最終話 フォーチュンクッキーの仰せのままに

 嘘の整合性を取るために、ゴリラも学校にいる間だけは大人しくするはずなんていう俺の考えは、甘かった。

 結論から言うと、学校でも当然のようにベッタリしてきた。

 同じ匂いの香水をつけているし、関係性にツッコミを入れようとしたら周りの物を人力でZIPにするので、誰も口を挟めない。

 皆から見捨てられた感が否めないけど、不思議と責める気にはなれない。いや、不思議でもないんだけどさ。


「な、なあ? 俺と雪って、本当にこんな距離感だったの?」


 絶対に違うと知りつつも、白々しく聞かねばならない。記憶喪失設定とは面倒なものだな。まあ、答えはわかりきってるんだけど……。


「そうよ? これでも控えめにしてるつもりなんだから」


 控えめかぁ。俺からすれば、腕を組んで教室に入る時点で大胆なんだけど。ガチのカップルでも中々やらんて。

 お互いトイレに行く度に、トイレの前まで同行して待機。授業中以外の時間は常に俺の膝の上に座って、弁当を食べさせあって……本気出したらどうなんの?

 まさか教室でズッコンバッコン……。


「それで? なんでそんなこと聞くの? 私が嘘をついているっていうの?」


 コイツも嘘が上手くなったよな。暴力で屈服させてるだけと言えばそれまでなんだけどさ。


「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあ二度と聞かないでね」

「はい……」


 中学校最後の一年間がこれかぁ……。

 修学旅行とか体育祭とか文化祭、その他諸々のイベントが怖いぜ畜生。

 ……まさかとは思うが、高校、いや、大人になってからもこの関係が続くんじゃあるまいな?

 ないないない、俺のほうが遥かに成績がいいんだし、別の高校になるはずだ。

 ……ダメ押しでもっと勉強するか。こいつが覚せい剤打ちながら勉強しても絶対に入れないぐらい、レベル高い高校にいかないと。


「あら、もうチャイムが……なんで休み時間は十分しかないのかしら」


 二十分とか三十分あっても困るだろ、帰宅時間が大幅にズレちまうんだから。俺の膝ももたねえよ、筋肉ゴリラだから重たいし。


「……トイレと水分補給ができたらじゅうぶんだからじゃない? 体育の着替えとか移動教室は、もう少し考慮しろって思うけど」


 休み時間に準備っておかしくない? 最近は着替え時間も労働時間に含めてくれる会社が出てきてるっていうのに、学校は遅れてるなぁ。


「じゅうぶんねぇ……カップルのことも考えてほしいもんだわ」


 ブツクサと手前勝手なことを呟きながら渋々自分の席に戻る。

 はぁ……大嫌いな授業を大好きになるなんてな。まあ、無理もないよ。幸運にも俺らの席は対角線、一番遠い席だし。しかも雪が前で俺が後ろだから、授業中に熱い視線を浴びる心配もない。俺が安らげる貴重な時間だよ。放課後や休日は俺の家まで来やがるから、ろくに休めやしない。

 田辺は田辺で、フォーチュンクッキー食わせてくるしな。しかも高確率で不吉なこと書いてんだよ。この前のヤツなんだっけ? 初恋にがんじがらめとかなんとか。


「田中君……」

「ん……?」


 授業中だというのに、隣の席の相沢が話しかけてきた。なんだ? 優等生の相沢が授業中にお喋りなんて、珍しい。

 本来ならすごく嬉しいよ。一年の頃から片思いしてるし。でも今はゴリラに束縛されてるから……。


「これ……すぐに読んで、すぐに返して」

「……?」


 こっそりと俺に紙きれを渡してきた。

 懐かしいなぁ、小学生の頃に女子がよくやるヤツじゃん。強制的にクラスメイト巻き込むヤツ。

 どれどれ……えっ?

 な、なにこれ? ら、ラブレター? 相沢が俺に? 嘘だろ?

