第91話 災害の魔物ベヒモス

 巨大なそれはたしか【ベヒモス】と呼ばれていた。

 山のような大きさの四足獣で、一歩歩くたびに地震が発生している。

 今のところ攻撃と呼べるような攻撃はしてきていないが、近くを通るだけで大災害を巻き起こすこととなろう。

 いわば歩く災害と言ったところか。


 タカネのところへ行こうとしたところで歪なものを目にした。


「なに、こいつら!? 魔物なの!? いえ、何か違う」


 青白い光をまとった魔物のように見えるものたちはこちらの姿を確認するや攻撃を仕掛けてくる。

 おまけにメイリスさんがさっそく斬りかかったのだが――、


「気をつけて! 攻撃が効かないわ!」


 メイリスさんの剣は魔物をすり抜けてしまった。


「アストラル系です! 物質的な攻撃は効きません! 魔法やスキルを主体に攻撃してください! 【アトミックレーザー】」


 私の指示で皆それに従って一斉に攻撃を開始し、進路を切り開いていく。

 この魔物はこれまでの挙動と同様に地面から次々に湧き出てきており、いくら倒してもきりがないが、それでも前進できないわけではない。

 タカネのところへと何とかたどり着く。


「タカネ!」

「ミュリナか! こうなっちまったら仕方ねぇ。叩き壊すまで動き続ける!」

「私が――」


 その瞬間、ベヒモスの動きが変わった。

 ただ歩いていただけのベヒモスから魔素兵装で見た大量の火砲が出現する。


「なっ! 全員防御!!!」


 ダダダダダダダダダダダッ!!


 大量の魔法弾が飛来し、たまらずメイリスさんが私の防御魔法の影へとやって来る。


「ごめん、入れて」

「大丈夫です」


 レベルカさんやニアさんは魔適合物を取り込んだことでそれなりの防御魔法を用意できるが、メイリスさんは元々魔法適性があまり高くない方だ。


「クソっ、周りにはアストラルの魔物ども。本体には大量の魔装武器。そしてこのデカさかよ」

「タカネ、あれを見て」


 私の指差した先を見て、タカネの顔がさらに歪む。


「ティカーオの街がもう目と鼻の先か……」

「あそこにはおよそ三十万人の人々が生活してるわ。破壊されれば甚大な損害となる」

「わーってる。内部に潜入して破壊する。こいつは遺跡が基幹システムになって動いてるはずだ」


 そこでサイオンさんから声がかかる。


「ミュリナさん、分担すべきだ。僕はそこの……タカネさん? と兎人リーリアさんの戦力がわかっていない。君の見積もりを教えてほしい」


 サイオンさんは戦略家としては天才級の才能を持っている。

 素直に彼の指示に従うべきであろう。


「タカネさんは元勇者です。リーリアさんは私の見積もりですと、学園で一位、二位を争うレベルだと思っています」

「教祖様、私も微力ながら、戦力として換算いただけますか」


 背後から巨大ハンマーを片手に持つサラがどこからともなく現れる。

 相変わらず、彼女は気配もなくやってくるのが得意のようだ。


「サラ……。ティカーオの街にいたんじゃないの?」

「このような緊急事態に教祖様の御傍にお仕えしない傍仕えなどおりません」

「傍仕えなのは確定なのね……。サイオンさん、彼女もあてにしてください。リーリアさんと同等の強さを持つと見積もっています」

「わかった。班を三つに分ける。一班は周囲のアストラル系統の排除。二班は本体周辺の武装破壊。三班は内部へ侵入して基幹システムを破壊する。一班はレベルカ、ニア、リーリアさん、二班はグレド、僕、メイリス、三班はタカネさん、ミナト、ミュリナさん、サラさんだ。三班が主力であり最も重要となる。一班は物理攻撃が効かないから魔法が得意な者を逆に二班は物理攻撃が有効だからそれが得意な者を集めた。これでいいか?」


