深夜のお客様

大将

深夜に起きた事


 お盆が終わり、夏休みも終盤となった深夜のコンビニ。

 活気も落ち着き、今日もゆっくり作業を始める。

 ウォークインと呼ばれる、飲み物を陳列する大きな冷蔵庫。コンビニなら確実にある商品棚と言ってもいい。

 ワンオペな為、防犯を考慮して普段はやらないのだが、今日はお客も来なさそうなので、商品補充をしてみることにした。

 夏でも肌寒い大きなウォークインの中で、俺はさっそくパズルのように商品を並べていく。これが案外、分かりにくいのだ。

 似たような商品を持ちながらしゃがみ最下層の棚へ飲み物を滑らせていた時だった。

 カコカコ、とそこまで高くないヒールの音が聞こえてくる。


「あれ?お客さん来てたのかな?それかトイレでも……」


 俺がウォークインの作業を止められてるのはこれがあるからだ。


 来客時には各コンビニ会社は独特の入店音を店内に響かせる。だがウォークインの中では、それがほとんど聞こえない。もしそのまま放置してしまうと会計が遅れたり、下手をすれば万引きし放題になってしまう。

 俺はしゃがんだままの体勢で、飲み物売り場の扉越しに足音の主を探した。


「やっぱり来てたのかな」


 トイレの方からウォークインへ入る扉まで数メートル、まるでスーツのような黒いタイトスカートと低めのヒールを履いた足が見えた。

 ああ、やっぱりお客さんが来てたのか――何手頭の中で思った瞬間、ふとある疑問が思い浮かんだ。


「あれ?でも何でここでヒールの音が聞こえるんだ?」


 入店音すら耳をすませないと、中を冷やすためのモーター音に掻き消されるような場所でよく聞こえるはずがない。商品を取るために扉が開けられてるならまだわかる。

 だが扉何て開けられていない。

 何とも答えが浮かばない疑問が、徐々に恐怖へと変わった瞬間だった。


 おぼつかない足取りだったヒールの足取りが、すごい勢いでウォークインの入口がある方へと駆け出した。


「こっちに来ようとしてる!」


 俺は叫びながら開けっ放しにしていたウォークインの扉を急いで閉める。だがそれ以上、ホラージャンルによくあるドアをガタガタされたり、外の棚から見られたりするような事は一切無かった。

 恐る恐る開けた扉には誰もおらず、監視カメラを確認しても、自分がひとりで騒ぐだけの映像しか残っていなかった。

 恐怖心がそうさせたのかはわからない。

 昼間の人に話しても、そんな体験は無いと言う。

 そんなコンビ二で今も働いている。

 ヒールの音はしないが、ウォークインの方に行くとたまに気配だけは感じるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

深夜のお客様 大将 @suruku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