女子トイレで行われた真剣な会議

ゴオルド

ブラジャーとナプキンとピル、つまり羽


 あれは小学6年生の春のこと。


 お昼休みの時間、りえちゃんという女の子が、私の手を引いて、教室のカーテンのところに連れていった。


 修学旅行の前に、なんとしても解決すべき問題があるらしい。


 りえちゃんがカーテンで私たちを包むと、春風がカーテンを膨らませて、秘密の部屋ができあがった。

 内緒話をするときのお馴染みの場所だ。


 お互いの腕を掴んで、顔を寄せる。

「あのね」

 と、りえちゃんは小さな声で言った。

「今日、ゴオルドちゃんはブラジャーつけてるよね」

 私は恥ずかしくてとっさに返事ができなかった。あわあわしていると、りえちゃんが追い打ちを掛けてきた。

「みんな噂してるよ」

「ひいぃ」

 その日、私はブラデビューをして、居心地の悪い思いをしていたのだが、そのせいで昼休みに尋問を受けることになるとは予想もしていなかった。


「ブラジャー、見せて。今ここで」

「え、や、やだ……恥ずかしいし」

「じゃあ、トイレでブラジャー外してきて。それで貸して」

「なんで?」

「私はブラジャーをつけたことないから、いっぺん試してみて、修学旅行のために買うかどうか決めたい」

 修学旅行のためにブラジャーが……よく意味がわからなかった。

 でも、本人なりに考えがあるのだろう。

 正装、みたいなことなのか?

「いいよ」

 私がそう言うと、りえちゃんは「えー、ほんと」と言って、ぴょんぴょん飛び跳ねた。




 放課後、待ち合わせ場所の女子トイレに行ったら、ブラジャー試着希望女子が4人いた。

「増えてるし!」

「だって、修学旅行が近いから」

 だから、なんで修学旅行……?

 全然わからないが、個室に入り、ブラジャーをとって、りえちゃんに渡した。

 りえちゃんはさっと受け取ると個室に入った。

 ごそごそと衣擦れの音がする。

「どう?」

「いや、どうもこうも、金具がとめられない」

「ああ……」

 私も最初はうまくとめられなかったものだ。


 りえちゃんはドアをあけて、胸を押さえた状態で背中をこっちに向けた。

「とめて」

「いいけど、自分でとめられないと意味ないよ」

「でも修学旅行のときは、誰かにとめてもらえばよくない?」

「まあ、そうだけど」

 そうなんだけど修学旅行にブラってそんなに重要なものなんだっけ?


