幻想の十六夜、憑かれたように艶いて

 二度と会えない人にもう一度会える――
その想いを胸に佐砂井の郷を目指す物語。約束の場所は地図にはない廃村。それだけでも十分ホラーを感じるのですが、この小説が素晴らしいのは生と死の境界が烟る霞に浮かび上がる幻想感覚です。とにかく風景描写が美しく、五感に訴えてくる写実的な筆力に飲み込まれるような没入感を感じます。
 特筆したいのが珍しい二人称表記です。この独特な語り口調で紡がれる俯瞰的でどこか浮遊めいた距離感が妙味で、奇異の眼差しとなって脳裏を惑わされるようです。
 艶然たる微笑。はだけていく衣服。逢瀬をなまめかしい春のまぐわいとして描く、憑かれたように狂おしい程の激情。止められない律動を鼓動のように内に宿して、十六夜に照らされた幻夜を堪能してみてください。