第14話 孤独
『アクティブスキル”雛月”。ブート』
最後の一撃で消し飛んだエネミーの核を前に、湊は今日何度目かの吐しゃ物を道端にぶちまける。明らかに自分を気遣う日向や、こちらに悲し気な目を向けるイジを伴う事に疲れ、ここ数日は単独行動である。してみると、案外一人でいることが楽であることに気づき始めていた。
学校に行けば沢山の友人に囲まれる湊だ。幼いころに父を亡くし、心を壊した母と離れて暮らすようになって、友人たちの声を、姿を望む傾向は特に強くなっていた。
イジと出会う前、家で一人で食事を作っていると、あまりの虚しさに包丁を床に叩きつけたくなった。一人でもそもそと食事をとり、その皿を洗い、乾かし、洗濯や掃除も自分でこなす。
一体自分などのような人間が生きるためだけにどれだけの労力が必要なのだろう。
自分が家事を行うことなどそもそも些細なことであり、この口に入る食べ物も、身を包む衣類も、今自分を照らしている電灯の電気一つ一つにまで、人があくせく働いて築き上げた苦労と文化が詰まっている。
…自分が、自分などが、そこまで多くの人たちのもたらす恩恵を受けるに、本当に値するのか?
高校一年の頃に独り暮らしを始めてから、頻繁に夜中に目が覚める。
大抵が悪夢を見て飛び起きるもので、荒い息を吐きながら自分の隣に誰もいない苦痛に喘いだ。
そうだ。自分が与えられる為には、自分も人に与えなければいけないんだ。
そう思った矢先、学校で一人ネットにいそしむ日向の姿が目に入った。
地味な少女だった。髪も大して気を使っていない風に短く切って流していたし、アクセサリーの類ももちろんつけていない。その割にほのかな品がある。
気になり始めると止まらず、つぶさに彼女の事を観察した。そして、気づいた。彼女も実は寂しいのだという事に。
それから勇気を振り絞り声をかけると、また気づく。こんな風に、穏やかな顔をして笑うのだという事。ネットが好きなのは煩わしい事に振り回されたくないからだという事。でも本当は、友人の為に煩わされることには、さほど抵抗を示さないという事。
彼女を通して、世界が久しぶりに色づき始めていた。
そんなときに日向自身から、一緒にアグリノーツをプレイしようと誘われた。
だから、このゲームも、イジも、自分達二人の絆そのものなのだ。もう二度と、誰にも奪わせない。
『敵影接近。間もなくエンカウントします』
単調に告げる電子音に応え、携帯していたペットボトルの水で口をゆすぐと、アバターをリロードする。
「待ってて。イジちゃん。日向。私は…」
誰にも聞かせられないその言葉を、エネミーの放つ攻撃音がかき消す。
「もう一人になりたくない。だから」
『テンジン君、そっちの進捗はどう?』
通話相手の確認の声に、彼ははっとして頭を低い天井にぶつけた。実に綺麗な流れである。
通話相手、司は、一部始終を目撃してしまった気まずさに息を飲む。
「辞めてくれまス? 笑ってもらったほうが気が楽だ…」
『あ、ごめんね』
まあ真面目なだけがこの得意先の取り柄だからな、と思い直し、テンジンは目の前のモニターに視線を流す。一般人が見ても一行も理解できないであろう文字列が、何万行と走っている。
テンジン自身もプログラミングは学校でかじったものが全てであったから、その詳細までは解らない。しかし今の宿主の命が、このプログラムにかかっている。サングラスを外して普通の眼鏡に架け替えた奥の細い目で、その文字列を丹念に検証する。
「ホントにそんな計画が実行可能だと思いまセんでしたね。もうとっくに諦めてまシたよ、あっしゃあ」
『僕も空から計画を聞いたときはまさかと思った。理論上可能ではあるけれど、そもそも前例がない』
「上手くいくかは五分と五分ってとこっスか」
『だね』
まあでも、と前置きして司は続ける。
『この計画だけじゃ100%とはいかない。やっぱり僕が走らせていたプランも並行して準備していくことになる』
「忙しくなりまスね」
『ここでゲームで鍛えた肉体の出番ってわけさ』
「正直それを聞くと不安になるっス」
『なんでさ』
こんな時ですら冗談を言えるこの青年の胆力は、実は相当なものなのだろう。自分は気遣われる側なのだな、今回も。
そんなことを悟られぬように考えながら、テンジンは今日の食事である携帯食を口に放り込む。
妹が死んでから、まともな食事が取れぬようになった。食べても大抵すべて吐いてしまう。生きることを体が拒絶しているのだろう。
(それでも、自分を頼りにしてくれる人が居る限りは、頑張らなきゃなりまセんね)
夜が更けていく。
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