第90話 真なる化け物
ミュリナとリーリアが飛び立ってから少しした後、大きな音とともに魔物たちが吹き飛んだ。
いや、正確には消し飛んだ。
その先から現れたのはいつものごとく面倒くさ気な表情を浮かべる元勇者タカネであった。
「タカネか」
同郷人であるミナトがこれを出迎える。
「ミュリナはどこだ? あいつと話すことがいっぱいある」
「彼女はこの魔物湧きを防ぐために祠に向かった」
「祠だと……? なんで祠に行くと湧きが止まんだ?」
「どうもリーリアが読んだ古文書には、こうした事態が起こった場合、兎人は祠を目指せと記されていたらしい。兎人の村にも似たような言い伝えがあるそうだ」
「妙だな……。この魔物湧きは恐らく遺跡の防衛システムによるもんだ」
「ルミナベータじゃなくて、この魔物もそうなのか?」
「ミナトは知らねぇのか。魔物ってのは魔適合物と生き物を掛け合わせてできたもんだ。亜人と同じだよ」
「なんだって?!」
「旧人類は魔物だの亜人だのを生み出して、基本的に使い捨てるという考え方で運用していたはずだ。なのに、兎人に魔物を止めさせるというのはよくわかんねぇ。何かしらの防衛システムにより魔物がでてきてんなら、兎人はむしろそれを加速させると思う」
「……そういえば、遺跡に兎人の情報が少しだけあったんだ。彼らは生物でありながらデータ記憶媒体のような働きを持つらしい。言うなれば、Bluetooth機能付きハードディスクと言ったところか」
「なら何かしらの情報を祠に運ばせてるってことじゃねぇのか?」
「そうかもしれないが、一体何の情報だ。それに、俺は一度彼女とともに祠の傍にまで行っているが、その時は何も起こらなかった」
「時系列で言うといつだ? 遺跡でおめぇはシステムを再稼働させちまったんだろ? その後にリーリアは祠に行ったのか?」
ミナトの表情が深刻なものへと変わっていく。
「……いや、前だ」
「運んでる情報が何なのかはあーしにもわかんねぇ。だが、メルグナの太陽にあるシステムが復活している今、予測不能な事態が起きかねぇと思ってる。……ただ、幸いまだメルグナの月は不在だ。最悪それがシステムの何かしらのトリガーを守ってくれている可能性がある」
「メルグナの月……? そうか……。そういうことか」
「なんだ? 何かわかったのか?」
「……。月にいる生き物と言ったらなんだ?」
タカネの表情が強張ったと思ったら、彼女はすぐさま砦を飛び出すのだった。
*
祠の近辺にたどり着き、二人で魔物を排除しながら移動して行く。
到着したあと何をすればいいのかはわからないが、とりあえず行ってみればわかるだろうという安易な考えで行動している。
「【ファイヤーストライク】! リーリアさん、もうすぐです!」
「ええ! 切り開くわよ!」
周囲は魔物に溢れているが、なぜだか私たちに攻撃しようとして来ない。
それどころか、逆に道を開けて周囲を守っているかのようだ。
「不思議ね。どうして攻撃してこないのかしら」
「何か、攻撃に法則性があるのかもしれません。おいおい探りましょう。解明できればこの騒動も解決に向かいます」
森の中を走り抜けて、祠を発見する。
前回の緑色から、赤色に光っている。
「これがいわゆる、『地球』というのを模したものでしょうか」
「何かないか探ってみましょう。メルグナの月は近くにあるはずよ」
そう述べてリーリアさんが祠に触れた瞬間、警報音が鳴り響いた。
『警告、最終防衛システム【生命の泉】は起動シークエンスをすべて完了。これよりすべての知的生命体の魂を回収し、地獄の門を開くためのエネルギー貯蔵を開始します。我らが宿敵、魔族に破滅を、我ら人類に再び栄光を。最終壊滅兵装【ベヒモス】起動します』
最初に魔族が現れた時と同様、大きな地震が発生した。
「リーリアさん! 【フローティグバリア】!」
浮遊魔法を施し、揺れが収まるのを待つ。
だが、収まるどころか揺れは酷いものへと変わっていき、景色が一変していく。
地割れが起きて大地が滑落していき、木々は押し倒れ、動植物がなくなっていく。
「何!? 何が起きているの!?」
「ミュリナ! あっちを見て!」
「!!? ティカーオの街!? なんで下の方に?」
いや、違う……。
私たちの高度が上がってるんだ。
地面がそのまま隆起していっている。
「リーリアさん、このままここにいるのは危険です。一旦下に降りようと思います」
「同じことを思っていたわ。着地は何とかする」
「わかりました。ではまた行きますよ!」
彼女を抱きかかえて、
「【ジェットバースト】!」
再び砦があった方へと飛び出していく。
距離が取れたことで何が起きているかがわかった。
「なに……これ……っ!?」
「生き物、だったの!?」
そこには山のように巨大な四足獣が動き始めているのだった。
グォォォォォォォォォ。
鳴き声一つでティカーオの街が消し飛んでしまいそうなほどだ。
かつて、夢幻郷が超巨大な蜘蛛型の化け物に変わって街を破壊して回ったとタカネは言っていた。
聞いたときには尾ひれのついた話だと思ってしまったが、目の前にいるコイツであれば、いとも容易くそれを行えてしまいそうである。
「なんて巨大なの」
「こんなのが暴れ出したら、ティカーオの街どころか、多くの都市が廃墟と化すわ」
砦が近づき、少しだけ安堵する。
幸いにも兎人の砦は隆起に巻き込まれなかったようで、なんとか建物としての形状を維持していた。
魔物たちはいなくなってしまったのか、皆外へと出てきており、新たに出現した山のように大きい奴を唖然と眺めている。
「皆さん! 無事ですか!」
「ミュリナか! クソッ! タカネは間に合わなかったか」
「どういうことですか!?」
「メルグナの月とは兎人のことだ。俺たちの国では月には兎がいるといわれているんだ。それが恐らく遺跡の防衛システムを起動させるトリガーだったんだと思う。それに気付いてタカネが君たちを追いかけたんだ」
「あれを見ろ!」
グレドさんが指さした先で、何かが光った。
その瞬間、空間そのものが斬り裂かれたのではと錯覚してしまうような景色のズレが生じる。
一瞬それで奴が斬り裂けたかと思ったが、効果はなし。
何事もなかったかのように再び歩き始めている。
「たぶん、タカネさんが戦っています。私も加勢に行こうと思います」
「俺も行く。原因の一端は俺にもあるし、あれは放置できない」
その他のメンバーも同様のようだ。
全員してまずはタカネさんがいるところへと移動を開始するのだった。
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