 私が金具をとめてあげると、りえちゃんは唸った。

「なんか窮屈だね。息苦しい感じ」

「うん。ずっとつけてるとツライ。でも運動するときは動きやすくなる」

「そっか。こういう感じなんだ、ふーん」

 りえちゃんはドアを閉めて、またごそごそした。今度は時間がかからなかった。



 こうして4人にかわるがわる試着されたブラジャーは、なんだか女子臭がすごくて、もう身につける気にならず、私はまるめてポケットにしまった。ポケットがぱんぱんだ。

「それで、修学旅行にブラジャーは持っていくの」

 私が聞くと、みんな、「うーん」と唸った。まだ悩み中ということか。確かにつけずに済むなら、つけないほうが楽だしな。


「ついでだから、聞くんだけどさ」

 と、りえちゃんは切り出した。

「ナプキンってずれるよね、みんなどうしてる? 私、修学旅行と生理がぶつかりそうなんだ。パンツを上げたとき、股に貼ったナプキンがずれない?」

「股に貼るってどういうこと?」

 何言ってんだ、この子は。

 そう思ったのは私だけじゃなかったようで、女子トイレがざわついた。

「先にパンツに貼るよぉ」

 とある女子が言った。みんな頷く。

「パンツに貼ったらずれるくない?」

「ずれるくないよ」

 ずれるくなく……ずれなくない? なんだ、何を言っているんだ。

「パンツにばしっと貼りつければ、ずれないよ」

「え、でも、まず股だよ。だってお姉ちゃんが言ってたもん」

「あのお姉ちゃん、股から行くんだ……」

 りえちゃんの家に遊びにいったときに、おねえちゃんに会ったことがあった。大人しそうな顔をしているのに、案外破天荒だな。


「え、わかんない、どういうこと、ちょっとやってもらっていい?」

 別の女子が実演を要望した。

「ええ、恥ずかしいなあ」

 と言いながら、りえちゃんは足を開いて立った。

「まず、貼る」

 といって、股間をぺしんとたたいた。

「そしてパンツをあげる」

「無理無理」

 みんな笑う。

「ずれるって絶対」

「そうなんだよ、パンツを上げたときにずれるんだよね。どうすればいいの」


 私が実演をかって出た。

「まず、パンツに貼る」

 空中にエアパンツを発生させ、ぺしんと貼る。

「そしてパンツを上げる」

「そうしたら、前に行きすぎたり、後ろに行きすぎたりするじゃん」

 と、りえちゃんが異議を唱えた。

「そうならないようにパンツの絶妙な位置に貼るんだよ」

「まず先に股に貼れば、位置バッチリじゃん」

 ううーん。

 みんな唸った。一理あるような気がしてきたのだ。


「でも、股に先に貼っても、結局ずれるんでしょ?」

 というか、そもそも股に「貼る」……貼るなんてできないと思うけど。ふとももで「挟む」がせいぜいだ。

「そんなのずれるよ」

「そうだけど、パンツに先に貼るよりは、ずれないんじゃないのかな」

「そういえば、長田くんが言ってたんだけどさ」

 そう別の女子が切り出した。

「長田くんってお姉ちゃんが何人かいるんだけど、みんな同じメーカーのナプキン使ってるんだって。A社っていう会社のナプキンで、それだとズレにくいから良いって」

「へえ」

 男子経由で、よそのお姉ちゃんの生理事情が入ってくるのも、当時のあるあるだ。姉の生理事情をクラスの女子にバラす弟、よく考えたら酷い。でも情報源として助かっていたのも事実である。生理痛がひどいときはカイロを腰に当てたらいいらしいという情報も、私は男子経由で知ったぐらいだ。


「でも、A社のナプキンって高くない?」

「高い……」

 私も頷く。

「安いナプキンでズレないようにならないものなの?」

「ううーん」

 それができれば苦労しないわけで。

「学校のある日はA社のナプキンにして、休みの日は激安ナプキンにするとか」

「それもうほとんどA社になっちゃうじゃん」

 ううーん。

「やっぱり股に貼ってからパンツを穿くのが一番じゃないかな」

 りえちゃんが話を引き取った。

「いや、それは初期位置の話だよね。今の「ナプキンがズレる」っていう話とは違うような」

 いつの間にか話までズレていたようだ。初期位置のズレの話が、動くとズレるよね、みたいなことになっていた。

 ううーん。


 どうすればズレないのか、修学旅行までに試行錯誤して報告しあおうということで話が落ち着いた。


 しかし、後日、生理と修学旅行がぶつかりそうな子は、産婦人科に行ってピルを処方してもらってこいと先生から指導された。お薬で生理の時期をずらせばいいじゃん、というわけだが、当然お金がかかるわけで、これまた「うーん」という……。


 また、世の中には「羽つきのナプキン」という、ちょっと割高だが、下着にばっちりくっつけることができる優秀なナプキンがあることも知った。

 これならズレにくい。羽すごい。しかし、なんで羽って言うんだ。謎だ。ちょい割高の羽つきナプキン。


 しかし、後日、これについてもりえちゃんがおかしなことを言い出した。

「羽がついていると、絡まらない?」

「絡まるとは?」

「接着テープがくっついて、お団子状になる」

 何を言っているのか全然わからないが、りえちゃんがおかしなことを言い出すときは大概お姉ちゃんの影響なので、りえちゃんのお姉ちゃんはしっかりしてほしい。

「羽つきのナプキンはお高いくせに、お団子になるから嫌い」

「それは本当に羽のせいかなあ」


 そんな感じでナプキンの扱いに不安の残る私たちなものだから、修学旅行で宿泊先の寝具を汚さないためにピルを使わせたほうが良いと先生方がお考えになるのも当然なのかもしれない。

