第4章 天龍
第16話 特等エネミー
『特等エネミー、”天龍”。戦闘開始!!』
相も変わらず、厳しい日差しが降り注ぐ、蒸し暑い日だった。
携帯端末にインストールされたアプリが高らかに告げ、そうして幕が切って落とされたのであった。
屋上にてそれぞれの武器化した部位を構える二人の足元から、まばゆい光が天空を裂き、それが徐々に龍の姿を取ってとぐろを巻き始める。
『さて、今回の要点だ』
アプリから司の昂った声が聞こえる。
『以前の莉桜対天龍のデータを解析したけど、こいつのヒットポイントは果てしない。すべてを削りきるのは一介のプレイヤーには無理だ』
「つまり、莉桜さんと同じ方法で戦えば良いわけっすね」
『そう。狙うべきは心臓部。おそらくそこがクリティカルヒット部位でもある』
「分かりました、よし、日向っ、援護お願い!」
大きく踏み込み、天龍の浮かぶ中空まで跳ぶと、かすかに笑った様子のエネミーは巨大な体をうねらせ始める。
そこに日向が弓を引いた。
『アクティブスキル、”空雨”。ブート』
幾筋もの矢が弧を描いて飛散し、天龍の体に点々と突き刺さる。その矢、一本一本を足場に、湊は天龍の体を駆け上っていった。
「返せ」
『アクティブスキル、”天月”』
「返せ…」
『アクティブスキル、”乱月”』
「私たちの日常を、返せッ」
『コンボスキル、”荒城の月”。ブート』
喉から絞り出すような雄たけびを上げながら、右腕に散るエフェクトを巻き込むように叩き込んだ。天龍の体、心臓があると思しき部位が大きく抉れる。
苦しげに悲鳴を上げる天龍の体が、次の瞬間強く発光した。
「湊…っ」
突然のエネルギーの放流によって吹き飛ばされた湊の体を、日向が受け止める。天龍はつぶさに輝きの増したその肢体をくねらせ、二人に向かって尾を伸ばした。
すんでのところでそれを避ける。
しかし先ほどのエネルギー波から来る衝撃だけでも相当なもので、二人は屋上の外へと飛ばされ、それぞれビルに強く体を打ち付けるのだった。
「く…そ…っ」
「解ってはいたけど…簡単にはいかないか…」
一撃必殺に賭けるつもりであった。エネミーの体制が整う前に勝負をつけるのが手っ取り早いと思えたし、むしろそれくらいしか攻略方法は思いつかなかったのだ。失敗した今、圧倒的に分の悪い戦いを強いられていた。
相変わらずエネルギー波を発しながら、天龍がこちらに距離を詰めてくる。日向がスキルの連撃でいなしてはいたが、たいして効いているようには見えなかった。
また、失うのか。
また、なすすべもなく奪われるのか。
そんな思いが二人の胸をよぎる。
「諦めるのは…まあ…いつでもできるからね…」
そこに光の弾が降り注いだ。
「これは貸しにしとくよ…」
視界の端から光弾を見舞った亜久里のアバターが、二人の前に立ちふさがるように降り立つ。
そしてまばゆい輝きを放った。
『パッシブスキル、”光爛”。ブート』
「行きな…一人でダメなら…二人で…」
言われるまでもなく、二人は駆けだしていた。
直線的な動きで周囲の障害物を蹴って飛翔し、最短距離で天龍に迫る。亜久里がまた光弾をいくつか発して、天龍の前に弾幕を作った。
エネミーの眼前に迫る二人が、捧げるように両の手を差し出す。
『ユニークスキル、”月穂の雨”。ブート』
その腕が天龍の体を抉り、鱗にまみれた少女を抜き出すのだった。
「…イジちゃんっ」
「イジ…」
天龍の光が遠のき、やがて周囲はいつものオフィス街に返っていく。そこに、二人に抱きかかえられたイジが、小さくせき込む声がしんしんと響いた。
「みなと、ひなた」
「大丈夫…?」
「気分はどうだ?」
「あったかい、きもち」
弛んでいく三人の空気とは対照的に、傍で突っ立っていた亜久里の瞳が冷めていく。
湊と日向がそれに気づいて彼女の視線の方に目をやると、そこに、その人の姿があった。
「莉桜さん」
「お疲れ。どうやら最後のピースが埋まったようだね」
相も変わらず爽やかに笑って見せると、その人は自身もアバターを纏う。
「AI”アグリノーツ”、そしてAIアグリノーツ遺児…これらを完成させるためには、最後に愛を学習させる必要があったわけだ」
その武器化した左腕を、三人に向ける。
「つまり、時は成った。私のほしいモノを貰っていくよ」
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