第9話

「大和、今日違う人とお弁当食べていい?」

 乾いた風が吹き抜ける教室で、俺は雫月から言われた言葉を反芻しながら弁当をつつく。一緒に弁当を食べない日は初めてだ。

 今日雫月が一緒に弁当を食べているのは、確か山崎とかいうクラスの陽キャ。何がきっかけで話すようになったのかは全く見当もつかないが、最近2人で話しているのをよく見かける。

 俺は山崎にどことなく不信感を持っていた。ペラペラと軽快に話すそのノリとは裏腹に、サッカー部やバスケ部ではなく剣道部に所属しているというギャップが人を惹きつけるのだろうが、そんなギャップを俺は認めない。理由は山崎の顔立ちが恐ろしいほど整っているからだ。顔が良ければ何でもかんでも良いように解釈され、本来は大したことない人間かもしれないのに原型を留めないほど美化される。雫月に関しては美化するまでもなく良い奴だから気にならないが、山崎のようなタイプはどうしても受け入れられない。きっと受け入れたくないだけなのだろうが。

 話しかけてくる相手がいないおかげでいつもより早く食べ終わる。手持ち無沙汰になった俺は、久々に図書室へ足を向けた。

 教室を出て廊下を歩く。いつもなら着いてくる軽やかな足音が今日は聞こえない。いや、ひとりの時間をもっと増やしたいと思っていたからこれで丁度いい。

(N1に行くって言ってたっけな……)

 図書室までの道の途中にある空き教室に少し目をやるが、あまり中が見えない。思わず中に入ろうとしてしまったところで、慌てて軌道修正をする。目的地はここではなく、図書室だ。どのクラスも使っていないN1教室、通称N1の前の廊下を歩くと、N1の廊下側の窓が不意に開いた。

「大和ー」

 ひらひらと俺に手を振る雫月。

「おう」

 適当にあしらってそのまま通り過ぎてやろうと思ったのに、意に反して足が止まる。俺はとことん弱い。

「お昼もう食べ終わったの? 早いねぇ」

「話しかけてくる奴がいなかったからな」

 突き放すように言うと、雫月はわざとらしくしょぼくれた顔をする。

「じゃあこれから山崎くんと食べるようにするね。邪魔になっちゃうなら……」

「それは違うだろ」

 ふざけていると分かっているのに、反射的に否定してしまった。雫月に操られている。

「山崎は? 戻んなくていいの?」

 雫月があのわがままそうな陽キャをひとりでほったらかしているのでは、と考えると空恐ろしい。しかし、雫月は笑って頷く。

「山崎くんの愉快な仲間たちが沢山集まってきて、僕いなくてもよさそうだったから抜けてきちゃった」

 教室の中を遠巻きに覗くと、確かに山崎に加え錚々たるメンバーが集まっていた。インフルエンサー紛いの事をしているバスケ部、鬼のような顔面の生徒指導にタメ口で絡む帰宅部、小5から今日まで彼女が途切れたことがないらしいバレー部。特筆すべきエピソードがない奴も加えると、10人近くいそうだ。この輪の中にいた雫月を想像すると苦しくなってくる。

 それにしても山崎は、と思う。味の濃すぎるメンバーがこんなに揃っているのに、なぜよりによって雫月を誘ったのだろう。ガヤガヤした空間が好きなら、雫月と一緒にいるのは特別楽しいとも思えないはずだ。たった1人雫月だけを誘って、他に人が沢山いる普通教室ではなくあまり人がいない空き教室を使う。いつもは教室や他のクラスに大人数で集まって食べているのに。

「あー……山崎大丈夫そうなら、一緒に行くか? 図書室」

 ほったらかしにされているのは山崎ではなく雫月で、誘われて2人で食べていたのに弾き出されてしまったのだろう。山崎の方を見ると、輪の中心で普通の顔をして弁当を食べていた。

「いいの? じゃあ行っちゃおうかな」

 雫月が窓から離れ、ドアに向かう。廊下で合流して一緒に歩き始めようとすると、教室から声がした。

「雫月、どっか行くの?」

 山崎だった。教室から出る訳でもなく、座ったまま声を上げていた。

「大和と一緒に図書室行く!」

「おー、いてらー」

 ぱらぱらと互いに手を振り、今度こそ歩き始める。

 雫月のことなんて見ていないと思ったのに、案外目に入っているものなのか。勝手に引っ張り出してしまったことに少し罪悪感を覚えるが、恨むなら愉快な仲間たちを恨んでほしい。

 廊下を歩き始めようとした瞬間、目の端に少しだけ映った山崎の表情を、俺は知らないふりで誤魔化した。

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