第93話 魔王アウラ

 脚の生えた山状のベヒモスは、中心部分に隕石でもぶつかったかのように巨大な大穴が空き、構造を維持することができず崩れ落ちる。

 それだけでも土砂崩れのごとき状態となったが、じきにそれも収まり、すべてが終わった。


 よし、霊魂研究所は――いや、生命の泉は破壊した。

 あとは全魔船を叩ければ奴らの最後の砦はなくなる。

 そうなればもはやこの世界の人族を絶滅させるなど容易いことだ。


「ミュリナ!」


 背後から声がかけられ、ゆっくりと振り返る。


「ミュリナ! 戻って来い! ベヒモスはもう倒した!」

「……勇者タカネ。久しぶり、というべきかしら。前にあなたと戦ったときは魔王ゼガの体だったけど、こっちの方が――魔王ミュリナの体の方が強そうだわ」


 右手にフォトンセイバー、左手に杖を構える。


「お前……。乗っ取られちまったのか。魔王アウラ、その体をミュリナに返してやってくれ。頼む」

「あら、あなた私のこと知ってるんだ」

「知ってるさ……。初代魔王アウラ。向こうから逃げて来た人族を快く受け入れ、保護した魔族の王」

「ああ、その通りだ。なのにあいつらときたら、裏切って、奪って、殺して。あなたも最悪だと思わない? 別に報復したっていいだろう?」

「気持ちは……わかる。だがミュリナは関係ない! だからっ、頼む! そいつの身体を返してやってくれ。お願いだ」

「勇者タカネ。この七百年間で魔王となって見聞きしたあなたに関する情報からするに、たしかにあなたは私を理解しようとしてくれている。けどね、この大地は元々魔族のものよ。人族だの魔物だのなんてのは存在しなかった。それを受け入れてしまったのは私よ。その責任を取るべきは私だと思っている」

「人類も大変だったんだ。向こうの世界で神人が暴れ出して、何十億といた人類はほとんど全滅しちまった」

「だから裏切っていいと? 魔族を虐殺し、あまつさえ、さっき私がぶち壊したベヒモスには億単位の魂が閉じ込められていた。彼らは何百年もの時をアストラル体のままに過ごしていたのよ。可哀想に生き物にすらなれずにいたなんて。……これをやったのは全部人族よ」

「……わかってる」

「おまけにこの子は魔族でしょ? 返せって元々あなたたちとは別の種族じゃない。返せるわけない。それにこんな規格外の子は滅多にいないからね。この代でやっと私も目的を達することができる。そうすれば返してあげるわ」

「どうしてもかえさねぇのか?」

「何度も言わせないで」


 そう述べると、タカネは静かに日本刀を引き抜いていった。


「へぇ。戦うんだ。最弱勇者のくせにっ」

「……そうかもな」

「七百年前、あなたが弱いせいで人族は絶滅に瀕したじゃない。あとちょっとだったのになぁ、人族の絶滅」

「……」

「はんっ! すかした顔して、勝てる分けねぇだろう! 雑魚がぁっ!!」


 飛び込みながら大量の魔法陣を展開する。


「喰らい尽くせ! 【カタストロフィア】」


 暗黒の波動が四方八方から攻めかかる。

 それらはいずれもがタカネの刀によってかき消されていく。


「防いだか! ならこれはどうだ! 怨嗟のかたち【ミューラグリウ】!」


 何十体もの闇羊の化身が出現し、捨て身でタカネへと襲い掛かる


「知ってる? この羊人はミューラって魔族の子が大元よ。魔法がとっても強くて、でも心優しい子だったから小さな村を守るために最後まで人族と戦い続けた。けど、最終的に捕らえられた彼女は人体実験をされることになったの。魔適合物を埋め込まれて、こんな姿になってしまった。……そういえば、この子の名前、ミュリナだっけ? ミューラの名前をもらったそうね」


 飛び掛かる闇羊どもに埋め尽くされて、タカネの姿が見えなくなる。


「さぞつらかったそうよ。人体実験中は痛みも苦しみもすべてを受け続けなければならなかった。泣いても叫んでもだれも助けてくれない。これはその怨嗟の化身そのものなの。あなたもそれに吞まれなさい!」


 バキィィィィン!


 次の瞬間、闇羊たちがすべてかき消されてしまうのだった。


「なっ!? 打ち消し?! そんな馬鹿な!?」

「この程度か、アウラ」


 静かに述べるタカネの顔には、いつもの不敵な笑みもなにもない。

 ただただ無を体現したような――いや違う、悲しみを体現したような表情がそこにあるのだった。


「っ! ミューラグリウを打ち消したぐらいでいい気になるな!」

「七百年間、いろんなものを見て来た。人族も、魔族も、亜人も。だからお前の気持ちもわかる。……けどな」


 タカネが手を差し出した。


「私たちが生きるこの世界は、お前が思っているほど悪いものじゃない。さあ、帰ろう、ミュリナ」


 あれ……。

 なんだろう……。

 その言葉には、どこか聞き覚えがある。


 そうだ。

 この世界はそんなに悪いものじゃない。

 そう教えてくれた人がいた。

 私を拾ってくれて、私を灰色の悲しみに満ちた世界から救い出してくれた人だ。


 あれ、これってなんの記憶だっけ?

