第4話 類は友を呼ぶ

 入院中のお供とも言えるゲームだが、全くやる気が起きない。

 もうすぐメスゴリラが同胞を連れてくる時間なのだから、当然といえば当然だ。

 別に田辺のことが嫌いなわけじゃない。気まずいのも我慢できる。

 何が嫌かって、何が起こるかわからないってのが嫌なんだよ。絶対に面倒事が起きるじゃん。イベントが十通り用意されてようが、二十通り用意されてようが、全部バッドイベントなんだよ。バッドイベント抽選会なんだよ。


「おっはー!」


 雪が前時代的な挨拶と共に入室する。ここ病院だぞ? 俺の家じゃないからな?

 申し訳なさそうにおずおずと後に続く田辺。ああ、まともだ。今のところゴリラ要素はない。飼い主かな? 屠殺していいよ。家畜以外で屠殺って単語を使うのかどうか知らんけど。


「おはよう、田辺さん」

「お、おはよう……ケガ、大丈夫?」


 これだよ、これ。事故に遭った人に対して真っ先にかける言葉だよ、これが。

 見ろ、ゴリラ。これが人だ。森の賢人で満足するな。人を模倣して、一歩一歩近づいていくんだ。ジャングルのルールは通じないんだ。ここは人間社会なんだ。


「ああ、入院の必要がないぐらいだよ」


 頭ってやっぱ重要パーツなんだな。某ファイトでも頭部を破壊されたら失格になるもんな。いやぁ、もう少しで代表の座を失うところだった。


「私をさしおいて優香と談笑? 良いご身分ね、色男」


 おっ、随分と人間らしい言葉を使うじゃないか。教材は昼ドラかい?

 なんて言ってる場合じゃない。このままでは俺の骨格が変形させられてしまう。頭部パーツをシャイニングフィ……。


「雪、記憶喪失なんだから優しくしてあげなよ」


 天使! ゴリラメスぢからゼロ!


「記憶なんてぶん殴れば元に戻るのよ」


 悪魔! ゴリラメス力カンスト! 測定不能! スカウ……。


「雪? ダメだよ? 頭ってデリケートなんだからね」


 ああ、良い子だ。付き合うならこういう子だよな。今まで特に意識してこなかったけど、こうしてみると素朴系美人って感じで可愛いし。

 なんてな、俺なんてどうせ……ゴリラからしか求愛されないんだよ。ピンチ力が人間離れした相手しか、俺に興味を示さないんだ。きっと俺の死因は〝ちぎられ死〟に違いない。鑑識に『カステラみたいにちぎられてるな』って嘲笑されるんだ。きっとそうだ。間違いない。


「気に入らないわね。あーあ! 男なんて結局、眼鏡っ子が好きなのよ」


 いやぁ……どう譲っても半々じゃないかなぁ。眼鏡っ子って、結構人を選ぶイメージあるんだけど。

 早い話、お前が眼鏡をかけてもなんとも思わないぞ。目薬とヒ素を間違えて視力に異常をきたしたんだなとしか思わんぞ。


「ごめんね、田中君。雪がご迷惑を」


 飼い主なん? マジで飼い主なん?


「田辺さんが謝ることじゃないよ。来てくれてありがとう」

「田中君……」


 ああ、しおらしいというか、大和撫子よなぁ。隣のゴリラなんてナデナデシコシコだぞ。豪胆とか雄々しいとか、そっち方面にしか形容できないよ。

 田辺さん、是非お友達になろう。タナタナコンビを組もう。ダブルTとして、全国制覇を目指そう。


「なぁにイチャイチャしてんのよ!」


 ひいっ!? 引き戸の取っ手を握り潰した!? 女子力ってこういうこと!?


「雪! 物に当たっちゃダメ!」


 やめとけ! キミも握り潰されるぞ! その女は魔法瓶でさえ、粘土のように握り潰せる化け物なんだ! 多分!

 っていうか驚けよ、超常現象に極めて近い神業だぞ? え、もしかしてこれ日常茶飯事なの? ドアノブメーカーの回し者だろ。


「だってぇ! 彼氏が目の前で親友に寝取られたんだもん!」


 寝てねえよ! いや、俺は寝てるけど、そうじゃなくて……。


「あのね、雪? 記憶喪失なのをいいことに……」

「ふんぬらば!」


 鉄球を握り潰した!? 本家ゴリラでも無理だろ! っていうかなんで持ち歩いてるんだよ、んなもん。そんなマイバッグ感覚で鉄球持ち歩くヤツいる? どういう用途なんだよ。『お客様、マイ鉄球はお持ちですか?』とか聞かれるシチュエーションあるのか?


「優香はお喋りね」

「……」


 黙っちゃったよ。そうだよね、そりゃ黙るよね。

 なんでお前の外交手段は、全部握力なん? なんで生身だけで核保有国みたいな立ち位置を確保できんの?


「あの、雪? なんで田辺さんを連れてきたんだ?」


 友達の友達相手にお見舞いなんてせんだろ? 普通は。

 せっかくの休日にいい迷惑だろうよ。


「一人寂しく入院する彼氏のもとに、同級生を連れてくることがそんなにおかしいかしら? もっと感謝したら?」


 うーん……? 普通のこと……なのか?

