第89話 押し寄せる魔物たち

 夜になって、森に発生しているアンドロイドの数はだいぶ減りつつあるという情報を聞き、安堵の息をつく。

 グレドさんたちのところが無事かどうか、人をやってもらったのだが、そちらも問題なく籠城できているそうだ。


 ただ、魔物は不定期に地面から湧き出しているのを確認されており、何がトリガーとなって現れているのかがまだわかっていない。


 いずれにしても、このまま私が森に近づかなければこの騒動は収まっていくであろう。

 そうなると残る問題は学園の課題になりそうだ。

 もはやティカーオの街がこんな状態なので、さすがに今回の課題はなしとしてほしいところだなぁ。

 なんて呑気に思っていたら、


『ミュリナ! 聞こえっか!』

「うわぁ!!?」


 突然耳元に――いや、脳に音声が響いてきて驚いてしまった。


『あーしだ! タカネだ!』

「え!? えぇ!? タカネ?! なにこれ!? なんで声が聞こえるの!? どこにいるの?!」

『落ち着けや! 空間魔法の一種で連絡魔法っつーもんだ。遠くにいる奴と会話できる』


 そんな便利な魔法があるんだ。


「そうなんだ。それであなたどこで何してたの? 花火あげても全然来てくれないじゃない」

『そんなことより遺跡に入ったのか?!』

「え? ええ。中は夢幻郷みたいな遺跡だったわ。たぶんあそこが生命の泉なんじゃないかな。ただ、魔族の私が気に食わなかったみたいで、ルミナベータ? とやらに攻撃されたの。もう大変で――」

『入っちまったのか。くそっ! 入口の出現ルールはなんなんだっ! ったく!』


 タカネが誰にでもなく悪態をついている。


「どしたの? 何か大変な事?」

『すまん、あーしの不注意だ。ここまで事態が最悪な方向に転がるとは思ってなかった』

「どういうこと?」

『人族の遺跡の中には霊魂魔法を検知するシステムがあんだ。生命の泉はどう考えても重要設備だ。そのシステムがないとは思えねぇ!』

「あ、たぶん私それで攻撃されたよ。でもさっき言ったルミナベータってやつでしょ? そんなに大したことはなかったけど」

『ちげぇ! ちゃんとした防衛システムが働いた場合、そんなんじゃすまねぇ大災害が巻き起こるはずだ! あーしは一度それを経験している! 都市がいくつも壊滅するレベルだ!』

「なんですって……っ!? なんでそんな大切なことを先に言ってくれなかったの!」

『入り口が出て来るなんて思ってなかったんだ。本当は、あーしはこの地を何度も探索している。けど、一度も入り口を見つけられなかったんだ……。それにたとえ中に入れても、普通はシステムが死んでる。再稼働するなんてことはまずねぇはずだ!』

「……。その防衛システムっていうのはどんなものなの?」

『わからん。施設によって違う。夢幻郷の場合は遺跡そのものが超巨大な蜘蛛型の化け物に変わって街々を壊滅させていった』

「夢幻郷って私とグレドさんがタカネと最初に出会った場所よね? あそこがそうなの?」

『ああ。三百年前の魔王は、亜空間に隠されていた夢幻郷を発見しそれを破壊しにかかった。だが、魔王が侵入したことで、初代魔王がかけた霊魂魔法が検知されて、逆に夢幻郷が暴れ出したって過去がある』

「私にも霊魂魔法が今はかかっているのよね? じゃあどうしてその防衛システムは発動していないの?」

『たぶんだが、他にも発動のトリガーがあるんだと思う。……そいういえば、メルグナの太陽と月に関する情報はなんかあったか? 怪しいとすりゃその二つだ』

「それなんだけど、どうも昔、あの遺跡はメルグナの太陽と呼ばれていたみたいなの。死者を蘇らせることができて、神にも例えられる太陽の名を与えられたと。あとは……そう言えば、森で奇妙な祠を見たわ。ほんのりと光っていて、少しずつ移動してた」

