第17話 欠陥品な僕らは

 刺突の構えから一瞬の間も置くことなく、莉桜の武器が眼前に迫っていた。凄まじく早い突き。しかし、前に立ちふさがって体でガードする日向とは対照的に、湊はイジを抱きしめたままであった。

 莉桜がため息を吐きながら攻撃を中断し、とんとんとバックステップを刻むのを、ただ静かな目で見つめる。


「ここに来てやる気を失くされると困るね。それとも抵抗する気がないのかな?」

「わかっているだけです」


 警戒が解けない様子の日向の前に、自ら歩み出てイジと共に心臓部をさらす。


「莉桜さんも、ただ寂しいだけの人だって」

「くだらない問答に時間を割く気はないんだけどね?」

「あなたのその目を、私たちはよく知ってる。一人になりたくないのに、それでも一人を選ばざるを得ない人の目です」

「…うるさいなあ」


 表情はいつものように軽薄な様を取り繕っていたが、声はごまかせなかったらしい。その震える声音に気づいた本人が眉を顰める。

 珍しく狼狽した様子を見せた莉桜は、しかし振り払うように舌打ちをして再び武器を構える。


「で? だから? 君たち程度の人間に理解されても嬉しくもなんともないね。それとも、君たちなら私の寂しさとやらを晴らせるとでも…」

「晴らしたいと、思ってるんです」

「…そろそろ黙ろうか」


 その初めて見る形相に、日向が息を飲むのが解った。凡そ人間のモノとは思えない、深い深い憎悪と絶望。悲哀と失意。それらがないまぜになった、真っ黒に沈んだ表情。


「君たちがいくら私の事を理解したくとも、無理だね。だって君と私は違う人間だから。痛みも共有できない、幸せすら本当には分かち合えない。それが人間だ。最初から欠陥品なのさ。だったらもう戦うしかないよね」


 左腕の武器をこれ見よがしにちらつかせながら、一歩一歩こちらに歩みを詰めてくる。

 真っ青な顔の中で口を引き絞って、構える日向。後ろから歩み出てきた亜久里も、臨戦態勢を取る。

 それでも湊は、なおも直立した姿勢のまま、前に出る。


「莉桜さんは、本当に戦いたいんですか? 傷つけ合いたいんですか? …本当は、守りたいんじゃないんですか?」

「だから、君なんかに私の気持ちは…」


 そこに、駆け寄ってくる者があった。


「莉桜」

「司…」


 さすがに取り繕えなくなり、大きく顔を歪ませる莉桜。その隙を逃さなかった。湊とイジが、莉桜に駆け寄り、その身を抱きすくめる。


「ただ、失いたくなかっただけでしょう? だったらそれを伝えなきゃ。どんなに痛くても、傷ついても、伝えなくちゃいけないんです」

「おねえさん、わたしは…」


 小さな体に似合わぬ力で莉桜を抱きしめ、イジは言葉に力を籠める。


「わたしは…おねえさんにごちそうしてもらったごはん、おいしかった。おねえさんとたくさんおはなししたい。たくさんいっしょに、もっと、あそぼう…よ」


 その力がゆるみ、イジがその場に崩れ落ちる。慌てて体を受け止めた湊に、駆け寄ってきた日向がイジの額に触れ、うっとうめいた。


「すげえ熱だ…」

「すぐにサーバルームに運んで。処置するよ」


 司が慌ててイジを抱き上げ、歩き去ろうとして、振り返る。


「莉桜もおいで。全部終わったら一緒にご飯食べよう」

「でも…」

「どうせちゃんとしたもの食べてなかったんでしょ。あれからすごく痩せた」

「でも…私は…」

「いいから来なさい。全部聞いてあげるから」


 その言葉に、最後の糸が切れたのだった。莉桜が膝をつき、肩を震わせ始める。イジを抱いて司が立ち去った後も、その震えは止まることなく、やがてその人は、大きな声を上げて泣き出すのだった。


「まったく…」


 アバターを解除した亜久里の腕の中で、同じくアバターを解除した莉桜は、子どものように泣き続けた。ほっと息をつく日向と、ちょっと笑った湊は、二人を残して司の後を追う。その背中に、覆いかぶさるように莉桜の懺悔が響くのであった。


「ごめん…ごめんね…」


 その日もうだるように暑い、日差しの差す日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る