 よしんばそれで納得するとして、その態度は何だ? 自分で連れてきておいて、勝手に嫉妬されちゃかなわんぞ。


「ありがとう……?」


 相手が握力という核兵器を保有しているので、とりあえず礼を述べておく。

 すげぇよな、条約にも金属探知機にもひっかからない、最強の武器を持ち歩いてるんだからさ。非武装こそ最強の武装的な?


「えっと……田中君、クッキー焼いてきたんだけど……食べる?」

「え……」


 ……女子の手作りクッキー? そんな思春期男子垂涎のイベントが、俺ごときに?

 非常に嬉しい。これがバレンタインデーとか誕生日なら。

 雪にお見舞いに誘われたのって、多分昨日だよな? 昨日の今日で手作りクッキーなんか用意できるか? お菓子作りなんてしたことないけど、野菜炒めなんかとは比較にならんぐらい手間だってことぐらいわかる。

 仮に用意できたとして、親しくもない男子のために用意するか?

 人の厚意を無下にしたくないが、これは食べても大丈夫なのか? 田辺もヤバい女なんじゃないかっていう一抹の不安が……。

 それ抜きにしても、森の賢人、略して森賢が禍々しいオーラを出してるんだよ。


「えっと……その……」


 凄く美味しそうだし、女子の手作りクッキーを拒否したくない。だけど、食べたら何が起きるかわからない。一体どうすれば……。


「そうだよね……食べたくないよね……手作りなんて気持ち悪いよね」


 そうだよ、食べないとこうなるんだよ。

 泣かせるわけにもいかないし、ここは男らしく……いや、でもなぁ……明らかに距離感おかしいだろ。お菓子だけに。

 さすがに毒は入ってないだろうけど……うーむ……。


「い、いただくよ。ありがとう」


 女の涙は武器とはよく言ったもので、俺の危機管理能力は死にステとなった。

 田辺さんがただの良い子だという望みにかけて、雄々しくクッキーにかぶりつく。

 ……美味い。けど、これは想定の範囲内。重要なのは味ではなく、成分だ。

 ん……? なんか異物感が……。


「えへへ、フォーチュンクッキーにしてみたんだよ」


 ……先に言ってくれよ。確かに変わった形だとは思ってたけどさ。

 もう少しで紙を飲み込むところだったじゃんか。


「うわ、ばっちぃわねぇ」


 俺の唾液まみれになったおみくじを見て、雪がドン引きする。

 仕方ねえじゃん? 俺悪くねえじゃん? フォーチュンクッキーなんて、普通に生きてたら目にすることないんだから。


「えっと……大凶?」


 え、普通そんなん入れる? 見た感じ手作りのおみくじだと思うんだけど、なんで大凶なんて入れた?


「なになに……女難の相あり?」

「あら、全然当てはまらないじゃない」


 ビンゴだよ。見事に全部のマス開いたよ。景品一個じゃ足りねえよ。

 お前ら二人揃って女難の権化だよ。一種のマッチポンプだろ、これ。占い師が『今からアナタは痛い目に遭います』って言った後に、殴ってくるようなもんだろ。


「うん、今日の田中君は大凶だから気を付けてね」


 ……突っ込む気力も出ねえよ。


「……これもしかして、一日一個食べるシステム?」

「そうだよ?」


 クッキーってそんなに保存効くもんなの? そりゃ市販のクッキーは賞味期限そこそこあるかもしれんけど、それって防腐剤とかそういう類のものありきだろ?

 ……砂糖が入ってるから、一般家庭で作ったクッキーでも腐りにくいのかな?


「あとね、寄せ書き持って来たの」

「え? 春休みだろ?」


 わざわざ他のクラスメイトの家まで行ったのか?

 とりあえず差し出された色紙を受け取る。


「……田辺さんと雪しか書いてないじゃん」

「ダメだったかな?」


 ダメってことはないけど……これ、いる? 色紙の無駄遣いだろ。

 広大な空白が寂しさをかきたてるんだけど……。

 こういうのって捨てるの申し訳ないし、正直迷惑だわ。


「それと千羽鶴を折ってきたよ」

「二人で……?」


 一人頭五百羽だろ? 徹夜しても間に合わないんじゃ……。


「五つしか折れなかったけど」


 よく千羽鶴と言えたな、それを。二百分の一じゃん。

 しかもそのうち一つは紙飛行機だし。五つ目にして飽きてんじゃねえよ。


「それと、もしもの時のためにお線香も……」


 最悪の事態を想定するな。病院に線香って、気分悪いぞ。

 しかも数珠まで持ってきてるじゃん。葬式って、出先から参列するものじゃないと思うんだけど。知らせ受けてから、家で準備してから来るものだと思う。


「あと、遺影も……」


 死んだ前提で病院に来たの? だとしてもお前が用意するものじゃないし。

 っていうかクラスの集合写真を使うな。誰だよ、誰が死んだんだよ。クラスメイト全員で無理心中でもしたのかよ。あ! よく見たら、俺のところにバツマークついてるじゃねえか! なんだよ、残機三十五って。クラスメイトを残機呼ばわりすんな。


「……冗談がうまいなぁ、田辺さんは」

「……?」


 なんでキョトンとしてんだよ! 本気だったのかよ!

 やべぇ……雪とは別のベクトルでやべぇぞ……。

 家族以外で唯一お見舞いに来てくれたのが、ゴリラ女とサイコ女って、女難の相どころの騒ぎじゃねえよ。もうやだ……早く卒業したい……遠くに逃げたい……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る