 だが私の知る限りでは、クラスの女子でピルをもらいにいった子はいなかった。親に頼みづらいし、産婦人科はなんだか怖いし、まあ、そりゃそうか、という感じではある。

 もともと親がそういったことに関心が高い家庭なら、子どもも素直に頼みやすかったかもしれない。でもその当時、親世代に「ピルを使いたい」とお願いするというのは、ふしだら娘だと誤解されそうというか、なんだかイメージが良くなかった。「先生から言われたから」というだけで親と交渉できるかというと、親と相当な信頼関係がないと厳しい。


 性能の良いナプキンも、ピルも、お金……というか、そういうことに理解のある親のいる家庭の子だけが使えるのだ。


 そういえばスポーツ大会なんかでも、ピルを使わせてもらえる子は良い成績を残せるとも聞いた。受験も有利だ。

 だから担任にしても部活の顧問にしても、ことあるごとに私たちを産婦人科に行かせようと説得してきたが、いや行けないし! 無理無理! ピルについて親を説得するなんて不可能すぎる! といつも思っていた。


 いま四十代の私の時代はこういう感じだったが、最近はどうなんだろう。小学生も気軽に通院できて、ピルが使える子が増えているといいなと思う。もちろん体質によってはピルを使えない子もいるし、副作用も心配だから、学校側が強要するのはやめてほしいとは思うが。


 余談ではあるが、私が通った高校は、生理により水泳の授業を休むとペナルティがあるというシステムだった。1回休むと、1時間連続で泳ぐという補習に出ないといけなくなる。ピルを飲まない生徒が悪い、というわけである。


 私は4回休んで、4時間連続を食らい、補習後にプールから出られなくなった。水から出ようとするが、体が重くて、思うように手足を動かせないのだ。腕を水から出すと、何か目に見えないものでぐっと上から押さえつけられるような感じがして、水中に戻されてしまう。不思議な感覚だった。私はもう地上での暮らしは無理みたいです……一生水中で生きていくしかない……私はアザラシになります……そんな気持ちになるぐらいにハードだった。生理があるせいでこんな目に遭うなんて。

 その後、補習を受けている他の生徒たちにプールサイドに引き揚げてもらい、目を閉じて横たわる私は、それこそ死んだアザラシのように見えたに違いない。


 私の母校みたいにピルを強要してくるのは論外としても、ピルを女の子たちが選択するのは普通だと言えるような世の中になってほしいなと思う。なぜなら女の子が勉強やスポーツなどでその実力を発揮し、夢に向かって羽ばたく、そのためには月経ケアは欠かせないからだ。

 全女子児童・生徒が、自分に合った月経ケアを選択できて、自由に飛び立てる世の中になりますように、そう願っている。



 さて、修学旅行であるが。

 友人たちのブラジャーについて、どうだったかの記憶がない。

 朝、旅館でさほど親しくないクラスメートのブラのホックをとめてやった記憶はある。でも、そのとき友人たちはどうしていたのだろう? 多分人に頼んでいなかったと思う。おそらく何度も練習して、自分でホックをとめられるようになっていたのに違いない。えらい。


 それにしても修学旅行にブラがどうしてそこまで大事だったのか、本当に謎である。なんだったんだ。



 ちなみにブラジャーを貸したり、ホックをとめてあげたり、ナプキンの使い方を実演したのは、人生でこれが最初で最後だ。かなり特殊な状況であることを最後に断っておきたい。修学旅行さえなければ、私たちだってこんなことはしなかった。

 エッセイなので軽い雰囲気で書いているが、実際は真剣そのもの、女子トイレでは暗い空気だったことも付け加えておきたい。きゃっきゃとはしゃぐようなものでもない。まじめでウンザリとした空気であった。それぐらい気が滅入る話題なのだ。

 その点については誤解のないようにお願いします。全然楽しい話じゃないからね、当事者にとっては。



<おわり>

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女子トイレで行われた真剣な会議 ゴオルド @hasupalen

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