第25話 『星』のアルヴィン

 アルヴィンは鐘楼の屋根に立ち、雲が増えはじめた空を見上げていた。


「”天にしらほし”

 ”地に塩の原”

 ”誓いは胸の内にある”

 ”指針が示すは、黄昏のふもと”

 ”声届かずとも、手は触れている”

 ”願いはどこと母が問う”

 ”捨てるべきは何かと父が問う”

 ”剣はすでに置いてきた”

 ”花は芽吹かずとも、喉を旅立つうたは枯れることがない”

 ”星よ きいてくれ”

 ”誓いのことばを”

 ”望みはひとつ”

 ”この足が止まろうとも”

 ”あなたが頭上で輝く夜が、続くこと”……」


 風の音がするだけで、何も起こらない。

「……だめかぁ」

 溜息とともに、脱力感がアルヴィンを襲う。サリヴァンとジジは、星の海でミケと会ったという。『詩歌』を口ずさめばどうかと思ったが、期待通りとはいかなかった。

 強風は、三日三晩続いた。

 それぞれ疲れた体を引きずって、あるいはその身体を癒すために、街中へ散らばっていった。

 この国の皇子たちは、『石の試練』で眠りについた市民を置いてこの国を去ることに迷いがあるのだろう。彼らに付いた語り部の魔人がいれば、互いに一瞬で連絡が付く。それをいいことに、長男であるグウィンをはじめ、次男のケヴィンと三男ヒューゴもまた、名残惜しむように、ふらりと祖国を取り巻く霧の中へと姿を消し、そして戻ってきたところだった。

「わあ、ここも青あざ」

「いてっ! 突っつくな! 子供か! 」

 ヒース・クロックフォードは愛機の整備もほどほどに、ベッドに座って身支度を整えるサリヴァンの隣に座ってにこにこしていた。

 サリヴァンは体のあちこちを癒すため、この二日ほどをベッドの住人として過ごし、起き上がったばかりだ。

 物資を探して戻ってきたばかりのヒューゴが、開け放たれたままの戸口からその様子を見て不思議そうに首をかしげる。

「あのふたり、やけに仲がいいよな」

 ちょうど後ろを通ったケヴィンが話題を拾った。

「……婚約者らしいぞ」

「へあ!? そうなの!? へぇえ~」

 腕を組んで「なるほどなぁ」と頷くヒューゴの頭をぽかりと叩き、ケヴィンはその襟をつかんだ。

「野暮なことしていないで、こっちを手伝いなさい」

「いててて! やめろって兄貴! 」


 ●


 グウィンは、横たわるモニカの冷たい手を握り、そっと口づけた。

「……かならず迎えに来るよ」

 扉に鍵をかけ、アトラス王家の紋章を掲げる。

 グウィンは皇帝を継承した。ならばここにいるのは、王妃モニカだ。

「ベルリオズ。そちらの首尾はどうだ? 」

「問題ございません。語り部であれば、崩落していても『本の墓場』にたどりつくは容易でございました。サリヴァンさまは、ダッチェスのことをおもんばかって、ともに来たいとおっしゃりましたが……こうなってしまっては、お断りして正解でございましたね」

 ダッチェスの銅板は、語り部たちの手で『本の墓場』へと納められた。

 サリヴァンは彼女の蓄えた魔力を使い切ることはなく、ゆえに、その輝きは失われていない。

 いずれ審判の旅のさなかで、ふたたびその魔力をあてにすることはあるかもしれない。

 そのために残せるものを残したのだと、サリヴァンは言った。

「お人よしでしょ? うちのご主人様」

「そのようですね。けれどあの物言いは、従者の影響のように思えます」

「言うじゃん。小僧のくせに」

 グウィンは微笑んだ。

「ふふ。あなたがまことに始祖の魔女の作だというのであれば、我々の長兄ということになりますね。どうですか? 服をそろいに改めてみるというのは? 」

 ジジは、きょとんと眼を丸くした。

「げぇ~! やだよ堅苦しい! ボクはこれが気に入ってるんだから」

「いいではないですか、お兄さま」

 ジジは帽子の下で、ベルリオズの皺だらけの顔をじろりと睨んだ。

「可愛げが足りない弟はいらないよ」

「ふふ、あはははは! 」

 船が飛び立つ。

 最下層、第二十海層キムラヌート海に浮かぶフェルヴィン皇国は、ふたたび冥界の霧に包まれた。

 冥府へ旅立った『女教皇』アイリーン・クロックフォードの帰還を待つことなく、一行は魔の海の先、第十八海層ケムダ海にある魔法使いの国、アストラルクス王国を目指す。

 雲海の上は夜だった。

 極彩色の星雲を眺めながら、『星』のアルヴィンは、黄金きんに変わった自分の瞳ごしに、無二の友のことを想った。父のことを想った。十八海層で待つ姉のことを想った。


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