『移動する祠……? 待て、その祠の現在位置はわかるか?』

「え? う、うん。探査魔法でマーキングしっぱなしだけど」

『移動の軌跡はどうなっている?』

「軌跡?? 待ってね。履歴をさかのぼってみるわ。……えーっと、……円を描いているわ。遺跡を中心としてグルグル回っている」

『やっぱりな。その祠は地球を模している』

「地球?」

『地球は太陽の周りを公転し続ける。そしてその地球の周りを月が公転してんだ。恐らく祠の近くにメルグナの月があるはずだ』

「あとで調査が必要ね。……でも、どっちにしても私はあの遺跡に近づかない方がいいのよね?」

『ああ、一旦あーしもそっちへ――』


「ミュリナさん! 大変ですわ!」


 ニアさんが部屋へと大慌て入って来る。

 今度は一体何だというのか。


「どうしましたか?」

「兎人の砦に大量の魔物が押し寄せ入ているそうですの。このままだと陥落してしまうと救援要請が来ておりますわ」

「っ!! 次から次へとっ! 救援に行きましょう! ――タカネ! 兎人の砦が魔物に攻撃されているからそっちの救援に向かうわ! そこまで来て!」

『はぁ!? ちょっと待て、ミュリナ! いくな! 森に入ったらシステムに引っ掛かる可能性がある!』

「ダメよ! 遅れると彼らが死んでしまうわ! あなたもあっちで合流してっ!」

『っ! 仕方ねぇな!』


 連絡魔法が切れたので了承と受け取って良いであろう。


「タカネさん? と話しておりましたの?」

「連絡魔法なんて便利な魔法があるそうです。それより急ぎましょう」

「ええ」


 皆とともにティカーオを出撃し森の砦へと急ぐ。

 だが、途中から魔物の数がドンドン増加しているのを見て、焦りだけが募っていった。

 まだ彼らが生き残ってくれていればいいが。


 魔物を倒しながら砦に到着すると、森中を埋め尽くすほどの魔物が砦に群がっており、絶望的状況であるように見えた。

 だが、わずかに砦の一部で魔法を行使している光が見える。

 まだ戦っているんだ。


「急ぎましょう!」

「ここを突っ切るのか!? いくら何でも敵の数が多すぎるぞ!」

「だったらっ! 私が切り開きます! 雷光魔法【ペネトレイト・レイルガン】」


 電撃レーザーを何発も放って、直線状にいる敵をなぎ倒していく。


「走り抜けるわ!」


 近付く敵はサイオンさんの弓とニアさんの触手が貫き、それでも抜けて来たものはレベルカさんとメイリスさんに斬り伏せられる。


「その触手、案外頼りになるんだな」

「あら、あんたにそんなことを言われる日が来るなんて思っておりませんでしたわ」

「【グランドスネイク】! メイリスさん、レベルカさん、次が来ます!」

「【空陰・狂瀾怒濤きょうらんどとう】」


 レベルカさんの環境魔法あるいはスキルであろうか。

 魔物たちが突然に同士討ちを始める。


「今のうちよ!」


 開いた道を駆け抜けて砦へと一気に迫る。

 入り口に群がる敵をメイリスさんがすべて斬り伏せ、内部へと侵入。

 内部も数がとにかく多くて、おまけに再び背後から魔物が迫って来るため悠長にはしていられない。


「一気に行きます!」


 二階層を攻略して三階層に上がったところでようやく人の姿を発見できた。

 グレドさんたちがボロボロになりながら戦闘を続けている。


「グレドさん!」

「ミュリナか! それに、お前たちまで……!? なんで来たんだ!」

「助けに来たんです!」

「気持ちは嬉しいが、自殺しに来たようなもんだ。もうここは持たない……」


 リーリアさんとミナトさんもやってくる。

 システム敵視されているのに何で戻ってきたんだとミナトさんは顔をしかめているが、仕方のないことだ。


「希望はまだあるわ。ミュリナ。何とかして私を外に送り出すことはできない?」

「外へ?」

「ええ。古文書で読んだ中に似たような事態の記載があったの。その時には『兎人は祠を目指せ』と書いてあったの。それに、古文書とは関係なく兎人の村には昔から『何かあったら地球を目指せ』って言い伝えがあるの。地球が何のことを指しているのかわからないけど……」

「タカネとも話したんですけど、どうもメルグナの太陽は例の遺跡で、その周りで円を描くように祠が移動しているんです。タカネは祠が地球を模しているんじゃないかと言っていました」

「恐らくそうだ。俺たちの世界ではそれが常識となっている」


 ミナトさんも同調しているのでおそらく正しい情報なのだろう。


「それともう一つ、メルグナの太陽に対してメルグナの月というものがあるそうなんです。その月というのは、どうもさっき言っていた地球――つまり祠の近くにあるはずなんです。もしかして、古文書にある祠を目指せというのはメルグナの月を目指せということではないでしょうか?」

「なるほど。たしかにあり得るわね」

「俺の世界では月と太陽は陰と陽――つまりは互いに過不足を補い合い、バランスを取る存在とされている。今回の件がもしメルグナの太陽――遺跡による暴走であるのなら月と合わせることで収まるという理屈はあるのかもしれない」


 ミナトさんの解説で自信が湧く。


「そうなると、あとはどうやってリーリアさんを祠にまで連れて行くかですね。そしたら、おんぶしてもらえますか?」

「……は? おんぶ?」

「ええ。背部噴出の魔法を使って、ありったけの推進力で祠に向かって突進します。幸いここは砦の高い位置なので、木々をすっ飛ばして行けそうです」

「……。あなたってなんて言うか、規格外よね」

「そ、そうでしょうか?」

「いえ、それでいきましょう」

「皆さん、しばらくここで何とか耐えて下さい。私たちが必ずこれを止めてきますので」

「ああ、頼んだぞ」


 皆の頷く顔を見てから魔法を準備する。


「リーリアさん、行きますよ? 衝撃に備えて下さい」

「ええ!」

「【アルティメットバーストォ】!!」


 音速なみの速さで飛び出す。

 リーリアさんにとっては想定以上の速さだったのか、私はすぐそばで絶叫を聞くことになるのだった。

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