第7話
ハンバーガーに挟まれている変な緑色をした野菜が、小さい頃から大嫌いだった。それを今、俺は10年ぶりに食べている。
雫月の話を聞いて、俺はどうすればいいのか全く分からなかった。男が怖い、ということは理解した。なぜ怖いかも理解した。話しにくそうにしながらも、雫月はちゃんと話してくれた……そして今、ハンバーガーを両手で持って泣いている。
昔、似たようなシーンがあるアニメ映画を観た。主人公の少女が大きなおにぎりを頬張りながら、とんでもない大粒の涙をぼろぼろと流すシーン。それにそっくりだ。
どうすればいい。俺は今、何をするべきなんだ。雫月は男が怖い。つまり、俺は雫月に触れられない。でも、雫月は今泣いている。苦しかった記憶を話して、辛くならない人間などどこにもいない。ましてそれがつい最近の出来事なら、もう終わったことだと割り切ることもできない。俺だって泣きそうになるような、理不尽な話だった。酷いと思った。だから当の本人である雫月が泣くことは、この場合はむしろ健全な反応なのだろう。
では、俺はどうすればいいのか。泣く人間を放置して今みたいにピクルスを口の中で舐め続けるか、下手くそな言葉で無理矢理泣き止ませるか、雫月のトラウマを無視して触れるか。最後の選択肢は自己満足でしかないから却下するが、1個目、2個目はどうか……どっちもできない。
分からない。俺には分からない。俺はあまりにも口下手すぎる。流れ続ける涙を押し込むように右頬に食べ物を詰め込む同級生を隣の席に置いて、大嫌いなピクルスを気まずさでどうすることもできず口に放り込む男。
それでも何か言わなければ。せめてこの口下手を謝らなければ、と思い口を開くが、雫月の方が早かった。
「ごめんね」
震える小さな声で呟く。濡れた大きな瞳が、怖がるように俺を見ていた。
「……なんでお前が謝るんだよ」
「気持ち悪い、話だから」
気持ち悪い。そう吐いた雫月を、少し信じられないような気持ちで見つめる。
苦しい。ただただ苦しい。ここまで必死で生きてきた雫月が、これからもこんな世界で生きていかなきゃいけないことが苦しい。雫月自身を表す過去を、雫月がなんの抵抗もなく「気持ち悪い」と言えてしまうことが苦しい。雫月はいつ報われるのだろう。雫月の過去は、いつ本当に「過去の物」として割り切ることができるのだろう。
「……ごめん、なんて言えばいいか分からん」
やっとのことで押し出した言葉はそれだけだった。雫月は勇気を出して話してくれたのに、俺はこんなことしか言えない。
申し訳なさで縮こまる俺を見て、雫月は微笑む。
「大和のそういうとこ、僕は好きだよ」
濡れた頬は確かに笑顔を型どっていた。嘘偽りのない、いつも通りの笑顔。
「あの時一緒にいてくれたのも、本当に助かったんだよ。嘘じゃない」
少し真面目な顔になって、俺と目を合わせながら話す雫月。その大きな目はいつの間にか涙を流さなくなったようで、俺は吸い込まれるようにしてそれを見つめる。この目で、幾度となく地獄を見てきたのだろう。
「触れられなくてもいい。口下手でもいいから、僕は大和にいてほしい」
ね?と首を傾げて笑った。
俺にこだわる理由は分からない。もっと聞き上手なやつはゴロゴロいるし、もっと言葉選びが上手いやつなんて大抵の人類は当てはまるに違いない。だが、今はそれでいいのだろう。雫月がいいと言ったんだから。
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