 ……ふむふむ、俺の記憶喪失が嘘だと気付いていると。まあ、気付くわな。

 勇気出して雪と別れたら、交際してくれるのか。うーん……。

 別れるって表現が正しいのかはわからんけど……悩ましいところだな。

 相沢と付き合えるのは死ぬほど嬉しいが、雪にネタバラシするのは死ぬほど怖い。

 かといって、このままズルズルと一生束縛されるのはもっと怖いし……。

 よし! 良い機会だと思って、雪に謝罪しよう! さすがに殺されはしないはず。

 ……腕の一本は折られる覚悟をしといたほうがいいな。

 暴走族を抜けるときより酷い目に遭わされそうだけど、さすがに後遺症が残るレベルのことはしないはずだ。本当に俺のことが好きなら。

 俺は意を決して、相沢の提案を受け入れた。そうだ、逃げちゃいけないんだ。ゴリラの恐ろしさを知った上で、俺に告白してくれたんだぞ? しかも俺の片思い相手。

 やるっきゃねえ! 未来を掴むために恐怖を乗り越えろ! 魂を燃やせ!

 俺の魂が真っ赤に燃えているのを感じる! 勝利を掴めととどろき叫んでいる!




 覚悟なんてね、アッサリと吹き飛ぶんですよ。結局は虚勢にすぎないんです。

 さんざん臭いセリフで己を奮い立たせたのに、いざゴリラと相対したら体の震えが止まらなくなった。

 どれだけ口で良いこと言おうが、どれだけ熱い魂を持っていようが、寝て起きたら全て忘れる。それが人間なんですよ。

 それでも俺は立ち向かったよ。震える体、震える声でな。


「へぇ、記憶取り戻したんだ」


 怖いよぉ……妙な落ち着きが怖いよぉ。嵐の前の静けさとしか思えないよぉ。


「本当に取り戻したの? 随分急だけど」


 初手で殴られる覚悟をしていたのだが、思ったよりも落ち着いている。安心してもいいのだろうか。

 いや、まだだ、まだわからん。急にぶん殴ってくるかもしれん。一応、空手部の友達から借りたファールカップは身に着けてるけど、油断はできん。


「あ、ああ……雪と一緒にいるうちに、全部思い出したよ」


 記憶喪失はあくまでも事実だと、この期に及んで嘘をつく俺を誰が責められようものか。緊急回避みたいなもんだ、この嘘は。

 生き残るための殺人が認められるなら、殺人を回避するための嘘ぐらい許されるだろう?


「そう……で? 嘘の関係を解消して、相沢さんと付き合うと」


 正直、相沢の名前は出したくなかった。彼女もとばっちりを受ける可能性がある。

 でも、後から知られるほうがよっぽど怖い。この場で白状すれば、殴られるのは俺だけで済むはず。


「……ああ。お互いに嘘をついたからおあいこ……なんてことは言わない。お前の気持ちは本当に嬉しかったし、色々と感謝してる」


 お互いさ、素直になってりゃ別の結末もあったんだよ。

 それこそ、中学上がった段階でどっちかが告白してりゃよかった。間違いなく成功してたんだから。

 正式に付き合った後でゴリラメス力を見せつけられても、それは受け入れるよ。

 お互い反省ですね……とは口が裂けても言えないけどな。


「……この辺ぶつけて記憶失ったんだっけ?」

「ん? ああ……そうだな」


 傷が塞がった部分を優しくなでる。……こういう接触もこれで最後か。これからは元の距離感、ちょっと険悪な異性の友達に戻るわけだし。

 ……でもさ、きっと前よりは良い関係になれるよ。しばらくは気まずいかもしれないけど、それを乗り越えたら小学生の時みたいに……うぐっ!?

 …………………………。




 ん……もう朝か……。

 あれ? 俺の部屋って、こんな天井だっけ……。まあいいや、目覚ましなるまでもうひと眠り……。

 …………いや、待てい!

 寝ぼけて二度寝する寸前に、異常に気付いて勢いよく起き上がる。


「あだだだ……」


 勢いがよすぎたのか、頭痛がする。

 あれ? どこここ? ……まさか病院?

 入院したことがないから確証は持てないけど、俺がイメージする病室ってこんな感じだわ。しかも個室? 俺の家ってそんなに金持ちだっけ?

 ……そういや俺のオヤジってどんな仕事してたっけ?

 などと考えていると、ノックも無しにドアが開く。誰だ、不躾な。


「あら? 目が覚めたの?」


 ………………?


「えっと……キミは?」

「佐藤雪、アンタの彼女よ」

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