第2話

 雫月がクラスに来てから1ヶ月が経った。持ち前の甘いマスクと表情筋、コミュ力、知識、運動神経等々を使って人脈を広げた雫月は、既に俺よりも多くの友達を持っていた。それなのに何故か雫月は俺から離れることなく、隣の席だからと言って一緒に昼食を食べている。

 今日だってそうだ。

「大島、今日一緒に食える?」

「ごめん、大和と一緒に食べるから」

 その申し訳なさそうな顔を見ると誰も無理強いできないのか、どんなに強欲なやつもすごすごと引き返す。

「別にあっち行ってもいいよ」

 隣の席に座る雫月に言う。言葉にしてしまってから少し後悔した。突き放すような感じになってしまったのではないか。

「大和は嫌?」

 何気ないふうに聞かれるが、その質問が雫月にとって何か特別な意味があることは分かった。そのせいか、いつも通りミニトマトを口に運ぶ横顔から目が離せない。

「別に嫌じゃないけど……つまんなくないかなって」

「つまんなかったらここにいないよ」

 自己肯定感低すぎー、と雫月は笑った。それと同時にさっきの不思議な空気も解け、俺も弁当に箸を伸ばす。

 今日の午後は体育祭準備だ。正直めんどくさい。バレー部の割に運動ができないし友達も決して多くない俺にとって、学校のイベントはことごとく無駄な時間でしかないのだ。メリットと言えば勉強をしなくていいことくらい。

「今日の午後のくじ引きでクラス対抗リレーのレーンが決まるんだよね? ちょっと緊張するかも」

 夏休み明け3日後の体育で行われた100m走測定。陸上部やサッカー部が何人もいるから、リレーメンバーに選ばれそうな人は予測がついていた。そして本人達もその自覚があった。だが、雫月の規格外の足の速さでその予測は外れ、中学から陸上部で短距離走を続けてきた女子が補欠に降格した。哀れだ。

「雫月第一走者だっけ?」

「ううん、アンカーだよ」

「ならいいんじゃね」

 レーンの優劣とかよく分かんないし、と付け足すと、雫月は少しいじけたような顔をする。

 雫月からしたらきっと第一走者の走り出しは重要で、俺のような外野がとやかく言えることでは無いんだろう。それでも俺は、雫月が背負いすぎているような気がしてならない。

 この学校に来てわずか1ヶ月。他県からの転入生だからこの学校の様子や体育祭の雰囲気を全く知らないはずだ。また、元々通っていた高校は超がつくほどの進学校。なぜそこを辞めてこの平々凡々な高校に来ることになったのかは見当もつかないが、雫月の様子を見るに学力の問題では無いだろう。例えばクラスでいじめがあったんだとしても、校内でのいじめから逃れるためにわざわざ他県に引っ越すというのは少し考えにくい。それもこんな早い時期に。

 色々考えてもやはり理由は分からないが、何かしら複雑な問題があってここに来たんだろう。そんな状況で1か月前に生活を始めた地で、なぜ人前で走らなければならないのか。なぜたった1か月前に初めて会った人間達の代表をしなければならないのか。俺だったら耐えられない。なにか少しでも雫月の気を楽にできることが言えたら、という一心で適当に返事をしてみたが、上手くいってるとは思えない。

 レーン決めのくじ引きまで、あと40分。

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