遠洋漁業

闇島

遠洋漁業

まだ排他的経済水域が制定される前のこと

遠洋漁業で稼いでいた叔父が体験した話


その日は快晴で海も穏やか

網を揚げれば網いっぱいに魚が穫れ

珍しいくらいの大漁だった


叔父がせっせと自分の作業を行っていると

網を揚げていた船員達が騒ぎはじめた


気になって作業を中断しその場へ向かうと

網に白い巨大な生き物が引っかかっていた


鯨か?それにしては形がおかしい

ダイオウイカにも見えない


甲板にその生き物を下ろすと、大きさは約4メートルほどあり、

かなり巨大な生物(いきもの)だった


特に不気味なのがその姿だ


身体の表面に鱗はなく皮膚のようなもので覆われており

皮膚の見た目はイルカに近いものだった

頭の部分は何かに食いちぎられているのか、欠損している


胴体には二本の腕のようなものが生えており、骨格はまるで人間のようだった

また腕の先は水かきのある手のような形をしている


下半身に足は無く、鯨のヒレのようになっていた


船員は皆口々に


『これ、人魚じゃねぇか?』と言いだした


確かに全体のフォルムを見れば、

白イルカに腕を取り付けたような生き物であり、人魚を彷彿とさせた

顔が食いちぎられているのが更に想像を掻き立てる


『しかし、なまら臭いな』


人魚の身体からは強烈なアンモニア臭が漂っており、吐き気を催すほどだ


『どうすっべ?これ?』


船員が言うと、船長が


『こんな臭いもん持って返っても一文の得にもなりゃしねえべや、投げるべ』


と人魚の死骸は海に返すこととなった


ふと、船員があることに気づいた


『この人魚、なんか腹がふくれてないすか?』


よく見ると確かにお腹の部分がぽっこりと膨らんでいた


『コイツ、妊娠してんじゃねぇか?』


船員は包丁を持ち出し、腹を裂いてみると・・・

中から小さく真っ白な人魚の赤ん坊が出てきた

だが顔は人間のそれとは全く違った


頭部は三角形の形をしており、先端に鼻腔がある

目と口は人間に近い位置についている


『おい、村上、狭山、加藤、早く投げるべ、それ』


赤ん坊を見ていた船員達を他の船員が呼んだ時、

人魚の赤ん坊の目がパチッと開いた


そして


『ムラカミ、サヤマ、カトウ』


と人間のような声を発した

驚いた船員は赤ん坊を海へ投げ捨て、急いで人魚の死体も海へ還した


その後は何事もなく船は漁港へと帰ったのだが

それから数日後、村上、狭山、加藤が体調不良で休むようになった


なんでも陸に上がってからまるで船酔いのような気持ち悪さと

身体が揺れている感じがしてマトモに食事もとれないそうだ

いわゆる陸酔い(おかよい)というやつだろうか


三人は日に日に痩せ細り、肌も白くなっていき

身体からアンモニアのような異臭がするようになっていた


『船の上の方が船酔いしない』

と言い、一晩中揺れるボートの上で三人で寝ていることもあった


三人の異常な様子に周りの船員は病院へ行くことを勧めたが、

『自分たちは大丈夫だから』と、病院へ行くこと・・・

というより海から離れることを拒んでいた


そしてある日、村上、狭山、加藤の三人は失踪した


三人の捜索中、漁港に取り付けてあったボートが

一艘無くなっているのを発見し船員達は察した


『加藤達は連れていかれたんだ』と


あの日、吊り上げてしまったものは、きっと海の神様かなにかで

加藤達はその海の何かに魅せられてしまい、

海の奥底へと引きずり込まれたのだ


それ以来、船員たちの間でこの話はタブーとなり、

話題にすることもなかった。


「海には触れてはならんものがいる」


叔父はこう締めくくった


海の底には一体なにが潜んでいるのだろうか

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遠洋漁業 闇島 @yamijima

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