第18話 大切な人へ
それから、司と、その場に慌ててやってきた美里が手を尽くしたが、イジの熱は下がらなかった。天龍の因子が削除されたことによるプログラムの不具合とみられる。落ち着いた莉桜が守に助言を求めようとしたが、こんな時に限って通話が繋がらず、八方ふさがりの状態であった。
こんな結果は読めなかったし、誰もが認めたくなどなかった。
しかし、事実として、イジが目を覚ますことはもうないだろうという美里の技術者としての結論だった。
ひと月の月日が、瞬く間に過ぎて行った。
司はラグナの度重なる不祥事と隠してきたあらゆる証拠を公表し、本社を摘発した。それでもラグナの上層部は、形を変えて支社に人事をやつし、アグリノーツの運営自体もその支社に受け継がせる形で継続を決めた。さすがにプレイヤーのゲーム離れは避けられなかったが、この会社の事だ、またのらりくらりと躱して元の勢いを取り戻していくのだろう。そして、また誰かが犠牲になるのだ。
あれから何度かけても通話に出なかった守は、どうやら獄中で自殺を図っていたらしい。ついには意識不明の重体となって警察病院に担ぎ込まれ、そのまま目覚めることはなかった。彼も、アグリノーツ遺児の計画にすべてを捧げる算段だったのだろう。
亜久里は、ラグナのこれ以上の暴走を内部から防ぐために、司と美里と共に引き続きアグリノーツを続けながらこの会社を監視していくことにしたらしい。元々が規格外なアバターとその担い手たちだ。守という頭を欠いて力を落とした今のラグナならばうまく御していくことが出来るだろう。
その後、莉桜を警察に引き取りに現れた真琴は、珍しく涙を流していた。彼女にしてみれば自分の手の届かないところで何もかもが終わってしまったことがやりきれないのだと思う。しかし彼女らしく、現在は立ち直ったそうで、ラグナのみならず国の暗部も丸裸にするために捜査に奔走しているらしい。
そして、獄中の人となった莉桜のもとに、間を置かずして現れたのは、テンジンを伴った空だった。イジの体を組成していたナノマシンのプログラム構造を転写し、空の為に完全に人工の、精巧な心肺を提供する。それが今回彼女らが企んだ計画だった。
経過は順調とのことで、空は日に日に元気を取り戻している。その姿を見て、莉桜もようやくあの張り付いた笑顔ではない顔で笑うようになった。
湊と日向は、なんとなく今もアグリノーツを続けている。
「日向、援護お願い」
「あいあい」
もはや惰性のようになってしまったエネミーとの戦闘。ゲームシステムにもこの所飽きてきたし、大きなアップデートもないから、一度特等エネミーの討伐まで可能とした二人にしてみれば退屈そのものである。
それでも、なんとなくそこを去りがたくて、二人は今日も、イジと歩いた狩場に赴く。
「みなと、ひなた」
聞かなくなってそれほど経っていないのに、ひどく懐かしい声がして振り向くと、指向性をもって渦を巻くナノマシンの流れの中に、ぼんやりと少女の姿が臨まれた。
「イジ」
「イジちゃん」
駆け寄る二人の腕からすり抜けるように、イジの蜃気楼は近づいては遠ざかる。
「あのね、ふたりといっしょにいたじかん、すごくすごくたのしかった」
「もっといっしょにいたかった」
「みなとのごはん、もっとたべたかった」
「だけど、わたしがいたらまたわるいひとたちがわるいことをしようとする。だから、きえるね」
「ごめん。ありがとう。おかあさん」
私たちは、きっと、目に見えないものでつながっている。だから、一緒にいられなくなっても、例え姿が見えなくなっても、もう二度と笑顔が見られなくても。
「笑って」
間もなく相も変らぬ蒸し暑い春が来る。そして、私たちは、それでも。
アグリノーツ・ネクストステージ 山田 唄 @yamadauta
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