第92話 最強魔法
「……ミナトさん、私を勇者として討つ覚悟はありますか?」
この問いかけに、意味が分からずミナトは眉を寄せる。
「どういうことだ?」
「これほど分厚いアストラル集合体を破壊する魔法を私は一つだけ知っています」
「あるのか!? そんな魔法が!?」
「私が編み出した最強魔法。あれなら、たぶんこの山のような巨体をも貫けると思います」
「ならそれを使えばいいじゃないか。なぜ君を討つという話になる?」
「私には扱えないんです。魔法の構築方法自体はわかっているんですが、この魔法は発動に膨大な魔力が必要となって、私だと発動できないんです。ですが、魔王の力が加われば話は変わります。魔王の力を使ったとき、私の魔力量は明らかに増大していました。あの状態になって魔法が撃てれば、たぶんできると思います」
そこでタカネさんが口を挟んでくる。
「待てや、んなの認められるわけねぇだろ。だいたいてめぇは理性を保てんのか?」
「……頑張って抵抗はしようと思う。けど無理な可能性もある。だから、私を外に連れて行って周りに誰も近づけないで。目の前にベヒモスだけあれば、人族を憎む感情は間違いなくベヒモスを破壊しにかかると思うの」
「その後は?」
「その後は……説得は試みて欲しい。前はニアさんが命懸けで私のことを引き戻してくれた。でも、もし戻らなかったら」
ミナトさんを見つめる。
「あなたが勇者として、私を討って欲しい」
見つめ返す彼の瞳にあるのは、ベヒモスを倒せることへの希望でも、私を討つことへの嫌悪でもなく、羨望に似た色のものであった。
「……一つだけ、教えてくれ」
「なんですか?」
「君はどうして、人々のために戦う」
そんなの決まっている。
「人を助けるのに、理由なんて必要ありません」
「……それは詭弁だ。現実にはいろんな制約がある。君が命を懸ける理由にはならない」
「ええ。そうかもしれませんね。でもね、ミナトさん。このまま行けば多くの人が大変な目に遭ってしまいます。人生が壊れて行ってしまう人だってきっと出るでしょう」
かつての私が角無し魔族として灰色の人生を送って来た時のように。
「私はそれを見たくない。たとえ自分の命を懸けることになっても」
覚悟を決める私をミナトさんはゆっくりと眺めた後、息を吐き出してくるのだった。
「……わかった。万が一、君が暴走してしまった場合、俺がなんとかしてみせよう」
「お待ちください! 教祖様に何かしようものなら私が止めますよ!?」
「サラ、お願い、やめて」
「ですがっ!!」
「そしたら、あなたが私の心をちゃんと引き戻して? ミナトさんに私を討たせずに済ませるためにも」
「教祖様……。わかりました。必ずあなた様を呼び戻して見せます」
「うん。そしたらミナトさん、頼みましたよ。外に行きましょうか」
*
周囲にいる人たちや仲間たちの避難を行い、ミナトさんとサラが私の元を離れていく中、ミコトが私の傍にやって来る。
「ミュリナ、魔王の出し方はわかってんのか?」
「ええ。何となくはわかる」
「そうか……。気をつけろよ」
「あなたらしくない言葉ね」
「……昔、同じように自己犠牲で世界を守ろうとした奴がいたんだ。そいつは……残念ながら死んじまった。おめぇはちゃんと帰ってこいよ」
「ええ、任せて!」
タカネに別れを告げて、大きく息を吐き出す。
目の前には動く山のごときベヒモスがのっそりのっそりとティカーオの街へと進んでいる。
これを倒せなければティカーオの街はおそらく壊滅であろう。
でも――、
「倒してみせる!!」
心の中に憎しみが広がった。
あのときはニアさんが殺されてしまうというどうしようもない焦りから魔王化してしまったが、今は何となくそれがわかる。
抑えようのない負の感情にまみれながら、それでもと私は目的だけは覚えていることができた。
目の前にある人族のこれだけは壊す。
そうだ、覚えている。
私は冷静だ。
魔族たちの魂を何億人も捕えてっ!
こんな悪魔のような兵器を野放しにしておくことなんて絶対にできない。
「人族め。何が融和だ、何が平和だ! 貴様らは私たちを裏切った。異世界から乗り込んできて、我ら魔族の大地を侵略しておいてっ! 赦さない!! 新華の雷撃【デオベルア】」
自然現象にある雷を数億倍にした威力の雷撃を撃ち、ベヒモスの表皮を焼いていく。
「硬い……? だがこれならどうだ! すべてを飲み込め【デクセルート】」
ブラックホールを作り出して、周囲の物質もろともすさまじい勢いで吸い込んでいくも、アストラル集合体の力の方が上。
ベヒモス表皮物は吸い込むことができても、基幹に対してはダメージが与えられない。
焦りが増していく。
今放った魔法たちはいずれも一発で城をも粉砕する強力な魔法だ。
なのに、ベヒモスに対してはほとんど効果を与えられていないように見える。
ふとそこで、自分の記憶にない魔法があることに気付く。
こんな魔法、私どこかで編み出したっけ……?
それに、手に持つこの強力な杖もいつ手に入れたか覚えがない。
いや、今それはどうでもいいことだ。
目の前にあるこいつを破壊できるんならそれでいい。
魔法陣を展開。
それだけで空気が震えた。
「なに……この魔法……すごい。神レベルに調整されている魔法だ。これなら、憎き人族どもを滅ぼせるっ!!」
人の身で同時に展開できる魔法陣の数には限界がある。
それゆえに魔法の威力には上限というものがあるのだ。
だが、この魔法は時空を捻じ曲げることで、同時に百以上の魔法陣の展開と終結を連続的に実行している。
「ふっ、これを考えた奴は絶対変人だな。こんなの普通思いつかない」
あまりの魔力に物理法則が捻じ曲がり、地揺れとともに光子が舞い上がっていく。
そんな中、私はベヒモスを殺意の眼差しでねめつけた。
「さあ、人族の英知の結晶とやら。今すぐ叩き潰してやる!」
晴天であったはずの空がいつの間にか暗ぼったくなり、雲に覆われているわけでもなしに太陽が黒ずんでいく。
「これで、人族の世を終わらせてやる! 私が招いた責任だ。――穿つは元素にして、
輝く一滴の光が上空からゆっくりと舞い降りた。
暗くなった周囲を太陽の代わりとばかりに照らし、それがゆっくりとベヒモスへと続いてゆく。
そして、すべてが光の渦に消えていった。
立ってはいられないほどの激しい衝撃波。
鼓膜を割くほどの爆音。
目を開いてはいられないほどの光。
それらに包まれる中で、私はそれでも人族を憎む気持ちだけは消せないのであった。
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