。
この世界は球体ではない。例えるなら、数珠つなぎに連なる、長い長い砂時計だ。
空と、大地と、海の下にさらに空があり、大地があり、海がある。
『多重海層世界』とは、そんなミルフィーユ構造の世界を、端的に表した学術的呼称である。
伝説では、第1海層マクルトの空の果てには神々の住まう雲の宮殿があるという。
反対に、最下層の第20海層フェルヴィンの海の底には、果ての無い死者の国が広がっているのだとか……。
この、魔法使いサリヴァンを筆頭としたボクらの旅は、仲間を増やしながら、その世界の果てを目指して、語り切れないほど、まだまだ続いている。
どうか、あなたも祈ってほしい。
この物語のおわりがハッピーエンドでありますように。
【完結】星よきいてくれ 陸一 じゅん @rikuiti-june
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