ボクらと銀座カリーパンの話

 ――まぁ、ちゃんと聞いててくれたのなら、どうなったかわかると思う。ボクは絶対に引き金を引いたんだけど、ボクは死ななかった。


 覚えてるかな? ボクは拳銃の弾を二発分あらかじめ抜いていたんだ。

 ずっと持ち歩いていたけど手にすることすらなかったから、完全に忘れてた。

 だったら二回目を引けばいい? まさか。ボクはすでに死んだんだ。

 ボクは笑った。


「なにやってんだろ」


 そういうしかない。ボクは床に寝っ転がったまま上着を脱いだ。手をついたら悲鳴がでそうになるくらいに痛かった。もう青黒くなっててね。


 なんてバカな真似をしたんだろうと思ったよ。

 それからボクはお姉さんのベッドに這いあがって目を瞑った。疲れてたし、満腹には程遠いけど大好きなものを食べたばかりだからね。満足してたよ。


 もうひとつ、つけくわえていえば、寝るのは一瞬だけ死ぬようなものだから。


 ボクは夢のなかで地面が揺れるのを感じた。

 目を開けると朝だった。喉と手がひどく傷んだ。

 でも、もう自殺する気はなかった。


 負けるもんかって思った。

 最後の最後でボクは孤独の罠にハメられたけど、生き延びたんだ。

 なんで助かったかわかるよね?

 ボクには、銀座カリーパンがついていたからなんだ。


 いいよ。くだらないって思ってくれてもいい。でも口には出さないで。ボクにとってはすごく大事なことだから。


 ボクは椅子にかけられてたパーカーを拾って畳んだ。カーゴパンツも、靴下もね。服のなかにはTシャツとか下着とかも入ってて驚いたよ。


 それから床に落ちてた指輪を拾った。真鍮色の指輪。ボクはまた驚かされた。ちょっと太いシンプルな指輪だったんだけど、そのマークがね。


 ボクは思わず口に出したよ。


「またお前かぁ」


 ってね。そうなんだ。トボけた目をした黄金の鶏なんだ。そうと知ったからには部屋を調べずにいられないよね。すごい不思議だったよ。


 パーカーは部屋着だったんだろうと思うけど、探索にでるときの服には、ボクとおなじように金鶏印のマークがあった。銀座カリーパンっていう書体を真似したワッペンもね。


 ボクのにくらべればつかいふるした感じはあったけど、本当によく似ていた。それから屋上のソーラーパネル。なんでソーラーパネルがあるんだろうって。


 だって、電気が通じていたならいらないからさ。

 旗もあったよ。なんて書いてあったと思う?


『私はここにいるよ!』


 ボクが書いたのとおなじ文句だ。それにトボけた目をした金鶏印。ここまで揃ってくると寒気がしてくるよね。いくらなんでも似すぎてるし。


 ボクは寝室に走った。お姉さんの拳銃も弾が二発抜かれてて、一発は撃ったあとだった。


 さぁ、どういうことなんだろう?

 ボクにはまだわからない。悩んでる途中って感じ。


 お姉さんは自分の頭を撃ち抜いて消えたのかな? 

 でも、そうだとすると変だと思う。だって銃は机のうえに置きっぱなしだったから。頭を撃ち抜いて死んだとしたら、それで消えたんだとしたら、銃は床に落ちていなくちゃいけない。


 だったら、どこかで撃ったんだろうか。

 撃ったあと補充するのを忘れていたんだろうか。


 ボクにはわからない。


 なんでお姉さんが持っていた拳銃と、ボクの持ってるパパの拳銃が、おんなじシリアルナンバーなのか。


 いまボクは、もしかしたらって思ってる。

 顔を合わせてないからわからないけど、もしかしてお姉さんは、ボクなんじゃないかな?


 未来のボクっていうか、ちがう世界のボクっていうか、よくわからないけどね。

 声の感じからすると、お姉さんはボクよりふたつか三つはうえだと思う。


 でも、わからない。


 録音された声は、実際に耳にする声とはぜんぜんちがうっていうしね。

 うん。そうなんだよ。

 ボクはいま、こうして一生懸命はなしているわけだけど、声が潰れちゃっててさ。なんだかボクが聞いてたお姉さんの声に似てるような気がしてならないんだ。


 だったら。

 もうボクは負けられないよね。

 ボクはひとりだけどひとりじゃないかもしれないんだから。


 いつの日か、この世界に過去の……それとも未来の? どっちかわからないけど、ボクが現れたりして、ボクのことを助けてくれるのかもしれない。


 ボクはいま、ボクになにが起きたのか知っているからね。もしあのお菓子屋さん――高梨商店さんでメモと銀座カリーパンを見つけたら、おなじように書き残そうと思ってるんだ。


 もちろん、これはぜんぶボクの想像でしかなくって、これを聞いてるキミがボクに銀座カリーパンのことを教えてくれるのかもしれない。それはいまのボクにはわからない。


 でも大丈夫。安心してほしい。

 ほら、ちゃんとあったよ。


 なにがって?

 お菓子屋さんだよ。高梨商店。お姉さんのも、ボクのも、緯度と経度の計算はまちがってなかった。誤差は十メートルくらいかな。


 ちゃんと見つけたし、棚に銀座カリーパンが並んでる。


 それじゃあ、これで銀座カリーパンの話はおしまい。

 ボクはこれから家に帰らなくちゃいけない。

 いろんな物を取ってきて、こっちに引っ越すつもりなんだ。それで、あの無線機をつかおうと思ってる。おんなじことをするのもどうかと思うけど、ここには銀座カリーパンがあるしさ。


 なにをするかはわかるよね?


 ――おっと。残念。もう電池が切れそうだ。


 ええと、ひとりぼっちに思えても怖がらないで。


 ボクがここにいるよ。


 ボクらには、銀座カリーパンがついているんだ。


 ――それじゃあ、また。


「録音終了」

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リーディングラジオ:銀座カリーパンの話 λμ @ramdomyu

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