 瞬時に的確な班分けを組み上げる。


「良いと思います。皆さんもいいですか?」


 皆が頷くのを確認する。


「では、何とかベヒモスを討伐しましょう!」


  *


 ベヒモス外側の猛攻を何とか逃れて、メルグナの太陽となる遺跡の内部へと侵入していく。

 相も変わらず私は魔族認定されていて、ルミナベータとやらが攻撃しまくってきた。


「チッ、邪魔くせぇな、アンドロイドもどきが。大して強くもないくせに」

「教祖様に仇なすゴミどもめ」


 サラがハンマーを振り回して、アンドロイドたちを次々に叩き潰していく。


「ミナト、制御室の位置は覚えているか?」

「ああ。こっちだ!」


 前回探索したルートを進んでいき、あの場所を目指していく。

 そう言えば、あそこの部屋では下方に巨大な魔力を感じ取っていた。

 もしかするとあの場にベヒモスの心臓となる機能があったのかもしれない。


 角を曲がって通路へと出たのだが――、


「なんだこれ!?」


 通路があったはずの場所に壁が出現していて、そこからはたくさんのアームのような者が飛び出していた。


『霊魂魔法の反応を検知。迎撃します』


 刹那、数十もあるアームから拡散式に光線が発された。

 各々武器なりスキルなり魔法なりで防衛しながら迎撃を開始していく。


「教祖様、いくら叩き潰しても湧き出てきます。このアーム、無限に湧き出てきているかのようです!」

「そしたら――」

「だったらあーしがぶった斬る!! 絶技【天叢雲あめのむらくも】」


 タカネが剣を振るったと思ったら、太刀筋になかったものまですべてがズタズタに斬り裂かれていく。

 そして、恐らく防衛のために現れたのであろう壁も散り散りとなるのであった。


「さっすがタカネ」

「急げや! もうティカーオの街がだいぶちけぇはずだ!」


 四人して駆け足で制御室へと入っていく。


「この下だな。同じことだ! 絶技【天叢雲あめのむらくも】」


 床へとスキルを放つも、先ほどの壁と違ってまるで効果がないように見える。

 私やサラやミナトさんも彼女に倣って魔法やスキルを放っていったが、歯が立たないというか、何か効果そのものが消えて行っているように見える。


「クソ、なんだこれ? 吸収されている?!」

「たぶんだけど、アストラル系統の効果のように見えるわ」

「アストラル系統?」

「アストラル系統の魔物って魔法で倒すことが可能だけど、そのアストラルはそれで消えてなくなるわけじゃないの。霊魂と呼ばれる目には見えないものが別のアストラル体になったり、あるいは別の生き物の魂として新たな命になったりしてるわ」

「輪廻転生のような考え方か?」

「輪廻というのを良く知らないけど、転生に近い考え方ね。この事件は最初のときから気になってたの。私たちがこの森に入ったとき、地震が起きてから魔物がどこからともなく大量に現れたじゃない。あれってアストラル体を用いた偽命なんじゃないかって」

「偽命ってなんだ? 初めて聞くぞ」

「肉体とアストラル体が合一していない生き物のことよ。霊魂のない生き物の殻と霊魂を用意すれば簡単につくれるわ」

「……。ミュリナ、今話すことじゃねぇかもしれねぇが、仮にその話が本当だったとして、てめぇはなんでそんなことを知ってる?」

「……昔、アストラル系統の魔法を理解するためにいろいろと実験したことがあったの。興味からの出来心だったけど、今にして思えば倫理的にはかなり良くないことをしたって反省している」


 そう。

 この人体実験設備がやっていたようなことを、魔物をつかって自分も少しだけ試したことがあるのだ。

 だから、私は一概にこの設備を責めることができない。


「……そうかよ。まあいい。今はそれをどうこう言ってる時間はねぇ。どうすりゃ叩き潰せる?」

「アストラル体の回帰――タカネの言葉で言うんなら輪廻を凌駕するパワーをぶつければいいだけよ」

「あーし好みだな。とにかく力で叩き潰すってか」

「でもね……」

「なんだ?」

「アストラル体ってアストラル体同士で集合を形成することができるの。その数が多ければ多いほど、当然強いパワーが必要になるわ」

「イメージはわかる」

「この制御室の真下で蠢いているアストラル体の大きさ、どれくらいかわかる?」

「魔力量的にはずいぶんでけぇと思うが――」

「たぶん、数百万から数億の数がいると思うわ」

「数億……!?」


 タカネが言葉を失ってしまう


「この設備を扱っていた人たちはアストラル体の性質をよく理解していたと思う。アストラル体って普通は微弱な魔力しか発しないの。より強力な魔力を取り出すには、その魂が持つ魔力量が高くないといけない。そして、魔力って先天的にほとんど決まってしまっている」

「……なにが言いてぇ?」

「私の推測になるけど……このベヒモスを駆動させるために閉じ込められているアストラルは、元は魔族の魂だと思う」

「魔族……だとっ!?」


 旧人類は魔族と戦っていて、おまけに魔法の扱いがよくわかっていなかった。

 となると、生まれ持った才能に依存する魔法を扱えるようにするために、魔族のアストラル体を人体実験で扱えるようにすることがこの設備の真の目的だ。

 数百万、数千万、数億という命を使うことで。

 魔適合物がその結果で、亜人は副産物に過ぎない。


「ねぇ、タカネ。初代魔王はもしかして、このことを知ってたんじゃないのかな。だから、人族をあれほどまでに憎んだ。絶滅させたいと思うほどに」

「……わかんねぇ。……が、真実なら胸糞のわりぃ話だな」


 暗い顔となる私たちに、ミナトさんが口を挟む。


「真相もいいが、そろそろこのデカ物の破壊方法を考えないか? 少なくとも俺はお手上げだ。高威力のスキルはすべて試した」

「あーしも同じだ」

「申し訳ございません、教祖様、同様です」


 三人の視線が私に集まる。


「私は……。一つだけ、まだ試していない方法があります」

「なんだ?」


 ミナトさんの方へと、覚悟を決めて顔を向ける。



「……ミナトさん、私を勇者として討つ覚悟はありますか?」

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