第4話
雫月の過呼吸が収まったのは、数十分経った頃だった。夏とも秋ともつかないような中途半端な色をした空が、少しずつ色を変えていく。
「……色々、ごめん」
まだ少し低い声で雫月は言う。俺は黙って首を振る。明るいやつがずっと明るいままであるという保証はどこにもない。重量に差はあれど、誰も想像できない過去を持っている人間は多いだろう。
「今のうちに説明できたらいいなって思ってる、んだけど……」
そこまで言うと、雫月は不意に立ち上がった。
「須山先輩!」
先程までとは全く違ういつも通りの声で、雫月は通路の入口側に声を飛ばす。それにつられて俺もそっちを見ると、バスケ部の2年生がこちらを覗いていた。
「おぉ、ごめん気付いてた?」
「すみません、ちょっと話し込んじゃってて……もう部活準備始まってますか?」
「まだだけどそろそろだよ。でもまぁ体育祭後だし今日は緩めだと思うから、ちょっとくらい遅れても平気。2年生なんか俺しか来てないし」
気さくに声を上げるが通路には入ってこない。雫月がたまに言う「須山先輩」は、この人なんだろう。
「えー、でも準備行きますよ。先輩もちょっと手伝ってください」
「はいよー。秒で終わらせようぜ」
持ち前の愛嬌で先輩とも上手くやっているのか、雫月は人懐っこい笑みで須山先輩の方は歩く。
「ごめんね大和、また時間作るから」
その言葉を残し、雫月は体育館へ向かった。
「元バスケ部エースの男子マネージャー」。そんな肩書きを背負っている高校生を、雫月以外に見たことがない。雫月は小中高とバスケを続けていたらしく、この学校の男子バスケ部にも雫月を知っている人が何人かいた。特に前通っていた青尚高校は文武両道で有名な高校で、女子バレー、サッカー、剣道、吹奏楽等々優秀な成績を残す部活は多いのだそうだ。そして、その中で最も名が知られているのが「青尚高校男子バスケットボール部」。難しいことはよく分からないが、164cmという身長でありながら幾度となく試合に出ていた、らしい。
そんな雫月が、なぜ選手ではなくマネージャーなのか。俺も気になって聞いてみたことがあるが、「うーん、まぁお金かかるからね」と苦笑いされた。金銭面の話をされると、どうにも深入りしにくくなってしまう。
実際に金銭面に問題があるのかもしれないが、違う場所に理由がある可能性もある。元々は雫月の話を信じていたが、今日の出来事で何となく嘘をつかれていたような気がしていた。
そして、先程雫月が言った「また」とは、いつのことなのか。本当にその時は来るのか。別に来なくてもいいが、知らないまま一緒に過ごしてもいいことは無い。上手く流れで逃げられたような気がしなくもないが、この件に関しては雫月を信じて待とうと思う。
立ち上がり、体育館裏を後にする。横目で覗いた体育館の中では、雫月と須山先輩がコートにモップをかけていた。
「てか大島、足速くね? クラス対抗リレー断トツだったじゃん」
「見てたんですか? やめてくださいよ」
「いや、そりゃ同じ団なんだから見るしかないって。なんであんなに速いの? 俺結構ビビったんだけど」
「うーん、なんでって言われても……あ、中学の時毎朝遅刻ギリギリで学校までダッシュしてました」
「うわガチか」
「嘘です」
仲睦まじげにやいのやいのと雑談する2人。すっかり回復した様子の雫月に安堵して、俺は駐輪場へ向かった。
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