 いつの記憶?

 目の前にいるのはタカネで……。

 ……ってなんで私、タカネと戦ってるの?


 混乱が極まり、頭痛のあまり頭を抱える。


「違う。ちがうちがうちがうっ! お前は敵だ! 人族だ! 勇者だ! 勇者は敵! 人族は敵! 殺す! 【アクセルバースト】!」


 光剣と共に突っ込んでいく。

 考えるな。

 ただ戦いに身を委ねればいいんだ。


「ミュリナ、帰って来い。お前はそんな弱いやつじゃないはずだ」


 私が剣を振ると、彼女は受けこそするが反撃はしてこない。


「ふっふふ、あはは! やっぱりあなた、この子に手を出すふりをして、傷つけられないのね! あなたにとって大切な子なんだ。だったら――っ!」


 防御や回避をかなぐり捨ててタカネへと斬りかかっていく。

 相手はこちらを傷つけられないのにこちらは斬り放題なのだ。

 時間が経てば経つほどタカネの生傷が増えていく。


「ミュリナさん!」「ミュリナ!」


 そこへ、ニアさんをはじめとする他のメンバーが合流してくる。

 私とタカネが戦っていることに若干困惑しながらも、言葉を交わすこともなく全員で私を止めにやってきた。

 ミナトさんだけは自体を静観しており、サラはそのミナトさんが最悪の一手を打たないよう見張っているといった具合だ。


 数は相手が勝るも、攻撃できないとわかればこちらが有利なのは間違いない。

 とそのとき、レベルカさんが前に出て来た。


「ミュリナさん。あなたは私を救ってくれた。人を愛するという気持ちを私に正しく教えてくれた! あなたは負けないわ! ミュリナさん!」


 クソ、あいつらの声は厄介だ。

 妙に頭の奥に響いて強い痛みを発する。


「うるさい!!」

「いいえ、何度でも言うわ!」

「そうですわ!」


 ニアさんまでもがやって来る。


「わたくしのことを救ってくれた。何があっても信じると誓ってくれた。あなたがいたからよ! あなたがいたから、私は自分の人生を信じることができた……っ」

「だからなんだ!! 【グランドスネイク】」


 土龍を放って二人を跳ね除ける。

 けど、なんだろう。

 頭では関係ないと思っているはずなのに、心が従ってくれない。

 何か、彼らは大切な人たちだった気がする。


 ……いや、そもそもなんで私は彼らの名前がわかるんだ。

 それに彼らに関する記憶まで持っている。

 人族なのに……?


 再び胸が痛くなる。

 なんで……、なんでこんなに苦しいの……?

 思わず吐きそうになって屈んでしまう。


「ミュリナ。勇者になるんだろう。お前はこんなことでは負けないはずだ」

「ちが……う……わた、しは……」

「自分の人生を生きろと言ってくれたわ! 私、やっと自分に素直になれた!」

「わたくしもですわ! あなたは最後までわたくしにとっての勇者でいてくれた!」


 激しい頭痛に襲われて、頭を抱えてしまう。

 頭蓋が割れてしまうのではと思うほどの痛みだ。

 それが止んだと思ったら、私はエルナの残滓を目にした。


『助けてくれて、ありがとう』


「エル……ナ……???」


 再び頭痛が舞い戻り、それと共に吐き気を我慢できなくなった。

 そのまま私は体の内にあるものを吐き出してしまう。


 だが、出てきたのは胃の内容物ではなかった。

 白い靄のようで、スライムのような、それでいて非実体であるかのような。


 それを吐き出し切ることで、私の精神が元の状態へと戻っていく。


「みな……さん……?」

「ミュリナ!」「ミュリナさん!」


 全員が直ちに私の周囲へと駆けこみ、その白い靄のようなものとの間に割って入る。

 すると、その靄から声が聞こえてくるのだった。


「馬鹿な、アストラルが切り離されただと……?! そんなのありえない。私より、強い魔法の使い手だってこと!!?」

「離れろや!」


 すかさずタカネさんが斬りかかっていく。

 だが、その白い靄はその場を危険と判断したのであろう。

 そのまま猛速で遠くへと逃げていってしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

追放された私はどうやら魔王だったらしいのだが、せっかくなので前々からなりたかった勇者を目指すことにしました ihana @ihana_novel

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