第15話 最後の晩餐
静かな夕暮れの事だった。今日も狩場で思うさま戦闘を繰り返し、帰途に就くと、先に自宅に帰っていたらしい日向が少し怖い顔をして出迎えた。…やはり湊が単独行動に出ていることをよく思っていないと見える。
心から申し訳なく思いながらも、ついいつもの癖でへらへら笑って「ただいま」と言うと、日向は大げさにため息を吐いて湊を手招くのだった。
「ん? 何この匂い…」
「いや、それがな」
もごもごと言い訳を練り始める日向をよそに匂いの元、居間のテーブルの上を見ると、なんとも形容しがたい真っ黒な塊が皿の上に山と盛り付けられ、丁寧にラップがかけられている。
「イジと一緒に作ったんだよ、いつも湊に作って貰ってばっかで悪いなって思ってさ。でも、どうにもうまくいかなくて」
「…そうなんだ」
突然の事で、どういう顔をすればいいか解らなくなった。自然と漏れた言葉は肯定も否定もせぬもので、日向が居心地悪そうに身じろぎする。
確かにこの料理とも言えないものの出来は、失敗と言うしかない。
それでも、湊は不思議と自然な仕草でテーブルにつき、それを食べ始めていた。
「あ、無理して食わなくていいから。私とイジも食おうとしたんだけど、一人前も消費出来なくて、だから」
「美味しいよ」
ああ、そうか。と、知らず知らずに納得していた。
湊が作る料理を、イジがいつもひどく美味しそうに平らげる理由。それを見て、自分の心に満ちていく温かいものの正体は。
「ほんとに無理しなくていいからさ…」
「そんなことないって。すごく美味しい」
「ん…」
珍しく言葉に詰まり赤くなる日向を見ていると、今までどこか胸の内にぽっかりと空いたようだった穴が埋まっていく気がした。先ほどから小さな寝息が聞こえていたが、そちらに視線をやるとソファベットの上でイジがぐったりと横になっている。
「…さすがに疲れたみたいだ。人の為に料理を作る、なんてイジにとってみりゃ一大事だろうからな」
「だよね。私も初めてイジちゃんに料理作るときは緊張したもの」
「そうなのか? 湊はなんでもすいすいってやっちゃうイメージあったけど」
「それは私が日向に抱いてる印象だよ」
「そんなことはねえだろ…」
互いに目を合わせられなくなりうつむく。
そこに、イジの「控えおろう…」という寝言が割って入り、さすがに噴出した二人だった。
「ごめんね、最近一人で戦っちゃってて」
「いや、こっちこそ、こんな時に湊の事ちゃんと支えらえなくて」
「そんなことないよ」
私は、日向がいてくれるから…。その思いはさすがに言葉にできなくて、湊は代わりにへらへらと笑うのである。いろんな不都合をごまかして、それでも温かいものを相手にも返したくて。
そして日向もまたいつものようににやりと人の悪い笑みを漏らし、二人の間に普段の空気が満ちていくのだった。
翌日、都内某所に設けられたサーバルームで、湊と日向は司と向かい合っていた。すぐ隣のベッドでは、種々のプラグを取り付けられたイジが、心持ち窮屈そうに横になっている。
「さて、今日まで準備してきてもらったことの総決算だ」
さすがに緊張を隠せない面持ちの司は、手元のタブレットでチェック項目を順次マークしながら、同期したサーバとそれに繋がれたイジに走るプログラムを目で追っていく。
「一応、莉桜の横やりが入らないようにここの屋上を解放したけど、おそらく情報は兄貴伝手に筒抜けだと思う。邪魔が入るのはまあ、確実だね」
「大丈夫です。私たちもこの数週間ただぶらぶらしていたわけじゃありませんから」
「だな。やれることはやった。後は結果をもぎ取ってゲームセットだ」
「その意気だね」
ふっと笑うと、二人にサーバに続くプラグを手渡す司。
「些細な手助けだろうけれど、僕からの支援。アグリノーツ・ネクストステージ用の拡張パックだ。君たちのアバターを多少強化してくれると思う」
二人がアバターを纏い、うなずき合ってから屋上に向かうのを、眩しそうに見送った。
「…莉桜。きっと、救われる。君も、僕も、みんなも」
小さく囁いて、コードを実行し始める。発熱して汗を掻き始めるイジのその体から、いつかのように光線がほとばしり、それがサーバルーム一杯に満ちていった。
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